英語教師・真穂、日本の英語教育の進歩のなさに愕然とする

もしも高校四年生があったら、そのぶん英語は上達するのでしょうか? 個人レッスン、オンライン英会話、どれをやっても英会話ができなかった英語教師・桜木 真穂が、風変わりな英会話教室で、新しい英語学習法を学びます。本連載は、金沢 優氏の小説『もしも高校四年生があったら、英語を話せるようになるか』から一部を抜粋し、これからの英会話学習法をご紹介します。

 

 (物語の主な登場人物は、ここをクリック) 

 

作文と英会話は、そもそもスピード感が違う

「英語がどんどん日本に入ってくるようになったのは、アメリカのペリー提督の黒船来航事件以降のことです。そして一八六七年、徳川幕府の大政奉還をもってして、ようやく長かった江戸時代が終わり、明治時代が始まります。ここで、やっと英語教育も始まりました。ただし、その英語は『話すための英語』ではなく、もちろん『翻訳するための英語』でした」

 

「どういうことですか?」

 

「当時は攘夷真っ盛りでしたからね。日本みたいな野蛮な国に来る外国人なんてほとんどいません。外国人が移り住むようになったのは、終戦以降のことです。だから、英語教育が始まった当時は英語を話す必要は全くなく、書物の翻訳がメインでした。西欧の文化に追いつき、追い越せの時代です。世界に出遅れた勤勉な日本人は、書物を『英語から日本語に翻訳』して、それを英語の読めない日本人に『日本語で知識を広めて』、日本の発展に役立てようと死力を尽くしたはずです」

 

正直なところ、この話が現代に直結している気が全くしなかった。

 

「ここが重要なんです。つまり、日本の英語教育は『英語を使ってコミュニケーションを取る』ことではなく、『外国人が書いた物を日本語で理解する』ことがゴールだったんです」

 

私はハッと息を呑んだ。

 

「そしてもちろん当時は、『聞いて理解すること』は全く想定に入っていませんでした。話す外国人もいませんでしたし、素材も揃っていなかった。ラジカセの普及も一九七〇年代以降です。文明が追いついていなかったんです。だから、英語の教材はずっと書物だけだったはずです。その結果、『文字の翻訳』がやはり主流になってしまい、盲目的に続けてきたものが、今の英語教育の原型なんです」

 

私は「文字の翻訳・・・」と小さく呟いた。

 

「『次の英語を日本語に訳しなさい』。今でも学校ではそんな問題ばかりですよね? これは古代文字を解読している考古学者たちと全く変わりませんよ。彼らは、解読はできます。でも、古代の言葉は当然話せません。それと全く同じ状況が、現代の日本でも起きているんですよ」

 

そ、そんな馬鹿な。私たちが考古学者たちと一緒なんて。私は反論するための材料を探した。そうだ、英作文だ。英作文の問題ができれば、英語を話せるようになる。

 

「ちなみに学校の英作文ができたとしても、『話せるようになる』とは別の話だ」

 

学院長さんに先回りされ、私は「うっ・・・」と二の句を失った。

 

「日本語と英語は言語体系が全く違うんだ。語順も逆に近い。それに、一旦日本語で考え、英語にした途端に、本来の意味が大きくズレる。そして何よりもスピードが追いつかん。『書く』は『話す』よりも、はるかにスピードが落ちる。『生麦生米生卵、赤パジャマ青パジャマ黄パジャマ。Peter Piper picked a peck of pickled peppers. A peck of pickled peppers Peter Piper picked.』お前、今のスピードで、私が言ったものを書けるか? 書けないだろう? これが『書く』と『話す』のスピードの差だ。亀と新幹線くらい違うぞ。ゆっくり時間をかけて答えられる英作文ができたからと言って、高速で処理しなくてはならない英会話の前では、ほぼ無力だ」

 

そんな・・・私は目の前が真っ暗になった。

 

「それに、そもそも学校英語は『読み書き限定』などと言われているが、それも違う。どこに『書き』がある? 単にスペルが正確に書けるかどうかではないか。いらんのだ、そんなもの」

日本のスピーキングレベルは「止まっている」?

「スペルがいらない?」

 

私は思わず大きな声を出した。そんなの暴論すぎる。するとまた有紀君が割って入り、「そもそも英語圏だと、スペルよりもまず『話す』ですからね、当たり前ですけど。話せても、スペルが書けない人はいます。でも、日本人は真逆なんです。スペルが書けても、話せないんです。『話す』よりも『正確にスペルを書く』が重要視されているんです」

 

確かにそうだ。『話す』方が『正確にスペルを書く』よりも今の時代、重要だ。それでは何故日本ではそれが逆転しているのだろうか。

 

「だから言っているだろうが。『テストのための英語になっている』と」

 

私はまたハッと息を呑んだ。

 

「どっちでもいいだろうが。『usually』のスペルの『l』が一つだろうが二つだろうが。それよりもまずは『usually』が正確に使えるかどうかだろう? くだらないことにこだわりやがって。英語をテストの材料に使うな。そして、そもそも英語の『書き』とは本来、何を目指している? 『自分の意見を理路整然と文字に書いて表す』という行為だろう? であれば、まず英語で簡単な意見すらも全く言えない者が、どうやって書けるというんだ? 順番が違う」

 

もはや反論の材料すら見つからない。二人にボコボコにされているみたいだ。有紀君は「話を元に戻しますね」と前置きをしてから、

 

「今、時代は急速に変わりました。日本人はこれからスポーツでも学問でもビジネスでも、どの分野でも海外に出ていかなければいけないんです。国内だけでは完結できなくなったんです。加えて、来日する外国人の数も激増して、国内にいても英語を使わないといけなくなったんです。そしてインターネットの普及で海外との距離すらなくなってしまいました。この状況は黒船がもう一度、逆方向から来航したほどのインパクトなんです。いいですか? つまり国内に書物しかなく、『英語を日本語に翻訳する』だけの古き時代がいつの間にか終焉を迎えていて、日本語と言語体系が全く違う英語を、『使う』という新しい時代に切り替わってしまっていることに、僕たちは何一つ対応できていないんですよ」

 

「そんな・・・何一つ対応できていないなんて」

 

「周りをよく見てみろ。英語を学校で六年間も勉強してきて、話せるようになった奴が一人でもいるか? いまだに挨拶一つとっても、『I’m fine, thank you. And you?』なんて、顔が血まみれでも、頭にナイフが二、三本突き刺さっていても、そう返しているではないか」

 

確かに。日本人のスピーキングレベルはずっと止まったままだ。

 

「この時代の変化に対して、国がしてきたことは何だと思いますか? 教え方を一つも変えないで、内容を『付け足し』ているんです。ネイティブの授業を採り入れたり、小学校から始めたり、テストにリスニングを組み込んだりしているだけなんです。今の教育の延長上に『聞ける』や『話せる』があると思っているんです。中身は『文字の翻訳』のままなのに。『量』でカバーしようとしているんです。そして、勝手に将来の目標だけ決めちゃうんです。英検何級だとかTOEFL何点だとか。これらにはスピーキングも入ってきますよ。つまり、これは今まで東に向かっていたものをいきなり西にすり替えて、移動行程を丸投げしているのと変わりませんよ。命じるのは簡単ですが、困るのは現場です。だって、東行きの船や航路しか用意されていませんから。現場は右往左往するしかありません」

 

私はすさまじい悪寒に襲われた。有紀君が以前言っていた『英語の中身』とはこれのことだったのか。何だか私、舵を失って海の上で一人で漂流しているみたい。恐い。陸が見えない。

 

(次回に続く)

 

英会話講師・脚本家

石川県出身。上智大学法学部国際関係法学科卒業。第13回、31回シナリオSIグランプリ入賞。第31回入賞作を大幅に加筆修正し、『もしも高校四年生があったら、英語を話せるようになるか』を出版。

著者紹介

連載英語教師が立ち向かう新しい英会話学習~『もしも高校四年生があったら、英語を話せるようになるか』より

もしも高校四年生があったら、英語を話せるようになるか

もしも高校四年生があったら、英語を話せるようになるか

金沢 優

幻冬舎

英会話スクール、オンライン英会話、ハウツー本・・・。すべてに挫折してきて、教育指導要領改定に戦々恐々とする英語教師・桜木真穂。ネイティブスピーカーの同僚を羨み自分に自信を失う中、偶然であった英会話教室で「今まで…

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