今回は、売主の判断能力に疑義があるために売れ残っている物件を、スムーズに買い取る方法について見ていきます。※本連載は、弁護士法人Martial Arts代表、弁護士・堀鉄平氏の著書、『弁護士が実践する 不動産投資の法的知識・戦略とリスクマネジメント』(日本法令)から一部を抜粋し、ワケあり物件(凹みがある状態)を法的知識を駆使して安価で手に入れ売却する「オポチュニティ型」と呼ばれる投資手法を紹介していきます。

「成年被後見人の意思の尊重及び身上の配慮」とは?

(1)凹みの理由

売主に法的な意思能力が認められない場合、当然ですが、物件の売却はできません。そこで、精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者については、家庭裁判所は、本人、配偶者、4親等内の親族、保佐人、保佐監督人、補助人、補助監督人などの請求により、後見開始の審判をすることができるとされています(民法7条)。

 

後見開始の審判を受けた者は、成年被後見人(以下、「本人」と言います)とされ、成年後見人が付されます(同法8条)。

 

成年後見人は、本人の財産を管理し、かつ、その財産に関する法律行為について本人を代表しますので(同法859条1項)、成年後見人には、包括的に本人の財産を処分する権限が与えられています。したがって、成年後見人は、本人の不動産について、自らの判断によって売却できることになります。

 

ところで、成年後見の制度の目的は、事理弁識能力を欠く本人を保護することにあり、成年後見人は、本人の生活、療養看護および財産の管理に関する事務を行うにあたっては、本人の意思を尊重し、かつ、その心身の状態および生活の状況に配慮しなければなりません(同法858条)。

 

居住環境の変化は、精神医学の観点から、本人の精神状況に大きな影響を与えますから、居住用不動産を売却する場合には、特に本人保護への配慮が必要です。そのために、民法は、成年後見人が本人の居住用不動産を売却するに際しては、家庭裁判所の許可を要することとしています(同法859条の3)

 

売主の成年後見人が、成年後見開始の審判を受けている本人に代わって、その居住の用に供する建物またはその敷地を売却するには、家庭裁判所の許可を得なければならないのです。

 

そうすると、このような物件は売物として市場に出回ることもなければ、売買対象として検討にあがったとしても、買えるかどうかも分からない物件を一般の方が買うという手続きに入るのは難しいと言えます。ここに、凹みがあるのであって、一等地の空き家が売買されずに放置される理由となっています。

 

<民法>

(成年被後見人の意思の尊重及び身上の配慮)

第858条 成年後見人は、成年被後見人の生活、療養看護及び財産の管理に関する事務を行うに当たっては、成年被後見人の意思を尊重し、かつ、その心身の状態及び生活の状況に配慮しなければならない。

 

(財産の管理及び代表)

第859条 後見人は、被後見人の財産を管理し、かつ、その財産に関する法律行為について被後見人を代表する。

 

(成年被後見人の居住用不動産の処分についての許可)

第859条の3 成年後見人は、成年被後見人に代わって、その居住の用に供する建物又はその敷地について、売却、賃貸、賃貸借の解除又は抵当権の設定その他これらに準ずる処分をするには、家庭裁判所の許可を得なければならない

親族が「処分に反対していないかどうか」もポイント

(2)必要な法的知識

 

ここで裁判所の許可を要する「居住用不動産」にあたるかどうかは、本人の住民票があるかどうかなどの形式的な基準だけではなく、本人の生活実態が判断材料とされます。実際上、高齢者の場合、施設に入っていたり、病院に入院したりしていて、処分の時点では対象不動産に居住していないケースも少なくありません。

 

居住用不動産とは、

○本人の生活の本拠として現に居住している建物とその敷地

○現在居住していないが過去に生活の本拠となっていた建物とその敷地

○現在居住していないが将来生活の本拠として利用する予定の建物とその敷地

のいずれかに該当するものを言うとされており、現在居住していない不動産であっても、居住用不動産に該当する場合もあります。

 

この点、居住用不動産売却が許可になるか否かは、㋐売却の必要性、㋑本人の生活や看護の状況、本人の意向確認、㋒売却条件、㋓売却後の代金の保管、㋔親族の処分に対する態度などの要素が判断材料となります。

㋐売却の必要性については、多くの場合、生活費や療養看護費の調達目的で売却がなされますが、その場合には本人の財産状況として売却を必要とするのかどうかが問題とされます。

 

㋑本人の生活や看護の状況としては、入所や入院の状況と帰宅の見込み、本人の意向確認がなされます。帰宅する場合の帰宅先がどのように確保できるのかは、審理における重要な要素です。

 

㋒売却条件も相当なものでなければなりません。

 

㋓売却代金が本人のために使われるよう、売却代金の入金や保管についてもチェックされます。

 

㋔本人の推定相続人など、親族が処分に対して反対していないかどうかも大事なポイントです。

これら㋐~㋔の要素を総合考慮し、成年後見人による恣意的処分でなく、本人保護に資すると判断された場合に、家庭裁判所による許可の裁判がなされることになります。

 

なお、成年後見人が、家庭裁判所の許可を得ないで本人の居住用不動産を売却した場合には、売買契約は無効です。

必要性を説得的に語る「ストーリー作り」が重要に

(3)凹みの戻し方

以上のような凹みですが、要するに、裁判所の許可を得れば問題なく売買できることになり、凹みは解消します。そこで、裁判所の許可をとることが至上命題となります。

 

この点、ここでも、上記㋐~㋔の要素のうち、㋐売却の必要性が最も重要視されます。裁判所は基本的に保守的です。強い必要性がなければ、許可は出しません。

 

そこで、まずは、必要性を説得的に語るストーリー作りから始まります。ストーリー作りといっても、作り話をでっちあげるのではなく、実際の状況下で、裁判所に伝えるべき事項を分かりやすく上申書に書き上げるのです。

 

例えば、現在の自宅では本人の介護上、問題が多いこと(バリアフリー対応されていないとか、階段の上り下りが困難であるなど)、および介護施設に入所するにあたって自宅以外に資産がなく、親族の援助も難しいことを説得的に論証して、入所費用の念出には自宅売却以外に選択肢がないことを説明します。加えて、当該介護施設が本人の療養看護のうえで最も条件が合うことまで説明できるとよいでしょう。

 

その他の要素としては、㋒売却条件が要注意です。買う側からすれば、少しでも安く買いたいと思うのが通常ですが、売主が成年被後見人の場合には、裁判所は売主に不利な条件で契約されようとしていないかを厳しくチェックすることになります。そこで、売買を成立させたいが、少しでも安く買いたいと思う買主の中で、コンフリクトが生じるのですが、ここでは客観的な資料が有効となります。具体的には不動産鑑定士の作成する鑑定評価です。鑑定評価は、鑑定士によってさまざまな金額に評価されますので、買主としては、裁判所を説得できる範囲で、できるだけ低い評価を出してもらうように奔走します。

 

本書(『弁護士が実践する不動産投資の法的知識・戦略とリスクマネジメント』(日本法令))第5章07では、居住用不動産ではなく、ホテル用地の事例ではありますが、売主に成年後見人が選任されていて、凹みがあるがゆえに残っていた希少性の高い土地について、私が上記手法で仕入れをした例を紹介しています。

 

堀鉄平

弁護士法人Martial Arts/代表 弁護士

弁護士が実践する 不動産投資の法的知識・戦略とリスクマネジメント

弁護士が実践する 不動産投資の法的知識・戦略とリスクマネジメント

掘 鉄平

日本法令

本書は、弁護士業務のかたわら、不動産投資家としても成功をおさめている著者が、その両方の視点から、不動産の投資・経営に有益な法律知識と、それを活かした資産拡大の方法について解説した、類を見ない1冊。法律に馴染みの…

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