口げんかでは歯が立たない夫は「暴力」に頼った
身体的暴力結婚後26年間、暴力に耐え続けてきました。
怖いけれど離婚して、慰謝料も請求します。
美代子さん(57)の夫は、もともと短気なところがありましたが、結婚してから怒りの矛先が美代子さんに向かうことが増えました。美代子さんに靴の脱ぎ方が悪いことや、電話の声が大きすぎることなどを少したしなめられただけで激高するようになったのです。
弁が立つ美代子さんには、口げんかではまったく歯が立たない夫は、あろうことか殴りかかってくるようになっていきました。さらに、会社でも対人関係をうまく築くことができない夫は、なかなか営業成績を上げることもできず、そのうっぷんを解消するはけ口として、美代子さんに当たってきたのです。殴るだけでなく、足で蹴る、髪の毛をつかんで引っ張るというような暴力を振るうことも増えていきました。
ひどいときは、バットで殴られて裂傷を負ったり、出刃包丁で指を切りつけられたりして病院で診察してもらうなど、命の危険を感じたこともあり、1か月に何度も警察に通報せざるを得ないようなこともありました。美代子さんは、夫に暴力を振るわれるたびに日記に書き留めていました。
結局、そのような生活が結婚以来、26年間も続き、美代子さんが心休まる日々はまったくなかったといいます。夫の定年退職が近づいてきて、美代子さんは、夫とふたりで生活することになったときの恐怖を想像し、次第に離婚を強く考えるようになっていきました。それまで恥ずかしくて周囲には話せなかった美代子さんですが、思い切って相談してみると口々に離婚をすすめられ、さらには慰謝料も請求すべきだと言われ、弁護士に相談しました。
夫からの暴力は続いていたので、早めに逃げたほうがよいとすすめられ、周りの後押しもあり、家を出ました。家を出た後も、夫は、留守番電話やメールなどを駆使して、執拗に美代子さんの生命や身体に危険を及ぼすような言動を続けました。そこで、美代子さんは裁判所に保護命令の申立てをしました。
◆離婚理由の争点
本記事の事例では、離婚理由として「DV」があったといえるかが争点となります。
◆何が証拠となるか・証拠の収集方法
美代子さんは、夫から身体に暴力を振るわれ、ケガもしています。このような暴力行為は、「婚姻関係を破綻させる事由」といえますので、離婚原因にあたり、離婚理由になります。裁判上、離婚が認められるとしても、美代子さんは、そもそも離婚を切り出せば夫から何をされるかわからないという恐怖に陥っています。そこで、まず夫の暴力から身を守る必要があるため、DV保護命令を受ける手続を始めました。
DVで保護命令を受ける場合、暴力(性的暴力、精神的暴力はこれに含まれません)に関する証拠(診断書・写真等)を収集しておく必要があります。そのため、まだ被害に関する証拠を確保していない場合には、速やかに確保するようにします。
たとえば、証拠として考えられるものが写真です。ケガをしたら一刻も早く撮影することが重要です。
ケガや傷の写真を撮る場合は、誰の写真かわかるように、傷の部分の写真はもちろん、それ以外にも顔とケガの部分が1枚の写真に収まるように撮影しましょう。ケガ部分のアップだけの写真ですと、誰のケガであるのかを争われるリスクがあるからです。また、いつ撮影したかがわかるように、その日の新聞や日めくりカレンダー、テレビ画面などが写り込むようにしておくとよいでしょう。
次に、証拠として考えられるものは診断書です。相手の暴力によってケガをした、また暴力が原因で精神疾患に陥っている場合には、診断書を取得しておくことが重要です。ケガをした後は、できるだけ早く病院で診察を受け、診断書を発行してもらいます。
受診する際に注意をしなければならないのが、ケガをしたり、精神疾患に陥っているのは、相手のDVが原因であることを医師にきちんと伝えることです。恥ずかしい、あるいは、言いたくないというような理由で、たとえば、転んでケガをしたとか、職場の人間関係で悩んでいるといった、真実とは異なる原因を伝えることがしばしば見受けられます。
このような真実とは異なる原因を伝えてしまうと、そのことがカルテに記載される可能性があります。そして、後にDVの有無が争われたときに、相手がそのカルテを裁判の手続を使って取得し、「その傷はDVによるものではなく、自分が転んでできた傷である」と反論されてしまう危険があります。そのようなことがないように、ありのままを医師に伝えて診断してもらうことが肝要です。
また、相手が壊したものがあれば、別居前に撮影をしておくことが望ましいです。そのほか、離婚理由に結びつく相手の言動の痕跡がある場合、その都度、写真撮影をしておいたほうがよいでしょう。たとえば、殴って穴のあいた襖ふすま、叩き壊した電化製品、ぶちまけられた食事、切り刻まれた洋服などが挙げられます。写真に加えて動画を撮影するということも考えられます。
DVが予測されるようなときは、隠しカメラやボイスレコーダーなどを用いて録画・録音しておくことも考えられます。もっとも、この場合、もし、そのようなことをしていることがその場で見つかった場合には、問題が大きくなる可能性がありますので、注意が必要です。
さらに、相手からのメールやLINE、当時から書きためた日記、カウンセリングの記録や配偶者暴力相談支援センターや警察署へ相談したときの証明書などもDVを認定するうえで重要な証拠となる場合がありますので、残しておく必要があります。日記やメモは、できるだけその日のうちに書いておくとよいでしょう。
暴力を詳細に記録していたからこそ接近禁止命令が出た
◆事例に対するコメント
美代子さんの場合は、結婚してすぐに夫からの暴力が始まり、それについて都度日記を書かれていました。そのたび重なる暴力に耐えられず、別居に至り、別居に至った後も、執拗に夫からの生命・身体に危険を及ぼすかのような言動が続いたそうです。
そこで美代子さんは、保護命令の申立てをし、警察にDVの相談をしていたこともあり、接近禁止命令が出ることとなりました。
暴力については日記により証明をし、その後の脅迫めいた言動については録音や写真などの証拠により証明することができたからこそ、接近禁止命令が下されるに至ったのです。そして、美代子さんは、夫とふたりで今後のことを話し合うことは怖くてできませんので、弁護士と相談して、家庭裁判所に離婚調停を申し立てました。
美代子さんが暴力を振るわれてきたことが離婚理由ですので、美代子さんは夫に対して離婚に至ったことについての慰謝料を請求することができるでしょう。また、美代子さんは、夫の暴力を振るわれたり、ケガを負わされていますので、治療費はもちろん、これらの不法行為についての慰謝料も請求することができるでしょう。
西村 隆志
西村隆志法律事務所 弁護士/事業承継士/上級相続診断士