アマゾンエフェクトはネガティブな影響だけではない
本連載第1回では、『Amazon―マーケットプレイス「成功の裏」と「抱える闇」』と題し、販売事業者が出品販売するマーケットプレイスをアマゾンが強化することによって、品揃えの拡大を加速化、価格や配送などの顧客サービスレベルを直販商品と同じように向上させ、成長してきたことを解説した。
その一方、マーケットプレイスの急速な拡大の裏で、特に中国の販売事業者による模倣品や粗悪品が後を絶たないこと、サクラレビューが散見されること、良質な販売事業者からの信頼を失っていることについても言及した。アマゾンの早急かつ抜本的な対策に期待したい。
昨今の米国では、アマゾンの台頭によってリアル小売店舗が閉鎖に追い込まれる、「アマゾンエフェクト」と呼ばれる現象が起きているという。確かに、アマゾンが顧客の利便性を追求すればするほど、他店舗とのサービスレベルに差がつく。その影響で顧客が減り、売り上げが縮小している事例があることも事実である。
しかし、アマゾンエフェクトは「悪い影響」ばかりだろうか? 実は、アマゾンを競合ではなくパートナーとして利用することにより、たくさんの販売事業者が売り上げを大きく伸ばしている。このような「良い影響」は多く確認されているにも関わらず、語られることはあまりない。そこで本連載第2回では、実際の事例を紹介し、販売事業を営む経営者の方々に、アマゾンの使いこなし方を解説する。
倒産危機からの立ち直った実例「アマゾンドリーム」
顧客中心主義を貫くアマゾンだが、マーケットプレイスに出品する販売事業者も、ある意味ではアマゾンにとっての顧客であり、そうした事業者へのサービスレベルも抜かりなく向上させている。実際にマーケットプレイスを管轄するセラーサービス事業本部では、顧客でありビジネスパートナーでもある販売事業者の売上向上施策に力を注いでいる。
決められた販売手数料を支払うだけで、販売事業者はアマゾンが有する日本国内の数千万人の顧客にアプローチすることが可能であり、マーケティングや配送業務はアマゾンが担(にな)ってくれる仕組みがあるので、商品開発、商品調達などに注力できるようになる。大手販売事業者にとってアマゾンはすでに無視することができない「売り場」であり、中小の販売事業者にしても使い方によって大手事業者に対抗することができる公平な仕組みが構築されているのだ。
日本のマーケットプレイスに中国の業者が多く出店しているように、たとえば日本の事業者が欧米への進出を進める際にも、アマゾン、そしてマーケットプレイスのサービスを活用すれば、在庫や流通などさまざまな初期投資を大幅に抑えることが可能になる。
日本では今、地方の衰退が深刻で、商店街がシャッター通りになってしまっている町も少なくない。ところが、ある商店主がマーケットプレイスにチャレンジしたら大ヒット、シャッターの裏側では商品の企画選定や管理業務に大忙しといった「アマゾンドリーム」とも呼ぶべきサクセスストーリーが、実は結構存在している。
2019年8月15日付の『Amazonブログ Day one』には、兵庫県丹波(たんば)市の老舗(しにせ)酒蔵が豪雨による土砂災害から、アマゾンでの出品事業を開始し、FBA(フルフィルメント・バイ・アマゾン:在庫配送代行サービス)、カスタマーレビューなどを使いながら復活したエピソードが掲載されている。
また、2019年8月29日付で紹介されているのは、新潟県燕三条(つばめさんじょう)市で傾きかけていた会社が2007年からアマゾンでの販売を始めて事業転換に成功したエピソード。アウトドア用商品の自社ブランドを立ち上げて、がFBAを利用しながら販売数を拡大。今では全国のみならず海外への販売も成功している※1。
※1 Amazonブログ Day one-新たな挑戦を続けて伝統を受け継ぐ老舗酒蔵が続けてきた商品開発と働き方改革 https://blog.aboutamazon.jp/as_79_nishiyamasyuzojyo
さらには、私がマーケットプレイスの統括時代にアマゾンストーリー(今はないが、アマゾンを利用し新たなチャレンジをした人たちの紹介)で紹介したのは、大阪の老舗の靴屋を継いだ4代目の話である。
神戸で創業し、阪神淡路大震災も乗り越えてきた靴問屋は2008年頃には不況の影響で主要な取引先をほとんど失った。「両親が長年守ってきた会社を失いたくない」。そこで2009年に他のEコマースモールで販売を開始したものの、うまくいかなかった。
アマゾンでも販売を開始。商品を登録するだけで簡単に販売できる。商品情報を充実させることで売上が伸びることに気づき、「顧客目線」でいろいろと工夫を重ね、顧客から反応が返ってくるので仕事が楽しくなった。3年で売上は5倍、倒産の危機から脱した。
そして靴屋も続けながら、自分の人生を支えてくれたジャズに恩返しがしたいと小さなジャズレーベルを立ち上げた。毎月1枚リリースしていくと全てのCDが店頭では並べられず紹介できなかった。存続の危機だったが、アマゾンに出品を開始したところ、昔のCDにも光があたり徐々に販売が拡大。今ではアーティストを日本に招致、コンサートを開催し、アーティストと顧客とを繫げることができているそうだ。
これらの例のように、アマゾンのマーケットプレイスに出品することにより、倒産の危機などから脱した、もしくは自分の夢をかなえることができた、「アマゾンドリーム」がある。他にもたくさんの成功のストーリーを耳にして胸が熱くなったものだ。
運転資金の融資システム「アマゾンレンディング」
運転資金を融資する「アマゾンレンディング」の仕組み※2もユニークだ。
※2 2014年4月20日 アマゾンジャパンプレスリリース-Amazon.co.jp、法人の販売事業者向けに新しい融資サービス「Amazon レンディング」の提供開始 ~法人の販売事業者の更なるビジネス拡大を支援する短期運転資金型ローンを案内
通常、中小の小売事業者が銀行などの金融機関から融資を受けるためには煩雑な手続きや審査が不可欠で、融資が実行されるまで場合によっては1カ月以上もかかることもあるそうだ。それが、金融機関の「基準」である。
でも、アマゾンレンディングの場合、マーケットプレイスでの実績があれば審査なしで一定額の融資を受けることができる。
実際には、アマゾンのシステム側で過去のアマゾンのマーケットプレイスにおける販売実績やFBAに預けている在庫金額などをベースに自動的に与信枠を計算し、「セラーセントラル」と呼ばれる出品管理システムの画面に、〝今あなたの会社には500万円まで金利5%で融資できますよ〟といったインフォメーションが表示される仕組みになっている。
もし運転資金が必要な状況であれば、その案内をクリックするだけで翌日には資金が振り込まれる。たとえば、夏場を迎え、エアコンを仕入れたいが資金がショートしており、一時的に夏季限定で在庫を積み増す仕入れ資金が必要な場合などが対象となる。Working backwards from Customer、まさに事業者の立場になって考え、アマゾンらしい「基準」を定めた例といえる。
日本でアマゾンレンディングの提供がスタートしたのは2014年。当時、私はこの事業も統括していたのだが、折しも当時話題になり始めていた「フィンテック(ファイナンステクノロジーの略語)」の好事例としてしばしば講演会などにも呼ばれたほど、この画期的な仕組みは注目された。
このアマゾンレンディングのサービスは貸付金の回収まで含めてほんの数人の担当者で回していた。IT技術によって自動化を徹底し、効率的なシステムを作り上げたからこそのこと。まさにイノベーションの威力を実感できる経験だった。
◆アマゾンの配送代行サービスを使い、出荷作業、顧客からの問い合わせから解放
上項でも述べたが、アマゾンでは、「FBA」と呼ばれる在庫、配送代行サービスがある。アマゾンで販売する多くの事業者が利用し、顧客にアマゾン直販商品と同等の配送品質、カスタマーサービスへの問い合わせ対応を提供することが可能になり、結果、販売実績を伸ばしている。
一方、販売事業者の立場で考えると、アマゾンのマーケットプレイスに出品するからといって商品在庫を全てアマゾンに預けてFBAで配送を委託するのは難しいケースがある。ひとつは、自社Eコマースサイトや楽天市場、ヤフーショッピングなどの他のEコマースの店舗でも同じ商品を販売している場合だ。
アマゾンだけで販売をしているのであれば在庫は全てアマゾンに預けてしまうほうが便利だが、他のサイトで売れた時に顧客に発送する商品がないのはあり得ない。そこで、アマゾンが提供しているのが「マルチチャネル」というサービスである。一定の手数料を払えば、アマゾンマーケットプレイス以外で出品しているEコマースの店舗への注文にもアマゾンの配送センターから出荷されるサービスだ。
販売事業者にとっては在庫分散による在庫経費の無駄や物流のコストを大幅に削減できるメリットがある。かといって、たとえば「楽天市場やヤフーショッピングで買った商品がアマゾンのロゴ入りの箱で届くのは顧客が混乱する」という声に応えて、ブラウンボックスと呼ぶ無地の段ボール箱で発送するサービスまで提供している。
また販売事業者が、アマゾンペイと呼ばれる決済代行システムを自社運営販売サイトに導入すると、アマゾンの顧客は、そのサイトの購入プロセスにおいて、amazon.co.jpで登録しているユーザーIDとパスワードのログインだけで商品を購入できるようになる。配送先住所や支払い方法を入力する必要がなくなるため、アマゾンの顧客の自社サイトへの取り込み、購入コンバージョン(転換)率アップに繋がる。
こうした他マーケットプレイスへの配送代行サービスや、ログイン・決済代行サービスは、他のEコマースサービスを利する面があり、普通の「基準」であればあり得ない。でも、アマゾンが重要視しているのは、事業者の立場で考えた時に、アマゾンに在庫を預けられないブロッカー=障壁を取り除くことであり、そして、多くの販売事業者がFBAを活用し、マルチチャネルを利用することで、より多くの顧客がアマゾン品質の配送サービスを受けられるというメリットなのだ。
もちろん、販売事業者がマルチチャネルを利用することで人気商品の在庫がアマゾンのフルフィルメントセンターに集約されることになり、アマゾンが需要に対し在庫切れを起こすリスクを軽減できるため、売り上げ拡大につながるし、アマゾンの顧客が他サイトで購入しても、サービス使用料が入るというアマゾン側のメリットがある点も見逃せない。
このように、顧客中心主義をベースにした革新的サービスを継続的に提供し成長し続けるアマゾンを「競合」とみなすか、「パートナー」とみなすかの経営方針は、経営者が色々な観点から決めることである。
星 健一
kenhoshi & Company 代表