プライベートバンカーが「マス富裕層」に注目するワケ
マス富裕層とは、純金融資産が5,000万円超から1億円未満の人のことをいう。高齢化が進む日本において、マス富裕層は、今後成長が見込まれる有望なセグメントであり、すべての金融機関にとってプライベートバンキングの対象となりうる。
この点、従来のプライベートバンキングの対象は、営業効率の観点から、純金融資産1億円超の富裕層が中心とされ、地域的には三大都市圏に集中していた。その狭い市場において、外資系金融機関や大手都市銀行のプライベートバンキング部門が激しい営業競争を繰り広げてきたのである。つまり、従来のプライベートバンキングの対象は富裕層や超富裕層であり、マス富裕層は十分なサポートをされてこなかったのである。
しかし、金融資産1億円超を持つ富裕層は、全世帯のわずか2%未満にすぎず、その市場が大きく拡大する可能性は小さい。そこで今後は、大都市圏以外にも多く存在し、外資系や大手金融機関も手付かずの顧客セグメントである「マス富裕層」に注目すべきといえる。特に、プライベートバンキングにこれから注力しようとする中小金融機関や地方銀行は、富裕層の顧客セグメントで大手金融機関と真っ向から対峙することは避け、戦略的にマス富裕層にターゲットを絞ったほうがよいだろう。
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マス富裕層は、全国的に数多く居住している。しかし、預金残高や有価証券の預かり残高が富裕層の規模に届いていないことから、これまで金融機関から十分なサービスを受けることはなかった。しかし、このセグメントは、次の理由に基づき、今後の成長を期待することができる。
第1に、インカムリッチ・プロフェッショナルが今後増加すると考えられるからである。就業人口の低下を背景に、女性の社会進出が進み、夫婦ともに正規労働者という共働き世帯が増える。ダブルインカムの共働き世帯の資産は、まさにマス富裕層の規模となる。特に、地方都市の公務員、たとえば教職員の共働き夫婦が2人とも退職金を受け取ると、純金融資産だけで軽く5,000万円を超えるのである。
第2に、マス富裕層は、これまで金融機関によって十分なプライベートバンキングの提案を受けてこなかったため、ニーズに適合するソリューションがあれば、金融機関へ大きな収益をもたらす可能性もあるからである。マス富裕層は、これまで本格的なプライベートバンキングを提供されたことがない。それゆえ、いったん関係性を築いてしまえば、アップセルやクロスセルが期待されるばかりでなく、友人や知人への口コミが一気に広がることも期待できる。
専門職に就く医師、弁護士、公認会計士等に加え、IT分野や業績連動報酬が期待できる金融プロフェッショナル等のインカムリッチ・プロフェッショナルが本気で資産形成を行い、それをプライベートバンカーが長期にわたり支援すれば、20年単位で見れば、本格的な富裕層顧客に成長しているはずであろう。つまり、マス富裕層への営業は、将来の富裕層の囲い込み戦略と考えることもできる。
「マス富裕層」はどのような職に就いているのか?
マス富裕層に対するマーケティング戦略は、職業別に分類して考えるとよいだろう。
最も重要なのは、首都圏を中心に居住するインカムリッチ・プロフェッショナルである。たとえば、役員となった弁護士や公認会計士、税理士等の職業会計人、外資系企業の経営層の幹部、金融機関やITおよび経営コンサルティング分野の専門家、10年以上の経験を持つ医師などである。
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また、営業黒字の小規模企業経営者も重要である。小規模事業であれば、子供に事業承継されず、M&Aで他社へ売却されるケースが多い。そのため、事業の売却代金を受け取った企業オーナーが、一夜で金融資産家として富裕層の仲間入りをするケースがある。
さらに、退職金を受け取った公務員、たとえば教職員の元共働き世帯である。彼らは夫婦2人の退職金だけで軽く5,000万円を超えている場合も多い。地方に住むマス富裕層の多くは、主としてこのような共働き世帯である。
◆マス富裕層のキャッシュ・フロー
高度な専門知識やスキルを持つインカムリッチ・プロフェッショナルの所得は、就業してから10年ほどで頭打ちとなるが、その後、引退するまで高い所得水準が継続する。しかし、ある年齢に達すると第一線を退かなくてはならず、引退後は経営側や指導者側に転向して、生涯所得の拡大を図る工夫が必要となる。
こうした専門職に就くインカムリッチ・プロフェッショナルは、いずれも大変高いストレスに長時間さらされており、ストレス解消のため、遊興費や衝動買いなど、生活費の支出が大きく、所得が貯蓄に回らないケースが多い。しかし、堅実な貯蓄と運用に30歳代から着手すれば、60歳代には純金融資産を数億円持つバランスシート・リッチの富裕層となる可能性を持っている。
インカムリッチ・プロフェッショナルの報酬は、インセンティブ制度によるものが多い。短期インセンティブ制度が年次ボーナスであり、長期インセンティブ制度がストックオプションである。プライベートバンカーは、富裕層がどんなストックオプションを持っており、それを行使した場合、税引き後ではどの程度の資産となるのか、毎年見直すことが必要である。
こうしたストックオプションを有利な条件で保有するマス富裕層のなかには、勤務先の企業の株式上場を機に、一気に富裕層へと変身する場合もあるため、軽視してはならない。
岸田 康雄
国際公認投資アナリスト/一級ファイナンシャル・プランニング技能士/公認会計士/税理士/中小企業診断士
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