不動産には、宅地宅建取引業法、建築基準法、民法、借地借家法、各条例の他、さまざまな法規制が敷かれています。これらの勘どころを押さえ、不動産投資に有利に活用していけば、大きな利益を上げることが可能です。本連載は、弁護士法人Martial Arts代表、弁護士・堀鉄平氏の著書、『弁護士が実践する 不動産投資の法的知識・戦略とリスクマネジメント』(日本法令)から一部を抜粋し、ワケあり物件(凹みがある状態)を法的知識を駆使して安価で手に入れ売却する「オポチュニティ型」と呼ばれる投資手法を紹介していきます。

物件の建替えができれば凹みは解消されるが…

(1)凹みの理由

都心駅近の好立地にもかかわらず、いまだに木造2階建ての古アパートや、RC造であっても容積率を十分に消化していない(本来であればより大きな建物が建築できる)古ビルが散見されます。このような築古物件には以下の凹みがあります。

 

凹み①築年数が古いため、耐震性に問題があり、今後発生が予想される南海トラフ型大地震や首都直下型地震に建物自体が耐えられるのか疑問

 

凹み②築年数が古いため、多額の修繕費が発生していく

 

凹み③築年数が古く、間取りや設備の点でも築浅物件に劣るため、賃料は下落傾向にある。それに伴い、空室率も増加していく

 

凹み④売却する場合、買主にファイナンスが付きにくいため(建物の法定耐用年数が超過している場合、融資困難)、買主が限定される

 

凹み⑤建替えができれば、賃料増加が見込まれるが、賃借人が残存している場合には立退きは容易ではない

 

(2)必要な法的知識

以上の凹みですが、問題の所在は築年数が古いことにありますので、建替えができれば凹みは解消されます。そして、賃借人が残存している場合でも、契約期間満了を待って賃貸借契約を終了できれば、その後に建替えをすることができますので、何の問題もないことになります。

 

ところが、借地借家法28条は、賃借人を保護する趣旨で、建物賃貸借契約の期間が満了しても、賃貸人は「正当事由」がなければ契約の更新を拒絶できず、賃借人に退去してもらうことができないとしました。

 

そして、この正当事由の有無の判断においては、①自己使用の必要性②賃借人が建物を使用する必要性③建物の賃貸借に関する従前の経過④建物の利用状況⑤建物の現況⑥財産上の給付等が考慮されます。

 

<借地借家法>

(建物賃貸借契約の更新拒絶等の要件)
第28条 建物の賃貸人による第26条第1項の通知又は建物の賃貸借の解約の申入れは、建物の賃貸人及び賃借人(転借人を含む。以下この条において同じ。)が建物の使用を必要とする事情のほか、建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況並びに建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して、正当の事由があると認められる場合でなければ、することができない。

 

それでは、どのような場合に正当事由が認められるのでしょうか。

 

基本的には①~⑥の要素を総合考慮することになりますが、①自己使用の必要性と②賃借人が建物を使用する必要性(必要とする事情)が、正当事由を判断するうえで基本的な要素と考えられています。この基本的な要素を比較衡量して、どちらがより重要視されるべきかが議論の焦点です。例えれば、天秤ばかりの左右の受け皿に、分銅(重り)のように賃貸人側の必要とする事情と賃借人側の必要とする事情をそれぞれ乗せて、どちらに傾くかということです。賃貸人側に傾けば、「正当事由」があるということになります。

 

その他の付随的要素として、③賃貸借の従前の経過は、敷金、礼金や更新料の授受があったか否か、家賃の改定状況、賃借人に賃料不払い等の事情があったか否か、契約期間の長短等が考慮要素となります。④建物の利用状況は、賃借人が契約に定められた目的に従って建物を使用しているか、賃借人がどのくらいの頻度で建物を利用しているか、共同住宅の場合、退去済の賃借人がどの程度いるのか等の事情が考慮されます。

 

建物の現況は、建物がどの程度老朽化しているか、補修をするために、費用がどれくらいかかるのかという点が考慮要素となります。賃借人の提供する⑥財産上の給付については、要するに立退料が問題になります。

 

ここで注意しておくべきことは、立退料さえ支払えば正当事由が満たされるというわけではない点です。ここはよく勘違いされるのですが、⑥財産上の給付はあくまでも正当事由の補完的な要素と考えられており、①~⑤の事情によって正当事由がある程度認められる場合に、立退料を支払うことで正当事由が完全に認められます。つまり、①~⑤では正当事由が認められないという場合には、立退料をいくら支払っても、理論的には正当事由は認められないということになります。

賃貸人の「自己使用の必要性」4つの段階とは?

(3)凹みの戻し方

では、どのようにすれば凹みを戻していくことができるでしょうか。結論としては、以下の①~③の方法があります。

 

戻し方①正当事由を主張して、賃貸借契約を更新拒絶する
 

戻し方②法的手続によらずに、任意の交渉で賃貸借契約終了を合意する
 

戻し方③時間軸を意識して、借主からの退去の申出や債務不履行を待つ

 

戻し方①正当事由を主張して、賃貸借契約を更新拒絶する

正攻法は、賃貸借契約を更新拒絶して、正当事由を争う賃借人に対して訴訟を提起する方法です。その場合の正当事由の主張の方法は以下(ⅰ)~(Ⅴ)です。

 

(ⅰ)対象建物の返還が賃貸人にとって死活問題であることの主張

まず、戻し方①の方法による場合には、(2)で挙げた正当事由の要素の中で最も重視される事情(①自己使用の必要性と②賃借人が建物を使用する必要性の比較)を主張する必要があります。すなわち、賃貸人が賃借人に対し明渡しを求める場合、賃貸人の自己使用の必要性があることを強く印象付ける必要があるのです。

 

自己使用の必要性には、4つの段階があると言われています(笹塚昭次「判例批評・立退料の提供と借家法第1条の2解約申入効果の発生時期」民商51・6・135等)。Ⓐ死活にかかわる段階、Ⓑ切実な段階、Ⓒ望ましい段階、Ⓓわがままな段階です。

 

Ⓐ死活にかかわる段階とは、対象建物の返還を受けなければ貸主側の経済状態は劣悪化し生計等を維持することもおぼつかない状態、あるいは対象建物を明け渡すことにより借主側は居住・営業の場所を失い一家離散の状況となることが必至であること等、建物を返還することが当事者の生活を崩壊させるような状況に陥る場合です。

 

Ⓑ切実な段階とは、Ⓐの段階ほどではないけれども、居住または営業上、対象建物の使用を必要とする度合いが切実な場合です。

 

Ⓒ望ましい段階とは、例えば、貸主にとってできれば対象建物の返還を受け、より高層の建物に建て替えて、土地を有効に活用し収益を増加したい場合です。

 

Ⓓわがままな段階とは、例えば、貸主にとって当面使用する必要はないけれども、とりあえず返還してもらいたいという場合です。

 

賃貸人としては、自己使用の必要性について、Ⓐ死活にかかわる段階である、つまり、対象建物の返還を受けなければ賃貸人側の経済状態は劣悪化し生計等を維持することもおぼつかない状態に陥るといった事情を主張することで、立退きを圧倒的優位に進めていくことできます。

 

このような事情としては、㋐居住の必要性(老齢・病弱等の事情)、㋑営業の必要性㋒経済的困窮(金融機関への返済状況等)の3つの事情を主張することが考えられます。㋐~㋒の各事情についての裁判例を紹介します。

 

ア)㋐居住の必要性(老齢・病弱等の事情)

対象建物において、賃貸人または賃貸人の家族や従業員等、賃貸人と密接な関係がある第三者の居住の必要性について主張します。

 

貸主は高齢かつ身体の不調により、一人暮らしが不安となっていたところ、次男家族と同居して老後の面倒を見てもらうために、対象建物を利用する必要性を理由として解約申入れを行い、同解約申入れが認められた(東京地判平成21・3・12)。

 

イ)㋑営業の必要性

対象建物において賃貸人自らが営業する必要性も積極的に考慮される要因です。㋒経済的困窮等の事情が重なると、死活問題であるとさらに認定される方向に働きます。

 

貸主は獣医医院の開業を検討していたところ、動物を扱うため、対象建物よりほかの場所で開業するのは事実上無理であるという状況のもとで、正当事由が肯定された(東京地判昭和55・8・15判タ440号123頁)。

 

ウ)㋒経済的困窮(金融機関への返済状況等)

 

対象建物の2、3階を賃借していた貸主は、賃貸借上のトラブルから対象建物1棟すべてを買い取ったが、買取り代金の融資の返済に窮していたところ、対象建物1棟を改築して貸ビルにして収入の道を確保する必要があるとして、対象建物1階一部においてパチンコ営業をする借主に対する明渡し請求が認められた(東京高判昭和60・4・19判時1165号105頁)。

 

(ⅱ)望ましい段階に過ぎない場合の主張方法

賃貸人側の自己使用の必要性について、Ⓐ死活にかかわる段階とまで言えない場合でも、都心部の不動産であれば土地の高度利用という観点で主張をして受け入れられるケースもあります。

 

土地の高度利用とは、土地は全体としての物理的供給量が限られているので、大都市圏の根強いオフィス需要や潜在的な住宅需要を満たすためには、適正かつ合理的な高度利用が必要であるという考え方です。要するに、都心部の土地の上にある木造築古物件などは、より有効に活用されるために再開発に供されるべきという考え方で、裁判所にも認められています。土地の高度利用については、借地借家法28条の正当事由の例示にありませんが、積極的に主張していくべきです。

 

対象建物に隣接して広大な土地を有する貸主が、対象建物と一体利用のうえ高層建物を建築し土地を有効利用する必要があるとして、対象建物において薬局を経営し、居住する借主に対して、一定の立退料の提供により正当事由があると認められた(大阪地判昭和63・10・31判時1308号134頁)。

賃借人の自己使用の必要性を排斥する事情を主張する

(ⅲ)借主の自己使用の必要性を排斥する主張方法

上記(ⅰ)(ⅱ)の主張により、たとえ、賃貸人自身の自己使用の必要性が、Ⓐ死活にかかわる段階に至っていたとしても、賃貸人・賃借人双方の使用の必要性が比較考量されたときに、賃借人の方がⒶ死活にかかわる段階の程度がより高いと判断される可能性があります。

 

そのため、賃貸人が賃借人に対し明渡し請求を行う場合には、賃貸人自身の自己使用の必要性を主張することはもちろん、賃借人の自己使用の必要性を排斥する事情を主張しなければなりません。そして、賃借人の自己使用の必要性は、単なるⒸ望ましい段階、またはⒹわがままな段階に過ぎないと主張します。

 

具体的には、賃貸人としては、賃借人の㋐居住の必要性が切実ではない㋑対象建物での営業の必要性がない㋒代替地の提案について主張することが考えられます。

 

ア)㋐居住の必要性が切実ではない

賃借人は単身で他所への転居が比較的容易である、賃借人は他に所有物件がある等の理由から、賃借人にとって対象建物への居住の必要性が切実ではないことを主張します。

 

借主は生活にゆとりなく他の部屋を探すのは困難な状況であるものの、借主は独身であり、また、対象建物の存する場所に居住しなければならない必然性も認められないこと等が考慮され、貸主からの明渡し請求が認められた(東京地判平成3・7・26判タ778号220頁)。

 

イ) ㋑-1対象建物での営業の必要性がない(他所へ移転しても打撃が少ない)

賃借人の使用目的が店舗ではなく住居や事務所である場合、常連客等を失う等の事情もなく、他所へ移転することの支障は比較的小さいと判断されます。賃借人の使用目的を指摘し、他所へ移転しても打撃が少ないことを主張します。

 

借主は対象建物に居住し、かつ、通信販売の連絡所として使用していた。借主が対象建物から移転することによってその営業にある程度の障害が起こることは否定し得ないが、借主の営業形態は通信販売であって、固定客に対し移転通知を発するほか、掲載中の雑誌の広告に住所移転の通知を加えることにより、また郵便局に対し住所変更届を提出することによって、住所移転に伴い被ることのあるべき営業上の損失をほぼ回避できるものと考えられるとされ、貸主の明渡し請求が認められた(東京地判昭和55・2・20判時978号65頁)。

 

ウ) ㋑-2対象建物での営業の必要性がない(営業がうまくいっていない)

そもそも賃借人の営業がうまくいっておらず、営業を継続することが困難であることを主張します。

 

借主は対象建物において喫茶店を経営し、その利益を生活費の一部にあてているとするが、賃料の供託がときどき期限に遅れて行われる等、喫茶店の営業収益はさほどの額でないと伺われることも考慮され、400万円の立退料の支払を条件に明渡しが認められた(横浜地判昭和63・2・12判時1291号108号)。

 

エ) ㋑-3対象建物での営業の必要性がない(投下資本を回収済である)

賃借人から対象建物に相当の初期費用をかけて営業を開始したとの主張があったとしても、入居後、ある程度の期間が経過している場合には、投下資本については回収済であると反論することが考えられます。

 

借主は対象建物に約300万円の費用をかけて増改築したとするが、それから既に約15年が経過しているから、投下資本の回収は一応なされているものと推定されること等の事情が考慮され、貸主からの明渡し請求が認められた(前掲横浜地判昭和63・2・12)。

 

オ)㋒代替地の提案

賃借人の要望になるべく沿う代替地の提案を行うことで、賃借人が対象建物での居住・営業についてこだわる必要性がないことを主張します。

 

借主が対象建物に30年以上にわたって居住してきた事案において、借主が本件建物から立ち退くことによって、30年以上にわたって築いてきた隣人との人間関係を失う結果となるおそれがあることは否定できないが、当該損失は代替家屋の提供と立退料400万円の提供により正当事由が認められると判断された(大阪地判昭和62・11・27判タ680号170頁)。

耐震改修を行うべきか否かはオーナーが判断するが…

(Ⅳ)耐震性に問題があるとの主張

耐震診断をし、強度不足となった場合には、当然正当事由がある方向に傾きます。ただし、この場合も建替えでなく、耐震補強で十分と判断されれば正当事由は認められなくなります。裁判例では、耐震補強にかかる費用と建て替えた場合の建築費を比較することが多いです。

 

参考になる裁判例として、いわゆる高幡台団地訴訟(東京地判立川支部平成25・3・28判時2201号80頁)があります。対象となった物件は、東京都日野市にある地上11階建て、総戸数250戸の賃貸住宅です。原告である独立行政法人・都市再生機構(UR)は耐震調査で強度不足が発覚し、初めは耐震改修を検討していました。

 

しかし「改修費用が過大であること」「改修を行っても機能性や使用価値を大きく損なうこと」との判断から、取り壊しを決めました。そして、退去期限とした日の2年前に住民に事前説明をし、2年間は入居者の引っ越し先の斡旋や引っ越し費用を負担しつつ、204世帯のうち197世帯は移転が完了しました。しかし、残り7世帯は補強工事による耐震化を求め入居を続けていたことから、URが2011年に提訴したのです。

 

判決理由は「どのような方法で耐震改修を行うべきかは、基本的に建物の所有者である賃貸人が決定すべき事項である」とし、「その判断過程に著しい誤びゅう(誤り)や裁量の逸脱がなく、賃借人に対する相応の代償措置が取られている限りは、賃貸人の判断が尊重されてしかるべき」としました。

 

要するに、耐震補強で済ませるのか建替えをするのかは、基本的にその判断はオーナーがすべきであり、その判断が著しく間違っていなければ正当事由となるとされたのです。ただし、この判決では、代償措置、つまり立退料は「退去に伴う経済的負担などに十分に配慮した手厚いものと評価できる」内容で、正当事由が補完されると述べられていますので、耐震性のみで正当事由が肯定されたわけではないことに注意です。あくまで、耐震性の問題は、他の要素と相まって判断される1つの事情と言えます。

 

なお、訴訟においては、耐震性に関する鑑定評価が重要になります。そこでは、鉄骨造、鉄筋コンクリート造、鉄骨鉄筋コンクリート造の建物の耐震性について、一般にIS値という数値が基準とされています。裁判所もIS値を参考にしますので、耐震調査を実施して鑑定をしておくことは必須です。

賃貸借契約は当事者間の高度な信頼関係を基礎とする

(Ⅴ)賃借人側の不誠実な態度等により信頼関係が喪失したとの主張

賃貸借契約期間中における不信行為は、正当事由の付随的判断要素(「賃貸借に関する従前の経過」)となります。例えば、賃借人の家賃滞納は債務不履行解除の対象となりますが、信頼関係の破壊とまでは言えない場合(賃貸借契約のような当事者間の高度な信頼関係を基礎とする継続的契約においては、当事者間の信頼関係を破壊したと言える程度の債務不履行がなければ、その契約を解除することはできない)、解除原因に至らなくとも、正当事由の認定で賃貸人に有利に働きます。

 

この賃借人の不信行為を正当事由に考慮する程度には差があり、㊀賃借人に賃料不払いがあった場合には、賃貸人にかなり有利なファクターとなりますが、㊁用法違反、使用目的違反や近隣妨害その他の不信行為の場合は、それらの行為の程度が著しい場合のみ正当事由の認容要素となるようです(東京地判平成4・9・14等判時1474号101頁)。

 

この点、賃借人が賃貸人を罵倒したり、暴力を振るうケースでは、不信行為の程度が著しいとして両者の信頼関係の破壊を認め、正当事由を肯定する判例が多いです(借家人が家主の店頭に来て店内を覗きながら、あるいは店内に一歩踏み入れるなどして、家主を罵倒し続けたとして、家主がこの状態を根絶するには自らが他へ転居するか、本件家屋の賃貸借関係を断つ以外に途はなかったとして解約申入れに正当事由を認めた事案。東京高判昭和34・7・21判タ94号43頁)。

 

また、不信行為の程度がそこまで大きくなくとも、賃貸人の自己使用の必要性がある程度強い場合に、これを補完する形で不信行為を正当事由認定の要素としている裁判例もあります(同一家屋で家主と借家人が同居している事例で、病気の家主が便所に行くためには借家人の寝室を通らなければならないので、家主と借家人の信頼関係が求められることを前提に、家主の行動を監視してこれを逐一記録し、家主の家族に対して嫌がらせを行ってきた借家人の不信行為を理由に、立退料なしで正当事由が肯定された事案。大阪地判昭和41・10・28判タ199号179頁)。

 

私が担当した裁判においても、賃貸人・賃借人双方とも自己使用の必要性が認められる微妙な事案において、賃借人側から賃貸人を徹底的に罵倒する陳述書・準備書面が提出されてきました。裁判官の心証を賃借人に不利に傾けたことは言わずもがなです。

 

賃貸借契約が当事者間の高度な信頼関係を基礎とする継続的契約であることは、通常、賃貸人からの債務不履行解除を制限する法理で使われますが(債務不履行があっても解除できない)、正当事由の認定においては、賃借人の不信行為は正当事由を補完する材料となることを肝に銘じるべきでしょう(正当事由が弱くても認容される)。

直接的に「立退料」を支払って合意するのも有効な戦略

戻し方②法的手続によらずに、任意の交渉で賃貸借契約終了を合意する

ところで、上記のような法的手続によった場合、裁判費用が発生し、また相応の時間も必要となり、立退きは長期化します。不動産投資の機会損失は計り知れません。そこで、戻し方②法的手続によらずに、任意の交渉で賃貸借契約終了を合意する方法がお勧めです。

 

賃借人と人間関係を築いている賃貸人であれば、事情を説明して、賃借人にお願いをすることで円満に退去してもらえるケースもあるでしょう。

 

そのような事情がない場合、賃借人にメリットを与えてあげないと自主的な退去は難しいかもしれません。そこで、例えば、残存期間満了までの賃料を下げるとか、敷金の償却をせずに全額を返還するなど、賃借人に経済的メリットを与えて交渉する必要があります。より直接的に立退料を支払って合意するのも有効な戦略です。

 

また、賃借人にとって、すぐの退去は難しい場合でも、2年後など猶予期間を設けると退去可能というケースもあるでしょう。この場合は、現在の普通借家契約を定期借家契約に切り替えるように交渉すべきです。

 

定期借家契約とは、契約で定めた期間が満了することにより、更新されることなく、確定的に賃貸借が終了する建物賃貸借のことを言います(借地借家法38条)。この契約形態によれば、期間満了の1年前から6か月前までの間に、賃借人に対し、期間の満了により賃貸借が終了する旨の通知をすることで、正当事由がなくとも契約期間満了により賃貸借契約は確定的に終了します。定期借家契約が効力を生ずるには、書面で契約を締結することが必要です。

 

この点、既存の普通借家契約を、定期借家契約に切り替えるという合意をすることは無効と解されます。既存の普通借家契約を、賃貸人と賃借人との間で合意解約により終了した後に、定期借家契約を新たに締結する必要があります。

 

そして、定期借家権に関する法律の施行日(平成12年3月1日)前に契約を締結した居住用建物賃貸借契約は、たとえ当事者間で既存契約を合意解約して、新たに定期借家契約を締結することに合意したとしても、同一の当事者間で、同一の建物について定期借家契約を締結することは当分の間はすることができないとの制限が設けられています(平成11年改正法附則3条及び良質な賃貸住宅等の供給の促進に関する特別措置法附則3条)。

 

当分の間というのは、立法当初は4年程度と考えられていたようですが、本書執筆の現在でもこの制限は撤廃されていません。

「やるべきこと」はやりつつ、待つという戦略も

戻し方③時間軸を意識して、賃借人からの退去の申出や債務不履行を待つ

最後に、戻し方③時間軸を意識して、賃借人からの退去の申出や債務不履行を待つ方法を紹介します。戻し方①正当事由を正面から主張しても賃貸人に勝機がない場合や、戻し方②任意の交渉も決裂するような場合には、しばらく静観するほかありません。静観するのですが、「やるべきこと」はやりつつ、待つという戦略です。

 

ここで、「やるべきこと」というのは、正当事由以外の主張し得るすべての法的手段をとるということです。例えば、賃料が近隣より低い場合には、賃料増額請求をします(賃料増額請求については149頁以下を参照)。また、賃借人が賃貸借契約書に違反する行為を行っている場合には、厳しく追及します。

 

例えば、騒音を出して近隣に迷惑をかけているとか、共用部に私物を放置しているといった事情があれば、内容証明郵便で警告します。賃料を滞納するようなことがあれば、絶対に猶予してはいけません。債務不履行解除も視野に入れて、厳しく対応します。このように賃貸人が毅然とした態度をとることで、賃借人は居心地が悪くなり、自ら退去を申し出ることもありますし、場合によっては債務不履行で解除されるような不手際を露呈するケースもあります。

 

以上のような凹みの戻し方がありますが、物件購入後に、このような段取りを順序立ててできるのであれば、その物件はお買い得と言えるでしょう。

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