行政当局の「事業承継問題」への各種施策は手厚いが…
歴史の長い中小企業にとって、切っても切れない課題である事業承継問題。私はかなりの時間をかけて教科書的な学びを深めてきたつもりです。その過程でずっと不思議に感じていたことがあります。
「事業承継問題が話題になってから早15年程の歳月が経過しているが※、この問題は収束の方向に向かうどころか、大きな社会的課題となっているのはなぜなのだろうか?」ということです。
※ 筆者が独自で簡潔にWeb調査を行ったものに過ぎず、正確に確認をしたわけではありませんが、国内で事業承継問題が公になる契機となったのは「2004年版 中小企業白書」の「第3章 中小企業の世代交代と廃業を巡る問題」であったと記憶しています。
そして、教科書的な学びから一歩進んで実体験を踏まえてみると、自分自身の考え方に一部変化がありましたので、ここで問題提起的にお伝えしたいと思います。
確かに行政当局の「事業承継問題の解決」に対する思いや、その熱量というものはすさまじいものがあります。実際、当局のサポート※2や各種施策は非常に手厚く、本当に頭の下がる思いです。ただ、それを専門家が純粋に受け止め、先代オーナーや後継者に対する 「事業承継の解決はかくあるべし」という硬直的なアドバイスが、場合によっては全体最適や、顧客の利益最大化の方向から乖離していき、結果として事業承継問題の解決に遠のいているかもしれないとも思うようになりました。
※2 例えば、情報提供という意味では、中小企業庁のホームページなどで十分すぎるほどの情報が無料で提供されています。また、施策という意味では事業承継税制が導入されたり、一定の条件をみたすと補助金が支給されています。
そこで、自省も兼ねて、先代オーナー、事業承継の専門家、後継者の順に従って、現時点の私の考えを述べていきたいと思います。
若手経営者にはない、先代オーナーの「無形資産」とは
今回は、①先代オーナーへのメッセージと②専門家へのメッセージ」についてお話ししたいと思います。
①先代オーナーへのメッセージ
至極単純です。これまでと同様、思い存分ご自由に人生を楽しんでください、ということです。
一回しかない人生を他人から四の五のいわれるのは誰でも気分がいいものではないでしょう。こういった感情論はシンプルすぎるのでこれだけでとどめることとして、現実的な背景は次の通りです。
私の周りを見渡せば、一般的に事業承継を進めるべきといわれる年代に差し掛かっている経営者が結構いらっしゃいます。しかしながら、すでに80歳に近いけれども手帳のスケジュールが真っ黒に塗りつぶされている経営者など、皆さんエネルギーに満ち溢れており、恥ずかしながら、逆にパワーをいただいているケースがとても多いのです。
そこには周囲からいわれる形式に則って事業承継の計画を進めていくべしということと先代オーナー皆さんの持つ感情や経営能力との間にギャップがあることは比較的多いものと感じます。
また、先代オーナーには若手経営者が短期的に得ることができない強みがあります。それは先代オーナーに帰属する「無形資産」です。例えば信用、人脈などが挙げられるでしょう。
所有と経営が一致していることが一般的な中小企業では、個人に帰属といっても、実質的には会社に帰属している無形資産といえます。そういった無形資産の引き継ぎも事業承継の一部だというかもしれません。確かにそのとおりです。これらは外形上は相続税がかかることはないので全力で“相続”させるべきものです。ただ、形式的な事業承継の手続きですんなりと引き継がれるでしょうか?
信用や人脈は形式上の手続を踏めば必ず相続できるというものではありません。無理に形式に従って無形資産の引継計画を押し付けられるのではなく、先代オーナー自身、そしてオーナーを信用している方やオーナーの人脈の行きつく先が納得のいくペース・段取りで進めていくのが自然の流れではないかと思います。
②専門家へのメッセージ
事業承継の専門家はあくまでも主役ではなく、サポーターに徹するべきであると思います。
周りの専門家は、先代オーナーに注意喚起や正しい情報を適時適切に提供することで十分だと思います。そして、その活動を通じ、あくまで「自発的に」先代オーナーがアクションを取ろうとするときに具体的にサポートするという流れが自然だと思います。
そもそも引退間近の先代オーナーというものは高度経済成長を生き抜いてきたタフマンです。そのような数多くの修羅場を、人によっては他人の手を借りず自分自身のみで、乗り越えてきた先代オーナーに、泥臭ささを伴わない専門家のロジック(形式的なプロセスといえばいいすぎでしょうか…)だけで前に進めようと思ってもうまく進まないのは当然かもしれません。
前述のとおり、先代オーナーは気が済むまで経営してもらったらいいのです。先代オーナーはたった1回の人生を人一倍力強く生き抜く人間です。「もうそろそろやめてはどうでしょうか?」とアドバイスしても、人というものは余計に抵抗するものです。特にきったはった、でやってきた先代オーナーはなおさらその傾向が強いでしょう。
公序良俗に反しないのであれば、周りが定めたレールに無理やり乗せたり、杓子定規に従わせる必要は本当にあるのでしょうか。本当に心の底から顧客のことを考えているでしょうか? 単なるビジネスチャンスととらえていないでしょうか?
基本的には先代オーナーの意向をできる限りくみ取って進めながらも、それだけだと暴走する恐れもあります(表現が適切ではないかもしれませんが)。そのときまさに専門家の出番、アドバイスが必要になる瞬間ではないのでしょうか。
次回は「後継者へのメッセージ」について述べてみたいと思います。