上を目指すことはいいことですが、やりたいことよりも「上を目指すこと」が目的になっている学生が多くいます。その結果、「一人しか幸せになれない」という世界観に陥る危険性もあるかもしれません。※本記事は、佐藤優氏と竹内洋氏の対談が掲載された『大学の問題 問題の大学』から一部を抜粋したものです。

やりたいことよりも、上を目指すことが目的に…

佐藤優氏
佐藤優氏

佐藤 最近、東大の医師について調べていて面白かったのは、東大の医学部は100人のうち7、8人、医師の国家試験に落ちているんです。

 

竹内 そうなんですか。

 

佐藤 東大は常に約10%弱、医師国家試験に受からない学生がいる。だから、他大学よりも医師国家試験の合格率が実は低い。

 

落ちる人には三つのカテゴリーがあるようです。第一は、遊びほうけて勉強しなかった学生、第二は、医者になるという心構えが変わってしまった学生、第三は、完璧主義の学生です。

 

この三つ目が意外と問題で、試験においてヤマを張れない人たちがいる。大学入試までは、ヤマを張らないで完璧主義で駆け抜けることができるんだけれども、司法試験や医師の国家試験、公務員試験になると、一通り勉強した上で、どこかにヤマを張らないといけない。完璧主義が資格試験や就職における試験では災いすることがあるんですよね。

 

今の東大生は、官僚になる人が減ってきているという話があるんですが、その東大生のメンタリティーは、私がかつて東大駒場の教養学部後期課程で教えていたことを思い出すと分かるんです。真面目で、常に上を目指すことが目的になるというメンタリティーです。それは自分がやりたいということよりも、とにかく上を目指すこと自体が目的になってしまっている。

 

例えば本郷の文学部哲学専修課程だったら割と進学しやすいです。文学部ドイツ語ドイツ文学専修課程も入りやすい。ところが、駒場の教養学部教養学科だと内部進学点が高いから入りにくい。だからそこを目指すというようなことです。

 

結局、一部の東大生は、自分がやりたいことよりも、内部進学点が非常に高いところを、「そこが高い」からという理由だけで目指すんです。

「入るのが難しいから行く」…受験エリートの悲しい性

竹内洋氏
竹内洋氏

竹内 大勢が「高いんだ」と見なして、そこを目指すことによって高くなる。真偽が不確かな情報が実現してしまう「予言の自己成就」のメカニズムですね。

 

佐藤 ええ。それから教養学科の中には地域文化研究分科ドイツ研究コースがある。これはやはり文Ⅲならば上位3分の1以上に入っていないと進学できない。裏返して言うと、今、あまり人気がない東大の文学部インド哲学仏教学専修課程が、もし内部進学の進学点が一番高くなれば、今度はこぞってみんな印哲に進学すると思いますよ。だからやはり中身ではなくて、そこが占めている「高み」が問題なんです。

 

竹内 それは分かる気がします。私が京大の教育学部で教えていた時は、3年生から「系」に配属されるのですが、当時、臨床心理学系に入るのが一番難しかった。受験秀才にどういう習性があるかといったら、まさに難しいからそこに行くんだよね。先生たちは試験が大変だし、学生は多くなるしと不満たらたらでした。

 

だから、私は「学生は難しいから行っているだけなんだから、難しいと宣言してしまう配属試験はもうやめたらどうですか」と言っていたんです。「1年目は大変だけど、2年目から急減しますよ」と言いました。試験をやめれば、本当に来たい学生しか来なくなるからと。

 

試験があって、一番そこが難しいと思うと、そこに行かないとプライドが許さない学生が出てくる。これが受験エリートの性(さが)なのかなあ。

 

佐藤 高い山に登ること、それ自体が目的だということですね。

 

竹内 臨床心理学にそんなに興味がなくても、「入るのが難しい」という理由だけで、みんなそこを目指す。そうすると、難度が高くなって、実際に入るのがさらに難しくなる。だからユング心理学の泰斗、河合隼雄(注)先生が定年退職したあたりだったかなあ、そのあたりから下火になって、教員数の割には、学生が少なくなってしまった。

 

(注)河合隼雄(1928~2007):1928年兵庫県生まれ。日本の臨床心理学者、京都大学名誉教授。日本人で初めてユング研究所でユング派分析家の資格を取得。1988年に日本臨床心理士資格認定協会を設立。2002年から約5年間、文化庁長官を務めた。

 

佐藤 東大にしても今は、官僚よりも例えば投資銀行に行くことがブームだというのは、そこにみんなが行くからであって、特に東大の学生が金が好きになったということだけではないと思うんです。でも、この考えでいくと、周りを蹴落としていって、最終的に1人しかハッピーになれないという世界観になっちゃいますからね。

定年は60歳よりも早い…意外と短い持ち時間

佐藤 最近の大学生と話していると、彼らはよく分かっていないなと思うことがあって。まず、民間企業の定年が60歳だと思っている。でも実際は50歳を過ぎると自分の人生が見えてくるもので、大企業だったら定年前に管理職から外れていく「役職定年」というものがあるから、一部上場企業であれば55歳から56歳くらいで副社長以上になっていないと本社に残れない。だから、実質は52歳から53歳あたりで自分が入った会社から追い出される。意外と持ち時間は短いんです。

 

竹内 銀行はそうですよね。非常に早い段階で出向になるでしょう。官僚もそうですよね。

 

佐藤 ええ。官僚の場合は、外務省でかつてカネの不祥事が起きたでしょう(外務省機密費流用事件)。ちょうど2001年度から外交官試験がなくなって一般の国家公務員試験に一本化されたんです。それで、外務省のキャリアの応募者は国家公務員試験の成績順で他の省庁よりも下の方になるのではないかと思ったら、意外とトップ、2番目あたりがたくさん入ってきた。

 

でもそれは逆に不幸なことなんです。これは品性が悪い話なんですけれども、あの事件で、外務省はこんなに特権があって金がもうかるのかと。生涯給与が他の役所に行くのと比べて3倍近いことが分かってしまった。だったら、その特権にあずかりたいという連中が来るようになる。その連中が今、中堅以上ぐらいになってきているから、今の外交の体たらくになっていると私は見ています。

「俗物」を生み出さない教育

佐藤 しばらく前に、「現代ビジネス」に週刊現代の記事が転載されているのを読んだんですけれども、教育を考える点でとても面白かった。

 

開成高から東大に行った3人の男が座談会をしている。いずれも40歳ぐらい。1人が投資銀行勤務で年収3億円。もう1人が1年外資系のメーカーに勤めたんだけれども、体質が合わないということで辞めて、関西の市役所に勤務して年収700万円。3番目が、文学部を卒業した後、私立の法科大学院で特待生の募集があるので応じたんだけれども、30過ぎまで司法試験に受からなくて、今、弁護士事務所勤務で年収300万円。3番目が開成では一番成績が良かった。

 

お前のようなつまらない奴がどうして出てくるのかといって、お互いののしり合っているという座談会です。地方公務員は自分は幸せで仕方がない。ベンツも1台持っているし、奥さんも資産家の娘で別に普段遣いの国産車もある。上司には「お前、東大出なのにこんなのもできないのか」と嫌みは言われるけれども、俺、開成で東大だと、地方の居酒屋に行った際に話す時の全能感がたまらない。これで十分満足と。

 

竹内 俗物だ(笑)。

 

佐藤 もう1人の弁護士の奴は東京から離れたくないと。地方に行けば弁護士の仕事、いっぱいあるじゃないかと言われると、いや、やはり東京から離れたくないし、そこで何とか世の中を変えるようなチャンスがあればいいと思っているんだけれども、なかなかうまくいっていない。それで、今、弁護士で、「童貞弁護士」というのが多いんだと。俺もその1人だ。女なんか寄りつかないと。

 

竹内 ハハハ。

 

佐藤 投資銀行の人は、とにかく10億円ためてセミリタイアする。それが夢だと。よくもまあこういう俗物が3人もそろって現れるものだと、ものすごく面白かった。

 

竹内 筒井康隆の『俗物図鑑』という映画化された小説があったな。それみたいですね。

 

佐藤 そうそう。どれが良い悪いではなくて、どうしてこういう俗物が3人も生まれてくるのか。どのコースも行きたいと思わない、自分の子どもに行かせたくないコースですね。

 

でもこれは、教育の危機を表しているんです。だから、私が教えている同志社とか先生がいらっしゃる関西大とか、地方に根っこがあって、学力的にボリュームゾーンにある人たちを受け入れている大学というのは、意外と俗物を生み出さなくて、いいのかもしれません。

 

竹内 そう言えば、ある時、京大と関大の学生の共同ゼミをしたことがあります。教室の隅に給湯器があったのですが、京大の学生は自分のお茶だけを入れて持ってくる。関大の学生は数人で手分けしてみんなの分を入れて持ってくる。それを当然のようにもらっている京大生もいた(笑)。この違いは大きいと思いました。

 

大学の問題 問題の大学

大学の問題 問題の大学

竹内 洋 佐藤 優

時事通信出版局

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