中小企業が「複数の事業に手を出す」合理的な理由とは?

※本連載では、公認会計士・米国公認会計士の資格を持ち、数々の企業でコーポレートファイナンスを通じて新たなスキームを構築してきた株式会社H2オーケストレーターCEO、一般社団法人M&Aテック協会代表理事および公認会計士久禮義継事務所代表である久禮義継氏が、新時代に中小企業が生き残るための経営戦略を提案していきます。

あえて事業を絞らないのは中小企業にとって合理的⁉

今回は、皆さんがあまり聞きなれないと思われる言葉を使って話を進めたいと思います。

 

中小企業において、経営者のよく見られる行動パターンとして、以下のものがあります。

 

「事業をあえてひとつに絞らず、複数の事業に手を出す」※1

※1 これは別法人であろうとなかろうとあまり関係ありません。

 

これは、多分に経営者が発する熱量が尋常でなかったり、経営者独特の気質によるところも大きいのでしょう。しかしながら、経営者がロジカルに判断しているかどうかは別として、中小企業にとって合理的な行動のひとつではないかと思えます。なぜなら、中小企業は、大企業のように無理に「選択と集中」※2を推し進めることは危険な戦略と考えた方がいいかもしれないからなのです。

※2 「選択と集中」とは、競争力のある事業を「選択」して、経営資源をこの選択した事業に「集中」するという経営手法をいいます。

 

本記事ではこのことを「コングロマリットプレミアム」と呼びたいと思います。コングロマリットプレミアムには明確な定義はありませんが、この言葉とは反対に、「コングロマリットディスカウント」という言葉がありますので、そちらから定義を確認した方がいいでしょう※3

※3 なお、中小企業≒非上場企業といえるので、上場企業であることを前提としたコングロマリットディスカウントをここで議論する必要はなく、コングロマリットプレミアムの定義を明確化させるためだけにそれを対比的に触れているものです。

 

コングロマリットディスカウントとは、多くの事業を抱える複数企業(コングロマリット)の企業価値が、各事業ごとの企業価値の合計よりも小さい状態(ディスカウント)のことをいいます。定義上は非上場企業を対象とせず上場企業において起こりうる現象をさします。

 

コングロマリットプレミアムとは、上記と逆となります。つまり、事業上の「シナジー効果」を期待できるということです。どういうことかといえば、ひとつの事業が単体で生み出す付加価値よりも、複数の事業が合わさることによってより大きな付加価値を創出できる可能性がある(相乗効果)ということです。これは、そのままコングロマリットプレミアム戦略のメリットのひとつとなります。

 

では、事業上の「シナジー効果」も含めて、コングロマリットプレミアム戦略のメリットについて整理してみましょう。

「コングロマリットプレミアム戦略」のメリット

中小企業の場合、コングロマリットプレミアム戦略を採用することは、次のような理由により正当化できるのではないでしょうか。

 

[図表]
[図表]

 

シナジーの実現

 

コングロマリットプレミアム戦略を推進することによって、中小企業の経営者は、次に示すように直接的・間接的に事業上のシナジー効果を期待することができます。

 

●経営者のモチベーション向上

得てして中小企業の経営者というのは、ビジネスセンスが卓越しており、さまざまな事業アイデアを抱いている人が多いものです。経営者が経営者として本源的に有する資質を無理に押し殺す必要はありません。コングロマリットプレミアム戦略を推進することで、経営者のモチベーションが向上し、その営む事業それぞれにプラスの影響を与えることが期待できます。

 

●従業員のモチベーション向上

従業員にとってもメリットがあります。事業を複数持つ、あるいは別会社とすることによって、経営層の枠が増えることになります。実質的には創業者が実権を握っていたとしても、従業員に役職を付与することによって、士気上昇が期待でき、コングロマリットプレミアム効果の達成可能性をあげることにつながります。

 

●事業運営上のひらめきや発案のベースとなる

事業運営にとらわれず、ひらめきや発案といった類のものは、想定外の場面や出来事から浮かび上がってきたりするものです。コングロマリットプレミアム戦略を推進することで、ある特定の事業を営むことを通じて得られた学びを、別の事業にそのまま適用したり、それをベースに新たな打ち手を導入することによってプラスの効果を得ることが一定程度期待できるでしょう。

 

事業リスクの分散※4

 

ある特定の事業の強みが傑出しているならば、選択と集中戦略で事業を絞ることは正当化されます。しかし、中小企業はたぐいまれなる力量を有していたり、独自の強みが傑出しているケースはそう多くはありません。そのため、単一事業のみで勝負していると、その事業を取り巻く環境がネガティブに変化した場合、逃げ道がなくなってしまうリスクが高いといえます。

 

ただ、一点注意しておくべき点があります。コングロマリットプレミアム戦略を推進するには、一定量の経営資源が存在することが前提条件であることから、身の丈にあった戦略実行を心がける必要があります。したがって、事業リスクを分散させるという意味では、規模の小さな企業であれば2事業、ある程度規模があっても数事業程度に留める方が、逆に安全でしょう。

※4 事業リスクとは、事業を運営する上で起こり得るさまざまなリスクの総称です。一例を挙げると、経営戦略を実行上のリスクであったり、法務・コンプライアンス違反につながるリスク、甚大な災害に遭遇した場合の事業継続リスクなどがあります。また、たとえば、企業は事業規模の拡大、海外事業展開、事業の撤退といった大きな行動を取った際に事業リスクは大きくなる傾向があります。

 

中小企業は大企業に比べて脆弱です。当然、取引先や顧客の力が強いことが多く、どうしても受け身の事業運営となりがちです。だから、中小企業は自らの身を守るべく、“積極的に”、“防衛的な”アクションを取るべきで、コングロマリットプレミアム戦略は中小企業が打てる数少ない打ち手(戦略)となりえます。

 

確かにリスクを伴う経営判断ですので強く勧めるつもりはありません。しかしながら、経営者の皆さんは、自社のリソースを意識しながらも、実際にすぐに行動に移すかどうかは別にして、この打ち手を一度考えてみても面白いのではないでしょうか?

株式会社H2オーケストレーター・CEO
一般社団法人M&Aテック協会・代表理事
公認会計士久禮義継事務所・代表
 

1994年、同志社大学経済学部在学中に公認会計士第2次試験合格。1995年、同校卒業後、中央監査法人に入所。1998年、日本興業銀行ストラクチャード・ファイナンス部へ出向。2000年、同法人金融部に配属。2001年、ドイツ証券投資銀行本部に転じる。2006年、ミシガン大学ビジネススクールを卒業後、The Bridgeford Group(ニューヨーク)にて勤務。2007年に帰国し、JPモルガン証券投資銀行本部、みずほ証券グローバル投資銀行部門、Deloitteなど数社を渡り歩く。2013年、NEC経営企画本部に転じ、2019年独立。これまで、規模・地域・業種を問わず数兆円超(企業価値)のM&Aアドバイザリー、民事再生法を活用した事業再生スキーム(国内初案件)におけるM&Aアドバイザリー、事業法人グローバルIPOにおける共同主幹事(2002年国内最大案件)、特殊法人の民営化関連アドバイザリー、退職給付信託や各種証券化スキームの開発等、投資銀行業務における重要案件を幅広く担当した経験を有する。NECでは、上級役員の参謀役として経営の中枢に携わり、中長期戦略・グローバル戦略の立案・実行部隊として、ダボス会議事務局、グローバルアライアンス推進、新規事業開発、中期経営計画立案などに従事。公認会計士、事業承継士、米国公認会計士(未登録)。著書に『流動化・証券化の会計と税務』(中央経済社)、「スモールM&Aの教科書 −売買当事者が安心して取り組める実務知識−」(中央経済社)など。

著者紹介

連載令和時代に生き残る!中小企業のための新しい経営戦略

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