「あんなところでやってられるか!」
65歳で本格的に退職した後は、時間を持て余しているので、タウン誌の編集の仕事にも応募したようだ。ところが、面接から帰ってくるなり、「あんなところでやってられるか!」と、ぷんぷん怒っていたという。
2006年の父には、まだプライドがあったのだ。そして、なぜか「男の料理教室」へ通い始めたという。しかも2か所。ただし、母によれば、何を習ったのか聞いても答えないし、帰ってきても家で作ることはほとんどなかった。
一度だけ、料理教室から帰ってきて、生のイカをカッスカスになるまでフライパンで炒めたことがあるらしい。何の料理を習ったのか、母があれこれ聞いても答えない。結局わからなかったという。イカ一杯を無駄にしおって。
この頃は認知症ではなく、プライドがいろいろなことを邪魔していたと思われる。習った料理を再現しようとしてもできなかった。できなかったとは言いたくない。男のプライド。とにかく料理の才能もセンスも、ないことだけはわかった。
さらには、「シニアの大学」という趣味の講座にも通って、陶芸にチャレンジしていた時期がある。そのときに父が作った皿と灰皿は、私が今でも愛用しているが、どう見ても不細工な仕上がりだ。成形という概念も意気込みもない。釉薬(うわぐすり)の色がいいので気に入っているのだが、造形のセンスや才能がないこともよくわかる。このシニアの大学には楽しく通っていたようだが、一度、時間に間に合わなくて、とぼとぼと帰ってきたことがあったそうだ。
母に言わせれば、「もしかしたら、あの頃からボケ始めていたのかも……」とのこと。それ以来、父はシニアの大学に行かなくなった。これは認知症なのか、プライドなのか。どの段階から始まっていたのか、今となってはよくわからない。