もしも高校四年生があったとしたら、そのぶん英語は上達するのか? 個人レッスン、オンライン英会話、どれをやっても英会話ができなかった英語教師・桜木 真穂が、風変わりな英会話教室で、新しい英語学習法を学びます。本連載は、金沢 優氏の小説『もしも高校四年生があったら、英語を話せるようになるか』から一部を抜粋し、これからの英会話学習法をご紹介します。

 

 (物語の主な登場人物は、ここをクリック) 

 

イメージをやり取りする…これからの英語教育

「・・・教え方を変えるって、じゃあ、どういうふうにですか?」

「もしもお前が英語教育の舵を取るとしたら、どうする?」

「え? えっと、ALTの数と授業をもっと増やして・・・」

 

「だからそれは意味がないと有紀からも説明があっただろう? ネイティブに過度に期待をするな。彼らができることは限られているんだ。そして『日本人は楽しんでないから、英語を話せない』とか見た目だけで判断して、的外れなことを言って、ゲームばかりして楽しませて終わることも多い。しかし、それだけでは頭に何も残らん。遊びだ。遊んでいるだけでは上達はしない。彼らには日本人がどうすれば英語が聞けて、どうすれば話せるようになるかの練習方法など同じ視点に立って、考えることはできない。育ってきた環境が全く違うのだからな」

 

「そんな・・・」

「もしもネイティブが朝から晩まで傍でコミュニケーションを取り続けて授業ができるなら、話は別だ。日本語を介さず、『聞いて話す』機会が沢山あるからな。しかし、それは非現実的だ。そうすると、一番現実的なやり方は何だと思う?」

 

私は「え・・・?」と首を傾げた。ダメだ。全く思い浮かばない。

「いいか?日本人が英語を話せるようになるためにはな、『日本人の教師が、英語を話せるための教え方を施す』以外、道はない」

 

なんと。私たち日本人教師が、か。でもそうか、ネイティブに頼れないのであれば、当然だ。つまり、ここの教室のスタイルということか。

 

「そして極端な話、教師は英語が話せなくても、一向に構わん」

 

私は「えええっ!」と大きな声を出した。

 

「英語を話すのは生徒なんだ。教師ではない。教師は指導だけしていればいいんだ。ごっちゃに考えるな。名門校の野球部の監督みたいなものだ。彼らは、昔は野球が上手かったかもしれん。でも、そんなことはどうでもいい。指導方法さえ上手ければ、名監督になれるんだ。ルールさえ知っていれば、十分務まる」

 

確かに。指導さえ上手ければ、強いチームは作れる。

 

「いいか? 履き違えるな。監督が素晴らしいプレーができるからといって、それをどれだけ眺めていても、そのプレーができるわけではない。何故なら実際にプレーするのは選手だからだ。能力は感染はしない。適切な教材と練習方法さえあれば、教師は練習を見守るだけでいい。名監督ほど、現場では口を挟まないのと一緒だ。でしゃばるな」

 

「・・・じゃ、じゃあ、中学校の教師が英語で授業をするのって」「そんなの、ネイティブの猿真似みたいなもんだ。どうせ『Stand up.』とか『Be quiet.』とかお決まりフレーズを英語で言うくらいだろうが。理想論を軽々しく現場に押し付けるな。そして、何よりも英語が苦手な子供は、さらについていけなくなるぞ。普通に可哀想だと思わんか? 人として」

 

思う。そして、やはりそうか。全体的に考えると、生徒の英語力は落ちるかもしれない。

 

「それでは『英語を話す』とはどういうことだ? いや、そもそも私たちはどうやって言葉を使っている?」私はまた言葉に詰まった。英語教師なのに、恥ずかしいくらいに答えられない。

 

「『桜の花が満開です』」

「え?」

「今、お前の頭の中に、何が伝わった? 日本語の文字か? 英訳か? 違うだろう? パーッと咲き乱れた満開の桜の綺麗な『イメージ』が一瞬で伝わっただろうが」

 

確かに伝わったのは『イメージ』だ。言葉から瞬時にイメージを紡いだ。

 

「『海で泳いでいると、サメを見ました』。さあ、どう思った?」

「ええっと・・・怖いなって。周りの海水浴客も大騒ぎで」

 

そう、恐ろしいイメージがしっかりと伝わってきた。学院長さんは「では、次もイメージしてみろ」と言ってから、「『The sunflowers are in full bloom.』」

 

「え!」と虚を突かれた私は、突然の流暢な英語に混乱した。

 

「気を抜くな。いいか?もう一度言うぞ。『The sunflowers are in full bloom.』」

 

二回目ともあり、私はしっかりと英文を捉えることができた。

 

「イメージできたか? 和訳をするんじゃないぞ」

「あ、はい。その・・・向日葵畑で、向日葵が満開に咲いていて」

「空は何色だった?雲はどんなだった?」

「え? ええっと・・・青です。奥に入道雲があって・・・」

 

驚いた。何しろ、先程の英文には、空に関しての言及は全くなかった。でも今、私は空の色が分かった。雲も見えた。感じ取った。学院長さんは、「その調子だ。では、次だ」と言って、

 

「『I saw a bear in the mountain.』どうだ? イメージできたか?」

 

できた。山の中でハイキングをしていたら、草むらから出てきたクマの姿が。二メートルはある。大きな口に、大きな爪。怖い。逃げなきゃ。学院長さんは「では、最後の文だ」と言って、「『My sisiter read me a book.』」耳慣れた文章に、私は思わず「えっ!」と声を出した。

 

「イメージしてみろ。日本語に訳すなよ。状況を見ろ」

 

その時私は、月島さんのお姉さんが妹に本を読み聞かせているシーンが、完璧にイメージできた。時間は夜。場所は寝室だ。月島さんに似た優しい姉の顔と、眠りに落ちていく妹の安らかな顔。本も難解なものではない。絵本だ。それもいい夢を見られるような楽しいお話だ。

 

「どうだ、意味が分かったか? 私たちが言っていることの」

 

私の中で、何かが今、劇的に変わった気がした。今までと全く違うアングルから、英語を捕まえた。そんな気がした。

 

「『話す』とは、頭にインプットされた情報を、相手に共通認識を持ってもらうために言葉を使って、口から音を発するという行為だ。そして、その情報の大部分はイメージで構成されている。つまり、言葉とは相手に『場面』を伝えている」

 

そんなこと、考えたこともなかった。

 

「そして、文字だけを見て、機械的に日本語訳するということは、イメージを一切挟まず、英語を一語一語バラバラに分解して、日本の文化にすべて置き直すという行為だ。でも、それでは見えてこないんだ。話者が伝えたい場面も、英語のニュアンスも、姉の性格も、何もかもだ。素材を殺しているんだ。先程の英語を『姉もしくは妹が、私に本を読んでくれました』と、一言一句、機械的に、まるで自分が自動翻訳機になったみたいに日本語訳して完結することと比較してみろ。どっちが伝わってくる? どっちが言葉だ? どっちが生きている?」

 

もちろんイメージの方が、より伝わってくる。今度はまた有紀君のターンが始まり、

 

「繰り返しになりますが、『話す』という行為は、その大部分が『イメージの授受』で成り立っています。そして、僕たちは日本語では、それは当然のようにできているんです。イメージ、つまり実物と一緒に日本語を覚えてきましたからね。でも、英語になると違うんです。僕たちは英語を、すべて日本語に『翻訳』しようとしちゃうんです。だって開国以来、百年以上、ずーっと英語はそうするように指導されてきたんですから。でも、英語と日本語は単語一つ取っても意味が違う。語順も違う。発音も違う。リスニングやスピーキングで、僕たちがネイティブに全く追いつけないのは、この英語と日本語の大きな『ズレ』のせいなんです。文化の狭間の闇に滑り落ちているんです。だから、英語も日本語のように、イメージで捉えるようにしなくてはいけないんです。現に今、桜木さんだってできたはずです」

 

私はいつの間にかポカンと口を開けていた。そして、学院長さんは最後に大きく息を吸って、

 

「いいか? 私たちにとってはな、和訳問題だらけの学校のテストなんて愚の骨頂だ。そんなくだらないことをしていたら、百年経っても、千年経っても、英語を使えるようになるわけがない。明治時代の延長だ。このままでは、日本は国際社会になんか立てるわけがないぞ。お前、日本人の英語のスピーキングがアジア最低レベルなのを知っているのか? また江戸時代の末期みたいに日本だけ世界から取り残されるつもりか? また不平等条約でも結ばされるつもりか? また海外にいいように付け込まれるつもりか?」

 

「そ、そんな・・・今はもうそんな時代じゃないと思いますけど・・・」

 

すると、学院長さんは「バン!」と机を大きく叩いて、

 

「私は馬鹿なことなんて、一つも言っていないぞ! 至って大真面目だ!  周りを見ろ! 英語を話せない日本人がネイティブに高いお金を払ってホイホイ英語を物乞いしているじゃないか! こんなに文明が進化しているのに、英語を話せるようになるためだけに大金を払って、海外に留学しに行っているじゃないか! しかも国内で六年も学んでいて、だ。無駄だと思わないのか? 悔しいと思わないのか? しかもそれで結果が出ていればいい。でも見てみろ! ほとんどが失敗しているではないか! さらにまたお金と時間を毟り取られて、終わっているではないか! どれだけお人好しなんだ、お前らは!」

 

学院長さんの一言一言が、ミシミシと頭に響いてくる。痛い。

 

「いいか? 私は絶対にもてなさないからな!」

「え?」

 

「東京オリンピックのことだ。誰が決めた? 私たちがもてなすと? 私はそんな約束をした覚えなんて一つもないぞ! 日本人は全員接客業をしているんじゃない! 対等なんだ、私たちは。黒船でやってきた外国人たちにペコペコ頭を下げておもてなしをしている時代なんて、とっくに終わっているんだ! 勝手に不平等条約の再現なんてしてんじゃねえ! いいか? 奴らが日本に来て好き勝手やったら、私は蹴り飛ばす! 犯罪やテロなんかで私たちが愛する者を傷付けてみろ! 絶対に追い出してやる! ここは日本だ! 私たちの国だ! ご先祖様たちが命を賭けて守ってきた、世界に誇る日本だ!」

 

すごい、何て迫力だ。私は思わず身を後ろに引いた。

 

「そして、その時に使うのは、刀でもない、鉄砲でもない。もうそんな時代じゃない! 今は、言葉なんだ! 言葉を『使って』交渉する時代なんだ! そして英語は今、全世界共通の言語なんだ! 『日本なんだから日本語で話せ』なんて、そんな時代遅れの理論は通用しないんだ! 『どうせ自分は将来、英語を使わないから学ぶ必要がない』なんて、そんな甘ったれた理論も通用しないんだ! もうやって来ているんだ! 見渡せばいるんだ! アジア人だって南米人だってヨーロッパ人だってアフリカ人だって、みんな英語を使えるようになってから、日本にやって来ているんだ! 日本人だけ、英語を使えていないんだ! 六年間も義務教育でやっておきながらな!」

 

私は足元から、ブルブルと体が震えてきた。何なの、この人、怖い。

 

「もちろん、客人としての礼儀は尽くすぞ。日本人なら当然だ。ただ、ペコペコするのとはわけが違う。堂々と英語を使って、対等に接するんだ。そして、立ち向かうんだ。オリンピックで全力を出すのはスポーツ選手だけじゃないぞ。今までみたいにテレビで観戦しているのとわけが違うんだ。『開催国』なんだ、日本は! 世界が日本めがけてやって来るんだ! 招致したんだ! いいか? 日本人は全員でスポーツ選手たちと一丸で、オリンピックを成功させるんだろう? そう決まったんだろう? 東京オリンピックが今までで最高のオリンピックだったと世界に言わせるんだろう? 日本が一つにならなきゃいけないんだろう? 後ろ向きになってんじゃねえ! 腹ァ括りやがれ!」

 

ダメだ、私はもう吐息すら挟めない。半端なさすぎる、この人。

 

「いいか? 最後にもう一度ハッキリ言うぞ。今の学校英語で話せるようになるなんて幻想だ! ネイティブと話していたら、いつの間にか話せるようになるなんていうのも幻想だ! 話せるようになるには、そのためのやり方があるんだ! そして私の使命は、それを日本人に啓蒙して、明治時代から止まっている時を動かすことなんだ! もう一度、真の開国をするんだ! 日本の発展のために! 日本人のために! 分かったか、この国賊野郎め!」

 

この瞬間、私は学院長さんの前世がハッキリと見えた気がした。日本のために命を賭けた幕末の志士だ。そうに違いない。日本人としての、煮えたぎるような熱い血がドクドクと全身を脈打っている。

学校の英語教師でも入会したい…言葉で心を合わせる

私は学院長さんに、言葉で木っ端微塵にされたような気がした。一体私はこれからどうすればいいのだろう。もう一歩も動けない。そう思った時だった。

 

「で、どうされますか、桜木さん。入会されますか?」

 

ずっと黙っていた有紀君がサラリと切り込んできて、私と学院長さんは目を丸くして驚いた。

 

「ゆ、有紀! 何を言う! こ、こいつは敵だ!」

 

学院長さんが慌てた表情をした。こんな表情、初めて見た。しかし、有紀君は全く表情を変えず、

 

「桜木さんはどうしたいんですか? あれから考えて、そして今、こうしていろいろと話を聞いて、結論が出ましたか?」

 

私はじっと考えた。今日の話を聞いても、私は何一つ反論できなかった。やり方を変えないといけないことを実感した。そうじゃないと、私は英語を永久に話すことができない。話せるようになりたい。いや、絶対にならなきゃいけない。英語教師として、いや、桜木真穂として。ここで本当の英語を学んでみたい。ストレスになったとしても構わない。ここに賭けてみたい。

 

「入会・・・したいです、やっぱり」

「分かりました。それじゃあ、入会手続きのご案内をしますね」

 

有紀君は私に平然とした顔で『入会申込書』の用紙を差し出した。

 

「ゆ、有紀! 許さんぞ。私の許可なく、勝手な真似をするな!」

 

学院長さんが「バシン!」と机を叩き、有紀君の動きを制した。

 

「いいか? ここはお前にとって、来るところではない。帰れ! もう二度と来るな!」

 

学院長さんは荒々しく立ち上がり、受付席に置いてあった瓶詰めのキャンディを乱暴に掴んで、奥のティーチング席へと向かった。やっぱり断られてしまったか。そして、有紀君は険しい表情で遠ざかる学院長さんの後ろ姿を見つめていた。恐らくあれほど頑固だとは思っていなかったのだろう。しかし、ここは学院長さんの教室である以上、従わざるを得ない。上の命令は絶対だ。私はこれ以上は有紀君にも迷惑がかかると思い、荷物を持って立ち上がった。

 

「・・・すみません、いろいろとありがとうございました」

 

私は深々と学院長さんの後ろ姿に一礼し、有紀君にも頭を下げて、出口へと足を向けた。こんな形でここを去るのは、とても心残りだ。もっと学んでみたかった。そして私がドアノブに手をかけた瞬間だった。

 

「あれー? なんだ、諦めちゃうんですか? 桜木さん」

 

少年のような無邪気な声に、私は思わず「え?」と振り返った。学院長さんも「何?」と足を止めて、有紀君の方を振り返った。

 

「残念です。僕、てっきり入会されるのかと思っていましたから」

「え・・・で、でも今さっき、学院長さんが」

 

そう、学院長さんが「もう二度と来るな」と言っているのだ。

 

「あれ? 確か僕、以前、桜木さんに言いましたよね? 英会話を成功させるためには、三つの要素が必要だって。覚えていますか?」

「あ・・・はい。えっと・・・時間とモチベーションとやり方って」

「じゃあ、桜木さんにとっての英会話へのモチベーションってそんなに弱いものだったんですか?」

 

有紀君は、私をスッと正面から睨んだ。その厳しい目つきに、私はゾクッとした。

 

「だったら僕はもう、何も言いませんよ。そんなに弱いモチベーションなら、英語を話せるようになるわけがない。どうぞお帰りになって下さい。そして、ここには二度と来ないで下さい。来ても意味がない」

 

有紀君はパソコンに向かって、何か作業を始めた。

 

「有紀・・・お前、どうしたんだ?」

 

有紀君は、今度は学院長さんの方をスッと見据えて、

 

「学院長もそれでいいんですか? 学校の先生だからっていうくだらない理由なんかで、入会を断るんですか?」

「何だと? くだらないだと?」

「確かに今の学校英語は『使う英語』じゃありません。でも、それは桜木さんのせいじゃない。桜木さんも含めて、日本人全員がそうやってずーっと習ってきたんです。桜木さんだって時代の被害者なんです。そして本人はここで学びたいっておっしゃっているんです。ここのどこに断る理由があるんですか? 僕には一つも見当たらないんですけど」

「・・・」

「そもそも学院長がおっしゃる『日本人』の中には、教師は入っていないんですか? 敵なんですか? 同じ日本人なのに? そして、その後ろには、何百、何千、何万の子供たちがいるんですよ? 学院長にはその姿が見えないんですか?」

「・・・」

「それでも桜木さんの入会を断る、ということでしたら、ガッカリです。僕もここにいる理由はありません。今日限りで辞めます」

「何だと?」

「有紀君!」

 

有紀君はスッと立ち上がった。それと同時に、パソコンがシャットダウンの音を告げた。

 

「僕は学院長の『日本の英語教育を変える』という言葉に共感して、ここで働いているんです。もしもそれが違っていたとするならば、仕方ないじゃないですか」

 

有紀君は奥のロッカーへと向かった。私物を整理するつもりだろうか。私は有紀君の後ろ姿を目で追った。そして私はその時、ふと例の有紀君の言葉を思い出した。

 

『天変地異じゃなくて、所詮は人間の為せる業ですからね。人間は動物と違って、言葉があります。心があります。だから、それさえ合わせれば、何事もなんとかなるんですよ』

 

有紀君は今、私と学院長さんの心を合わそうとしている。それも、自分の進退までかけて。何て子だ。あの言葉は本気だったのだ。であれば、あとは私が行動する番だ。私はドアノブから手を離し、クルリと踵を返した。学院長さんは苦い表情をしていた。握った拳が小刻みに震えていた。まるで自分の中の何かと闘っているように見えた。

 

私は学院長さんの前に歩み寄った。それでも学院長さんは私と目を合わそうとしなかった。私は頭を深く下げ、言葉を発した。

 

「・・・入会、させて下さい」

 

思った以上に低い声が出た。それは心の底から出てきた声だった。畳の目をじっと見つめながら、私は学院長さんの返事を待った。

 

長い沈黙だった。まるで一秒が一分くらいに感じた。有紀君の足も遠くで止まっているのが分かった。有紀君も学院長さんの次の言葉を待っていた。まるで時が止まったように静寂が教室を包みこんだ。そしてようやく、学院長さんの言葉がその静寂を裂いた。

 

「フン・・・あとで有紀にカレーでもおごるんだな、ボケナス」

 

私はその言葉にパッと顔を上げた。学院長さんはそれでも私と目を合わそうとはしなかった。しかし、とてもバツが悪そうな顔をしていた。

 

私は有紀君の方を振り返った。すると有紀君は満面の笑顔で、まるで少年のように、私に向かって両手の親指を突き立てた。私はそれを見て、思わず涙が出そうになった。そうだ。心さえ合わせれば、どんなものだってなんとかなるのだ。だって、人間には言葉がある。有紀君の言った通りだった。

 

そして、学院長さんは「フン」と鼻で息を吐き、瓶詰めからキャンディを一つ取り出して、私に差し出した。私はそれを右手で受け取った。

 

奇しくもそれは、パイナップルキャンディだった。私は自分の右隣に、父の存在をしっかりと感じた。

 

(次回に続く)

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