「大学の教授会」と「官僚」の世界は似ている?
竹内 ところで、佐藤さんは今、同志社大学ではどのぐらい授業をされているの?
佐藤 私の母校の同志社では2018年はコマ数でいうと60回ですから、4科目8単位分です。すべて集中講義でやっています。
竹内 その間は京都で泊まるわけでしょう。
佐藤 泊まります。だから、1年間で25日ぐらいは京都へ行っています。
竹内 教えているのはご自身が学ばれた神学部ですか。
佐藤 今は、神学部に加えて生命医科学部と、同志社女子大学でも講義をしています。
竹内 教えるのは大変でしょうが、佐藤さんの話を聞きたいと思う学生は多いでしょう。
佐藤 いえ、そうでもないですよ。かなり「締め上げて」いますから(笑)。神学部で、とても出来がいい学生が何人かいて、教えていて面白くて仕方がないんです。
竹内 講義の科目名は何ですか。
佐藤 神学部は「組織神学」、生命医科学部では「科学史・科学論」。同志社女子大は「戦略論」です。科目の実際の名前は、もうちょっとくだけていて「佐藤優氏と学ぶ現代社会」とか、「キリスト教と現代社会」とかにしています。でも実際は、かなり細かい組織神学の問題について扱っています。
竹内 それはすごい。
佐藤 学生にかなりの数のレポートを書かせています。ゼミは小さい規模で教えています。それでもミニレポートを年間220本書かせています。
竹内 それは、レポートを見るのも大変ではないですか。
佐藤 大変ですけど、やりがいがありますよ。テキストに380問ぐらい設問を作って、書かせているんです。
竹内 そこまでする人、大学でもなかなかいないですよ。
佐藤 私は神学部を守りたいという思いが強いんです。特に神学生がしっかりしていかないと、神学部自体がこの先、なくなってしまうのではないかと危惧しています。例えば、神学部がある大学の中には、偏差値がかなり落ち込んでしまっているところもあります。そうなると、プロテスタント神学を学ぶために必要な学力を持っていない学生が入ってくる。その結果、教育も研究も大変な状態になります。それから、私も竹内先生とちょっと重なるような仕事もやっていて。
竹内 何ですか。
佐藤 2018年4月1日から、同志社大学の学長特別顧問で東京担当なんです。
竹内 私どものライバルではないですか。こんな強力な人材を東京に出されると困るなあ。あまり力を入れないでほしいけれど(笑)。
佐藤 大丈夫です。私は、キリスト教主義大学の活性化が主要な関心事ですから、竹内先生がおられる関西大学とは上手に棲み分けができます(笑)。今の同志社大学の松岡敬学長はとても頑張っています。学内にも、このままでは学校が立ち行かないのではないかという危機意識を持っている人が多いんです。東京の京橋に同志社大学東京オフィスがあって、そこでも講義をしています。京都とは別枠で年間10回です。
竹内 それは、同志社の学生向けではない講義ですか。
佐藤 社会人向けです。ただ、2018年から大学と相談してサテライト(衛星)でも講義を配信して、京都でも聴講可能にしています。
竹内 ということは、学生が受講するのも可能ですよね。
佐藤 そうです。ところが、学内でちょっと始まる前にいろいろと言われまして。
竹内 何ですか。
佐藤 「サテライトで東京と京都をつないだら、同志社に非常勤講師で入ってくれている他大学の学者が京都に来なくなるだろう」と言う人がいたんです。「事務でサテライトを使うのはいいけれども、教務では使うことはまかりならん」と言うんですね。
竹内 それは大学の教授会特有の議論ですよ。何か新しいことを始めようとすると邪魔をする。「教授天国」に安閑としているとそうなる。
佐藤 でも、そうやって主張する人たちにとっては、限定的な範囲内での合理性があるんです。これは官僚の世界とすごく似ている。
「国公立大学は授業料」を年間12万円に
竹内 なるほどね。大学教授も本質は教育「官僚」です。何かを始めようとすると、「それをやると、こういうことが生じる」という議論になる。それはすごいものです。何かをやるという提案になると、穴も多い。そこで叩かれる。だから、もっぱら審判者の方に回って穴を探す。減点法に強い大学教師気質ですね。それこそ限定的な範囲内での合理性で、実質的合理性ではないんだけどね。
佐藤 でもそれは実は簡単な話で、東京から講師を招くことができないような、そんな魅力しか同志社大学が出せないんだったら、他大学との競争に負けても、それはそれで仕方がないと思うんです。
それから、以下は個人的な意見ですが、私は、私立大学が国から運営補助金(私立大学等経常費補助金)を得るのはいかがなものかと思っています。何かあったら、「私学助成金をカットされる」という話がよく大学内で出るのですが、同志社は学生が約2万5000人います。1人当たり10万円程度、授業料を上げれば、今、国から交付されている私学助成金の多くの部分をカバーできる。そのことで、完全に国からフリーハンドを得られるなら、その方がいいと思うんです。
それで、独立行政法人日本学生支援機構の奨学金も、基本、うちは勧めないというスタンスでいいと思うんです。逆に、ある程度、経済力のある家庭の子に来てもらう形で構わない。その代わりごく一部だけ、学生全体の3%から5%程度の数の学生に関しては、むしろ生活費まで全部同志社で丸抱えにする特待生制度を作った方がいい。
竹内 アメリカのアイビーリーグ(名門私立大学)は割とそんな感じですよね。公定の授業料は高いけど、アイビーリーグ大学はそれだけでは学力優秀な子が少なくなることを恐れて、所得によって授業料はおろか生活費まで出る奨学金制度があります。ただ、ここがアメリカの大学の問題なのですが、貧困層などはそうした情報を知らないので、結局は親が大卒でそこそこ収入がある家庭、つまり、そういう情報にアクセスできる情報強者の家庭の子弟が利用できるようになってしまっている。
ついでにですが、日本の大手私大10校の給付奨学金(学部生)の現状を2016年度で見ると、在籍学生の7.8%、給付額で27万円。その割合も給付額も少ないですね。在籍学生の割合で最も高いのが立命館大学の13.7%。給付額で断トツに高いのが関西大学で40万円強です。同志社大学は大学院生の給付額がトップで42万円強です。
佐藤 それでも奨学金だけで勉学に集中するには不足しています。いずれにせよこの先、今のような新自由主義的な流れは止まらないと思います。そうすると、本当はむしろ国公立大学の授業料を下げて、日本学生支援機構などの奨学金に頼らないで学生が勉強できて、生活できる形にした方がいいと私は考えています。
例えば国立大学の授業料は今、53万5800円(2018年度)ですが、これを年間12万円まで下げれば、奨学金を借りなくても自宅通学だったら月1万円で何とかできるわけです。たぶん、戦闘機4機分(注)ぐらいの予算でそれはできると思うんです。
(注)航空自衛隊が調達しているF ─35A最新ステルス戦闘機は1機当たり約101億円(2018年度)。国立大学の定員は9万5635人(2019年度)。学生1人当たりの授業料を年10万円として、現在との差額、約42万円を戦闘機を減らすことで負担するために、必要な金額は約400億円。