もしも高校四年生があったとしたら、そのぶん英語は上達するのか? 個人レッスン、オンライン英会話、どれをやっても英会話ができなかった英語教師・桜木 真穂が、風変わりな英会話教室で、新しい英語学習法を学びます。本連載は、金沢 優氏の小説『もしも高校四年生があったら、英語を話せるようになるか』から一部を抜粋し、これからの英会話学習法をご紹介します。

 

 (物語の主な登場人物は、ここをクリック) 

 

「吉原龍子英会話教室」に入ってみるが…

その週の土曜日の昼過ぎ、私は例の雑居ビルの前に立っていた。ニット帽にサングラス、上下ジャージにスニーカーという怪しげな服装は、執拗な勧誘を受けた時にダッシュで逃げるための、私なりの作戦である。

 

雑居ビルの一階には寂れたカラオケ屋さんが入っており、二階には流行っていなさそうなインド料理屋さん、そして三階には例の看板がかかっていた。

 

ちなみに看板を見た日の夜、私は『吉原龍子英会話教室』についてインターネットで調べた。しかし、教室のホームページはおろか、情報が一つも載っていなかった。連絡先すら見つからない以上、運営しているかどうかも確認すらできなかった。本来であればそこで忘れてもよかったのだが、やはり私は例のキャッチフレーズが気になって仕方がなかった。

 

そう、どれだけ高校英語を延長したところで、私たちは英語を話せるようにはならないだろう。だって、『ネイティブとの少人数レッスンがない』のだから。でも、そんな当たり前のことをわざわざ看板に書くだろうか? モヤモヤする私は、ひとまず訪問することに決めた。

 

蒸し蒸ししたエレベーターを三階で降りると、目の前に英会話教室の看板がかかった古いドアが現れた。私はそっと近寄り、ドアに耳を当てたが、中からは何も聞こえてこなかった。意を決し、私はドアノブをゆっくりと回した。すると、すんなりとノブは一回転し、ドアが開いた。私は息を殺しつつ、すっぽりと頭を中に入れて、様子を伺った。

 

何なの? ここは。

 

それが私の第一印象だった。まず驚いたのは、フロアが畳張りだったことである。英会話教室に和の造りはとても違和感がある。部屋は学校の教室よりも一回り大きく、奥には三台の対面式の平机、そしてその手前には六台の長机が見えた。壁には木札がかかっており、それぞれに名前が毛筆で書かれてあった。ふと私は子供の頃に通った、近所の習字教室を思い出した。それと造りがほとんど一緒である。

 

また、ドアの傍にはパソコンが置かれた長机が置かれており、そこが受付席だろうと思われた。その横には、壁伝いに本棚とロッカーが並んでおり、中には主に児童向けの洋書やCDがギッシリと詰まっていた。

 

そして、何よりも目を惹いたのは、至るところに雑然と置かれたガラクタ類の数々だ。片っ端から挙げると、犬小屋、柱時計、砂時計、西洋甲冑、地球儀、松葉杖、電気スタンド、天体望遠鏡、顕微鏡、扇風機、鳥の剥製、三輪車、試験管、寝袋、くわ、スコップ、ミシン、聴診器、阿修羅像、人体模型、たわし、大きなゴリラの縫いぐるみ、竹刀などなど。まるでゴミ屋敷みたいだ。無機質でスタイリッシュな、昨今流行りの英会話スクールとは大違いである。

 

加えて二点、初めから気付いていたことは、中が無人であるということ。そして、電気とエアコンが点いているということだ。ここは、潰れてはいない。運営はしているみたいだ。そう思った時だった。

 

「泥棒さんですか?」

 

いきなり背後から声をかけられ、私は「うひゃあっ!」という悲鳴と共に飛び上がった。振り向くと、なんとも可愛らしい青年が、キョトンと首を傾げてそこに立っていた。年齢は二十代前半だろうか。二重でアーモンド型の瞳。スッと通った鼻立ちからは、育ちの良さが感じられた。身長は一六〇センチ足らずで、私と同じくらいだ。ツヤツヤした栗色の髪はボブカットで、まるで女の子みたい。しかし、最大の違和感は、剣道着姿であることだ。うちの学校にいる剣道部員とほぼ変わらない。

 

「もし泥棒に入られるんでしたら、ここじゃなくて、一階の寂れたカラオケ屋さんの方がまだ結果が出ると思うんですけど」

「え! い、いえっ。そ、そうじゃなくて」

「二階の流行っていなさそうなインド料理屋さんは止めた方がいいですね。本当に流行っていませんから。下手をしたら店番を任されますよ。オススメしません」

「ち、違います! そうじゃなくて!あ、あの・・・ここ、英会話教室、でよろしいんですよね?」

 

私の服装が怪しすぎたせいだろう、確かに泥棒と勘違いしてもおかしくない。すると青年は、ニコリと笑って、「『もしも高校四年生があったら、英語を話せるようになると思いますか?』・・・何でそんなことが看板に書いてあったのか、気になられましたね?」と、私の心の中をスラスラと読み上げた。何者だろう、この子。

「タヌキ」は英語でどう言うのか?

「初めまして。葛城有紀(かつらぎゆうき)と申します。周りからは『有紀君』と呼ばれているので、そう呼んで下さい。そっちの方が慣れているんで」

 

有紀君は受付席越しに、スッと名刺を差し出した。その仕草がキビキビとしており、幼い見かけに反して、かなり接客慣れしている印象を受けた。

 

「あの・・・その、有紀君は、ここの受付の方なんですか?」

 

たとえ年下でも、初対面の人にいきなり君付けするのは躊躇(ため)らわれたが、頼まれた以上、そうせざるを得ない。どうやらこの子は人の懐に入るのが上手そうだ。それ自体は全く構わないのだが、仲良くなって入会を迫るパターンもありえるので、警戒するに越したことはない。

 

「『受付兼日本人講師』です。名刺にもある通り」

 

私は受け取った名刺に目を通した。名前の上に『受付兼日本人講師(仮)』の肩書きがあった。もしかしてここは日本人が英文法を基礎から教える、初心者向けの英会話教室なのだろうか。それに『(仮)』とは一体どういうことだろう。

 

「『仮』というか、『見習い』扱いなんです、僕。学院長が『免許皆伝には百年早い』って。どうやら優しすぎるみたいですね、僕は。説明も長ったらしいって」

 

クスクスと苦笑いする有紀君を、私はマジマジと見つめた。変わった子だ。あと、この格好は一体何なんだろう。

 

「あ、ここのユニフォームみたいなものですね。一応、『日本人』をもっと意識するようにって。学院長だっていつも和装ですよ」

 

疑問に思っていたことをピタリと先読みしてくる有紀君は、直感も鋭そうだ。

 

「学院長からは『お前には現代風の髪型なんてまだ早い。明日にでもチョンマゲを結ってこい』って強要されているんですけど、さすがにそれだけは固辞しています」

 

苦笑いする有紀君に、私は「はあ」と返すしかない。その時、ふと私は隣にあったタヌキの置物と目が合った。よくお店の入口に置かれている、お馴染みのアレである。何故こんなところに。

 

「あ、それ学院長が昨日拾ってきたんですよ。全くどこに落ちているんですかね、そんなの。先月、人体模型と阿修羅像を同時に拾ってきた時は、さすがに驚きましたよ」

 

え? じゃあこの教室のものはみんな拾い物なの?

 

「学院長の趣味なんです。いや、趣味というより、習性ですね。そういうのを拾ってくるのが。これも受講生のためだ、って。でも、少しは片付けるこっちの身にもなって欲しいですよ。だって僕がいなかったら、ここ、完全にゴミ屋敷ですからね」

 

ほぼゴミ屋敷だと思っていた私は、やはり「はあ」としか返せない。

 

「ちなみに、『キツネ』に当たる英語は何だと思いますか?」「え? えっと・・・『フォックス』ですよね?」

 

「はい、僕もそう思います。じゃあ、『タヌキ』は?」

 

え? 何だろう、『タヌキ』って英語で。私は首を傾げた。

 

「それってどうしてだと思いますか? どうして日本人って、『キツネ』はみんな知っているのに、『タヌキ』は知らないんでしょうか。日本じゃ、同じくらい身近なのに」

 

そう言われると、確かにそうだ。日本では『キツネ』と『タヌキ』はワンセットだ。それなのに、『タヌキ』の英訳は今までに聞いたこともない。

 

「あの・・・何て言うんですか?『タヌキ』って、英語で」

「『raccoon dog』って言うらしいですよ」

「え?『ラクーンドッグ』?」

 

有紀君、日本人が苦手とする『R』の発音がとても上手い。ちなみに英語のレベルは、発音で大体分かる。少なくとも私は今まで発音だけよくて、あとのスキルは全くないという人に出逢ったことがない。発音上級者は英語上級者でもあるのだ。

 

「そもそも『raccoon』とは『アライグマ』のことです。アライグマとタヌキって見た目がそっくりなんですよ。そして、タヌキは元々英語圏の地域には生息していませんから、欧米人に言ってもピンときません。だから、その場合は説明が必要でしょうね。『It’s a kind of animal that is very popular in Japan and it looks like a raccoon.』みたいに」

 

その流暢な英語に、私はゾクリとした。文章になると、発音の良さがさらに際立った。有紀君は例の四種類の『英語エリート』のどれかなのだろうか。

 

(次回に続く)

もしも高校四年生があったら、英語を話せるようになるか

もしも高校四年生があったら、英語を話せるようになるか

金沢 優

幻冬舎

英会話スクール、オンライン英会話、ハウツー本・・・。すべてに挫折してきて、教育指導要領改定に戦々恐々とする英語教師・桜木真穂。ネイティブスピーカーの同僚を羨み自分に自信を失う中、偶然であった英会話教室で「今まで…

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