「社員が思うように育たない」。そう嘆く人材教育担当者の声は多いものです。しかし本当に、部下側に問題があるのでしょうか? 企業内教育のコンサルティングを行う、サンライトヒューマンTDMC株式会社代表取締役の森田晃子氏が、教育担当者が気付いていない問題点を指摘します。

「人材が育つ」ことの本来の意味を理解していない

そもそも「人材が育つ」とはどういうことだと思いますか? あまりにも当たり前に使われている言葉なので、改めて考えてみたことがないという方も多いのではないかと思います。しかし、「人材が育つ」ということが目標なわけですから、それが具体的にイメージできていなければ、ゴールが見えていないままマラソンを走り出したようなもの。走ったところで息切れして続かなかったり、まったく違う場所にたどり着いてしまったりします。

 

そのため、人材教育を担当する方にとって、「人材が育つ」とはどういうことか、一度は考えておかなくてはならないことなのです。

 

例えば、

 

●高度なコミュニケーションスキルを有するようになること

●専門知識を有するようになること

●人から好かれ、仕事を円滑に進められるようになること

 

といった声が聞こえてきそうですね。しかし、これらは不正解ではありませんが、正解でもありません。

 

ビジネスにおいて「人材が育つ」とは、「業績向上につながる行動をおこせるようになること」ではないでしょうか。企業は営利目的である以上、モノやサービスを売って利益を出し、社会に貢献するという使命を持ちます。例えば、経理部や総務部などの方は、直接的な営利には関わらないかもしれません。しかし、間接的には企業の業績向上に寄与しています。

 

会社はビジネスを支えるために、すべての人材を雇用しています。売り上げを上げ、会社を繁栄させ、ひいては社会をよくするために存在しているのです。では、具体的にどのような人材になれば、企業で利益を上げることができるのでしょうか。

 

私は「自ら学び、自ら考え、自ら行動する人材」が、その条件であると考えています。多様性に富む複雑な環境になっている今は、自ら考えて答えを導き出していかなくてはならない時代です。企業として期待されていることをベースとしながらも、自律的に学び、自律的に考えて、自律的に行動して、期待以上の成果を挙げられる人が求められているのです。

 

そういった意味で、企業における人材教育も実利的に、「自ら学び、自ら考え、自ら行動する人材」を育てて、会社の業績への貢献に結びつけていかなくてはなりません。

 

そして、一度、人材教育により「自ら学び、自ら考え、自ら行動する人材」が育つようになれば、好循環が生まれ、「自ら学び、自ら考え、自ら行動する組織」の構築につながっていくはずです。

 

では、なぜ、従来の人材教育では、人材をうまく育成することができていないのでしょうか。理由は大きく3つあると考えています。

 

「社員が思うように育たない」は本当か?
「社員が思うように育たない」は本当か?

理由1:「単発」で「場当たり的」な研修になっている

1つ目の理由としては、「単発」で「場当たり的」な研修になっているということが挙げられます。本質的な議論の末に、研修を開催するというプランになっていないのです。

 

例えば「問題に直面したので、外部講師を呼んで研修をすることになりました」という話はよく聞くところです。しかし、研修は短時間で効く特効薬ではありません。また、マネジャーならマネジメント研修やコーチング研修、営業ならセリングスキル研修というように、役職や立場ごとに研修が決められている企業も少なくありません。

 

前年踏襲で、毎回同じ研修を開催しているという話もよくあること。そうした現場での真の課題を深掘りすることなく安易にパッケージ的な研修を当てはめようとする傾向に危機感を覚えずにはいられません。それでは、本当の意味での問題の解決や人材育成につながることはないのではないかと思うのです。

 

必要なのは、課題を深掘りしたり、現場のヒアリングをしたりすることです。何となくパッケージどおりに研修を行っても、求める成果は出せません。「人材を育成する」というゴールを忘れ、「研修を行うこと」がゴールになってしまっているのです。こうした傾向は、特に部署ごとのコミュニケーションがうまく機能していない企業に多く見受けられます。

理由2:単純な「知識付与型」の研修になっている

2つ目の理由としては、人材教育の対象は大人であるにもかかわらず、子どもの教育理論に基づいて知識付与型のカリキュラムが組まれていることが挙げられます。

 

私も、大人への教育が「ワンウェイで良いのだろうか?」「知識を詰め込む方法で良いのだろうか?」といったことに常に悩んでいました。あまり知られていませんが、大人には大人の教育理論が、子どもには子どもの教育理論がそれぞれあります。教育における大人の特徴としては主に次の4点が挙げられます。

 

1 学ぶ必要性を理解しないと学ばない

2 これまでの人生経験がある

3 実践的な話し合いの中で、より深く学ぶ

4 実利的で役立つものに興味がある

 

このような特徴の大人に必要な教育理論のことを「アンドラゴジー(アダルトラーニング)」といいます。もう少し詳しく、学校教育(子どもの学び)と企業内教育(大人の学び)の違いについて整理してみましょう。

 

まず、学校教育は、「学び」がゴールであるのに対し、企業内教育は、行動を変容させ、会社の「業績向上」に結びつけることがゴールです。学んで終わりの人材を企業は必要とはしていないでしょう。学んだことを活かし、アクションにつなげることが何よりも重要なのです。

 

また学校教育は、いつか役立つであろうことを学ぶ「Just in case」でよいですが、企業内教育は、今行っている仕事に役立つことをタイムリーに学ぶ「Just in time」がベストです(次世代のマネジャー育成といった中長期的に行うものの場合でも、「Just in case」のようですが、企業として将来何をしてもらいたいかが明確です)。

 

さらに、学校教育は、「知識」を重要視しますが、企業内教育は、「実利」の視点が欠かせません。どれだけ豊富な知識を有していても、現場でその知識を活用できなければ、あまり意味がないのです。

 

教育理論において、子どもの学びは「ペダゴジー」、大人の学びは「アンドラゴジー」と呼びます。学習者の概念が、ペダゴジーは依存的なものであると考えるのに対し、アンドラゴジーは人間の成熟により、自己決定的(Self-Directive)なものに変化すると考えます。

 

私たちは、小学校、中学校、高校、大学とずっと学校教育を受けてきましたので、学校教育の特徴が染みついています。実際に、小中学校の先生は教育学部でペダゴジーを中心に学ばれています。

 

自分たちが受けてきた教育は子どもの学び(ペダゴジー)に対応したものであったことを認識した上で、発想を切り替え、企業の人材教育は大人の学び(アンドラゴジー)を念頭に実施しないと講師は依存的な人材を育てることになってしまいます。

 

研修自体を目的とせず、「研修で学んだことを研修が終わった後の行動にどう活かすのか(どう実利に結びつけるのか)」を意識した上で、研修をデザインしていかなければいけないといえるでしょう。

理由3:何でもかんでも「与えすぎ研修」になっている

3つ目の理由としては、何でも「与えすぎ」の研修になっていることが挙げられます。「待つ教育」は非常に難しいものです。特に、企業内教育では、お金も時間もかけるため、参加者にどんどん知識や答えを与えてしまう傾向が強いのです。

 

十分に時間をかけているのに、自律型の人材が育たないのは、ファシリテーター側がすぐに答えを与えてしまったり、参加者側がすぐに答えを求めたりする問題が横たわっているからだといえます。

 

一方で、ビジネスの現場では、「まだ見ぬ課題をどう乗り越えるか」が求められています。そのため、企業内教育には、すぐに答えを与えるのではなく、自ら学び、自ら考え、自ら行動できるように訓練していくことが求められるのです。

 

答えを与えすぎるのではなく、「自ら学び、自ら考え、自ら行動する」人材を育成するきっかけになるような人材教育をデザインしていかなければいけないのです。

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