家族信託Ⓡは「遺言書」ほど簡単に変更できない
大家さんであれば、相続対策の一環として、次の2つの対策を考える必要があります。
・資産の分割対策
・承継者対策
資産の分割方法を示すものとして、遺言書があります。遺言書を作成することにより、 誰に何を相続させるか? 指定することが可能です。家族信託Ⓡを使用することによって、遺言と同様な機能を使うことができます。もちろん、遺言書を使用しても構いません。いずれの方法を用いるにせよ、資産の分割対策は、行っておかなければなりません。
また、大家さんであれば、承継者の対策を行っておかなければなりません。一見すると、 資産の分割対策と承継者対策は同じではないかと思うかもしれません。重なる部分は多くありますが、異なる部分もあります。承継者対策とは、賃貸業という事業として、経営を誰に引き継がせるのか? どのように引き継ぐのか? という観点が必要になります。
資産の分割対策、承継者対策として、家族信託Ⓡをした場合、遺言書を用いた場合と異なるところを説明していきます。 家族信託Ⓡをした場合のメリットを次に示します。
家族信託Ⓡをした場合のメリット
①承継者を2番目以降も指定することができる
②受益権として、分割することができる
①承継者を2番目以降も指定することができる
遺言書では、承継者を一代しか指定することができません。一方で、家族信託Ⓡでは2番目以降も指定することが可能です。
大家のAさんが配偶者であるBさんに資産を引き継がせた後で、Cさんに資産を引き継がせたいと思っている場合について、考えていきましょう!
遺言書を用いる場合では、AさんがBさんに相続された後で、「Cさんに相続させたい」ということを遺言書に記載していたとしても、Bさんが相続したのであれば、その後Cさんに相続させるという部分は無効になります。Bさんに相続させて、終わりです。一度、Bさんの資産になってしまえば、Bさんに所有権が移ったということになりますので、Bさんが誰に引き継がせるか?ということをBさんが自由に決めることができます。
もし、BさんからCさんに資産を引き継がせたいと思ったら、Bさんに遺言書を作成してもらい、Cさんに資産を相続させると記載してもらう必要があります。Bさんの遺言書にAさんの意思が反映されるかどうかはBさんの相続が起きるまでわかりません。遺言書の内容を伝えていない限り、遺言書は亡くなってから初めて内容がわかるものです。また、 遺言書は何度も書き直すことができますし、最新の有効な遺言書が優先されます。
一方で、家族信託Ⓡを用いる場合では、AさんがBさんに資産を引き継がせた後で、Cさんに資産を引き継がせたいということを信託契約書にそのまま反映させることが可能です。家族信託Ⓡの場合には、信託契約を締結するので、契約内容をはっきりさせておく必要があります。
たとえば、次のように受益権を受け取る順番を決めることができます。
1 Aさんを財産の管理をお願いする人(委託者)とする
2 財産の管理を任される人(受託者)をCさんとする
3 利益を受ける人(受益者)をAさんとする
4 Aさんが亡くなった後に、2番目の利益を受ける人(受益者)をBさんとする
5 Bさんが亡くなった後に、3番目の利益を受ける人(受益者)をCさんとする
家族信託Ⓡは、遺言書と異なり、契約ですので、信託契約の内容を変更するためには、原則、委託者と受託者が合意する必要があります。遺言書ほど簡単に変更できるものではないと考えるべきです(特段の定めにより、信託契約の内容を変更しやすくしている場合は、状況が異なる場合があります)。実際には、細かいルールがありますので、後ほど説明します。
このように、信託契約を締結する前に、受益権を受け取る順番を決めます。また、受託者を決めますので、遺言書のように、亡くなってから初めて内容がわかるということはありません。
遺言書を書いた人だけが内容をわかっている場合と委託者、受託者が信託契約の内容をわかっている場合では、次のようなことでまったく異なる状況になります(家族信託Ⓡにおいても、各順位の受益者には、伝えないと信託契約の内容は伝わりませんので、伝えられない場合を除いて、伝えたほうが良いでしょう)。
スムーズに賃貸業の「事業承継」を行うには⁉
賃貸業は事業です。承継する人がわからないと、事業の承継はできません。賃貸業の場合には、不動産、金銭、預金のような物質的なものを承継すれば、終わりというものではありません。経営手法、知識、ノウハウ、人脈など物質的なもの以外にも承継するべきものが数多くあります。自主管理している場合であれば、さまざまな工事を依頼する業者は誰なのか?どこまで対応してもらえるのか? などを確認しなければなりません。
管理会社に委託している場合であれば、管理会社の担当者は誰なのか? 管理会社はどこまで対応してくれるのか? 業務内容と管理委託費用が適切であるか? など、さまざまなことを確認しなければなりません。突然、相続しても、経営したことがなければ、対応することができません。大家さん本人の経営を補佐したり、実質的に経営を任されていれば、対応することは可能かもしれません。
最終的な決定は、大家さん本人の判断に任されます。あくまでも、補佐しているに過ぎませんので、責任は大家さんに帰することになります。
しかし、受託者の場合、財産を管理する義務が発生します。信託財産に賃貸の不動産が含まれているのであれば、賃貸業としての経営を行わなければなりません。
最終的な決定は、受託者の判断に任されます。責任は、受託者に帰することになります。
補佐する立場と経営判断を行わなければならないという立場では、まったく異なります。経営判断を行わなければならないという立場となれば、慎重になるでしょう。ですから、いきなり経営を任せることはリスクが高いと考えます。
そのためには、認知症になる前に家族信託Ⓡを行うとともに、受託者に経営を任せる、いきなり経営を任せることは難しいので、委託者のほうが受託者を補佐してあげるべきであると考えます。賃貸業を一緒に経営を行い、あらゆる経営判断を行うことができるようになったら、すべてを受託者に任せてしまうようにすれば、スムーズに賃貸業の事業承継を行うことができるようになると考えます。
先ほどのCさんがAさんとBさんの子どもであれば、「遺言書を作成するだけで、問題なく経営を承継することができるのではないか?」と考える大家さんもいるでしょう。確かに、問題なく経営を承継することができる場合もあるでしょう。問題なく承継することができるのであれば、遺言書でも良いと考えます。
やはり、補佐している立場と実際に経営判断を行わなければならない立場では雲泥の差であるといえます。実際に賃貸業を経営している人間でなければわかりません。
家族信託Ⓡの専門家の中で、自身が大家さんである方でなければ、賃貸業が経営であると理解している専門家はいないでしょう。大家さんが賃貸業の事業の承継を行うには、家族信託Ⓡの専門家というだけではなくて、大家さんのことがわかっている専門家を見つけるべきでしょう。
現にわが家では、私が受託者となり、賃貸業を承継しました。不動産に関する法律、賃貸経営のノウハウなどをセミナー等で学びました。また、経営に関しても学びました。そのうえで、事業収支の分析、コスト削減の方法、賃料の維持、空室対策、新規設備導入、不動産管理会社とのやりとりなど学んだことを実践して、常に改善を行っています。
日本では、人口減少とともに、賃貸住宅が供給過剰気味です。学んで、実践していかないとジリ貧になります。突然、相続しても、経営したことがなければ、できないからです。
そして、現在では、賃貸業を経営しつつ、これらの経験を生かして、セミナー等でお話をしたり、コンサルティングを行っています。いずれも、大家さん側で経験したことを、大家さんのために、行っています。
私のように、大家さん側から家族信託Ⓡと不動産の専門家となって、仕事をしている方はほとんどいないでしょう。もし自らの周辺に見つけることができるのであれば、つながりを作っておくことをオススメします!