告知義務があるがゆえに物件を貸しづらい・売りづらい
(1)凹みの理由
賃貸物件の中には、室内で賃借人が自殺してしまうことがあります。ときには、室内で殺人等の事件が起こることもあるでしょう。このように、物件内で問題が起こった場合、物件が「事故物件」扱いとなってしまいます。室内で人が死亡したということになると、通常買主や借主は、そういった物件を利用・購入したいとは思いません。そこで、このような事情のことを、「心理的瑕疵」と言います。自殺者が出ていても、実際に住むのに障害があるわけではありませんが、心理的に「住みたくない」と思ってしまう事情なので、「心理的瑕疵」と言うわけです。
こういった心理的瑕疵がある場合、購入者や借主は、そういった事情を知っていたら契約をしないという判断をすることが多いので、判断材料を適切に与えるため、物件の所有者は契約相手に対し、事故物件であることとその内容を説明しておく義務を負うことになります。このような、物件所有者による契約相手への説明義務のことを、「告知義務」と言います。
告知義務を怠り、説明をしなかった場合には、契約後、契約相手から損害賠償請求をされたり契約を解除されたりするおそれがあります(東京地判平成20・4・2など)。
したがって、心理的瑕疵物件には、告知義務があるがゆえに物件を貸しづらい・売りづらいという凹みがあるのです。
(2)必要な法的知識
心理的瑕疵物件の場合、具体的にどのようなケースで告知義務が発生するのかが問題です。
これについては、明確な法律上の基準があるわけではありませんが、事故や事件の内容や、それが物件利用者の心理に与える影響の程度などを考慮して、個別に決定されています。具体的には、物件内で自殺者が出た場合、殺人などの事件が起こった場合などには、告知義務が発生すると考えられています。他に、不審死や変死、火災による焼死や病死後長期間が経ってから発見された場合にも、心理的瑕疵があると考えられるので、告知義務が発生します。
これらの場合に対し、例えば、自然死してすぐに発見された場合や、入居者が通勤中に事故に遭って死亡した場合、物件内で体調が悪くなって病院に運ばれて、搬送先で死亡した場合などには告知義務は発生しません(東京地判平成18・12・6、東京地判平成21・6・26など)。
また、同一マンションの隣の部屋で事件が起こった場合には、告知義務が発生しますが、それ以外の部屋で事件が起こった場合には告知義務が発生しないと考えられています。マンション屋上で飛び降り自殺があったとき、個別の部屋を賃貸する際の告知義務は発生しません。
心理的瑕疵に対する告知義務には、期間もあります。いったん自殺等の事故が起こっても、その後期間が経過すると、次の入居者の心理に対する影響も小さくなると考えられるからです。
そして、告知義務の期間についても、個別のケースによって判断されているのが現状です。
賃貸物件の場合、部屋内で自殺が起こった場合には、概ね2~3年程度までは告知義務があると考えられており、実務上でもそういった運用が行われています。
売却物件の場合、物件内で自殺が起こったときには、5~6年程度までは告知義務があると考えられています。賃貸よりも売却のほうが、契約相手に対する影響が大きいと考えられるためです。
自殺ではなく他殺の場合には、さらに告知義務の期間が長くなると考えましょう。
賃貸物件の場合、事件や事故が起こった後の入居者が退去するなど、何度か賃借人が入れ替わることになります。そして、入居者が変わると、告知義務がなくなると考えられています(東京地判平成19・8・10)。賃貸物件の場合、例えば自殺が起こった後、次に貸すときには事件内容を告知しなければならないけれども、いったん誰かが入居したら、その次の人にまでは自殺のことを告げる必要がなくなる、ということです。
以上のように、心理的瑕疵に対する告知義務は、時間が経過したり、いったん人が入居したりするとなくなると考えられていますが、必ずしも一律の基準によって判断されるわけではないので、注意が必要です。賃貸の場合に2年が経過しても告知義務がないとは限らず、3年の経過が必要と判断した裁判例もあります。また、一時的に入居者を入れても、その入居期間が極端に短ければ、やはり告知義務違反を免れることは難しくなります。
「告知義務の有無」はどのように判断すればよいか?
(3)凹みの戻し方
心理的瑕疵があるがゆえに一般の方が購入しにくい物件は、価格が安くなっています。しかしながら、そのような物件には、一見心理的瑕疵があるように見えても、告知義務まではないという物件も存在します。したがって、心理的瑕疵があるように見えるものの告知義務まではないとの見極めができれば、凹みを戻すことができますので、買いの機会となります。
では告知義務の有無はどのように判断すればよいでしょうか。これについては明確な基準がないことは前述の通りですが、売買については以下の図表のように整理することができます。
心理的瑕疵について一般的基準がないことから、不動産仲介業者は、えてして過剰に告知しがちです。しかし、買主・賃借人保護のためとして、時の経過等により心理的瑕疵が消滅した事件、あるいは本来心理的瑕疵に該当しない事件まで告知がなされ、結果、事件のあった不動産の売買価格や賃料が下がり、ひいては事件当事者のプライバシーが侵害されるというのは本末転倒です。
ですので、告知義務の適用を厳格にし過ぎることなく、告知義務の必要がない物件についてまで心理的瑕疵として告知されているような物件については、割安に買ったうえで、告知しないという英断をすることが求められています。それにより、凹みが戻ることにもなります。
堀鉄平
弁護士法人Martial Arts/代表 弁護士