訪日外国人の需要…「シングル」の客室では狭い
差別化の一つ目の鍵は、より細やかな立地戦略だ。
今後は都市単位でホテルの事業性を検討するのでは不十分で、駅や空港などへの交通機関や観光地へのアクセスのよさ、ナイトタイムエコノミーが活発なエリアへの近接性、新しさだけでは勝負できないような供給が多いエリアの把握など、細やかに立地のポテンシャルを見極め、その立地特性に応じた商品構成を検討する必要がある。
また、交通アクセスや周辺繁華性が弱いために供給が少ないエリアでも、今後ポテンシャルが変化する可能性はないか、ホテル自体が需要を喚起する仕掛けを施すことで弱点を埋めることができないか、等の立地戦略も検討に値するだろう。
二つ目の鍵は、ハードを含めた商品の多様化だ。宿泊主体が日本人だけでなく多数の外国人も加わったことで、受け皿となるホテルにも変化が見られるようになっている。
たとえば、客室構成の多様化だ。訪日外国人の86%*3を占めるアジアからの観光客は、単身で訪日するケースは2割程度にとどまり、残りの8割は家族や親族、友人など複数人で日本を訪れている*4。すなわち、訪日外国人の現在の宿泊需要の多くにとって、シングルの客室では狭いのだ。既に外国人観光客の多い東京、大阪、京都では、近年はシングルからより広いダブルやツインへと客室構成がシフトしている(図表6)。
ターゲットとする客層に応じてハードも多様化する必要があるだろう。
*3日本政府観光局(JNTO)2018年
*4訪日外国人消費動向調査 2018年
三つ目の鍵は、アッパークラス以上のホテルだ。CBREが把握している主要9都市の新規供給の87%は宿泊主体型*5のホテルであり、フルサービスホテル*6(その多くはアッパークラス以上に属する)は5%に過ぎない(図表7)。世界各都市のインバウンド需要(国際観光到着数)を考慮に入れると、日本におけるアッパークラス以上のホテルの数はまだ少なく、開発余地は充分にあるだろう(図表8)。
*5宿泊主体型ホテル:宿泊機能以外の付帯施設を限定、または最小限にした、宿泊を主体としたホテル及び宿泊に特化したホテル
*6フルサービスホテル:レストラン、バンケット、フィットネス、スパ、ドアマン、ベルボーイ、コンシェルジュなどの多彩な施設とサービスを提供するホテル
四つ目の鍵は、日本では新しいタイプのホテルとして注目されているブティック・ライフスタイルホテルだ。ブティック・ライフスタイルホテルとは、一般的に、独創的なコンセプトに基づいた高いデザイン性を備え、宿泊に留まらない付加価値や体験を提供し、ホテルでの時間を楽しめるホテルと言われている。
ホテルのカテゴリは「価格帯」と「機能」の2軸で分類されることが一般的だが、この新しいタイプのホテルはそれが当てはまらず、価格帯も広い。アメリカでは平均を上回るパフォーマンスを発揮する傾向が確認されており、まだ歴史の浅い日本においても成功する可能性は充分にあるだろう。
登場の背景は、旅行者の嗜好が、モノからコト、すなわち「体験」へとシフトしていることが関係している。ブティック・ライフスタイルホテルは、宿泊だけに留まらない、多様化した旅行者のニーズを充足し得るものとして期待されている。
2030年に向けて多様化する宿泊需要
日本だけでなく、世界に目を向けると、国際観光は増加基調にある(図表9)。交通運輸技術の進歩、経済発展による中間所得層の増加、外国の観光都市に関する情報へのアクセスが容易になったことなど、その要因はさまざまだ。
過去に世界全体の国際観光需要が減少したことはSARSの流行や世界同時不況を原因とするものなど数年しかなく、この潮流は力強い。中でもアジア・パシフィックの国際観光需要は成長著しい。2000年代半ばに米州を上回り、その格差は年々拡大している。
世界観光機関の予測*7によると、今後もこの潮流が続く見込みであり、2017年の全世界合計の実績値は13.26億人*8と、予測値を約8,000万人上回るペースで増加していることを踏まえると、アジア・パシフィックに属する日本のホテル需要は、さらに拡大し続けることが期待される。
*7 UNWTO Tourism Highlights, 2017 Edition
*8 UNWTO Tourism Highlights, 2018 Edition
2019年のラグビーワールドカップ、翌2020年の東京オリンピック・パラリンピック、2025年の大阪・関西万博といったイベントは、会場周辺での宿泊需要を大きくブーストさせることは間違いない。周辺都市を回遊する観光需要も生じるだろう。
また、こうした一時的なイベントにとどまらず、2030年までの間には統合型リゾート(IR)のオープンも見込まれており、持続的に観光需要を増加させる集客装置の登場も控えている。
リニア中央新幹線や中長距離を結ぶバスターミナルをはじめとしたインフラ整備も進んでいる。こうしたアクセス性の向上は日帰り客を増やす懸念も生じ得るが、リニア中央新幹線については元々日帰りが可能であった都市間を結ぶものであり、企業の拠点戦略がダイナミックに変わらない限り、懸念の顕在化は限定的だと考えられる。むしろアクセス性の向上はターミナルの後背地まで商圏が広がることを意味し、新たな観光需要を生む可能性を含んでいる。
国内の構造変化にも目を向ける必要がある。今の旅行動態に変化がなければ、国内の人口減少は即ち宿泊需要の減少に結びつく。一方で、働き方改革によって余暇が増加すれば宿泊を伴う旅行が増える可能性がある。テクノロジーが進化して、働く場所の柔軟性が認められ、旅行しながら仕事もするというワーケーションという形態も見受けられるようになってきた。このような形態が長期の宿泊需要を生み出す可能性もある。また、健康なシニアが増え、インフラ整備によって身体が衰えても旅行できる環境が整えられれば、旅行に行く回数も増えるだろう。
このように、宿泊する人の国籍、年齢層、目的は今後ますます多様化することが見込まれる。多様化した需要に合わせて、ホテルも絶えず変化をし続けることが、競争に勝ち残る鍵となるだろう。
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