※本連載は、建築耐震工学、地震工学、地域防災を専門とする名古屋大学教授・福和伸夫氏の著書『必ずくる震災で日本を終わらせないために。』(時事通信出版局)から一部を抜粋し、大震災の危険性はどれほど高まっているのか、さらに対策はどれほど進んでいるのかを紹介しながら、防災・減災に向けた早急な対応の必要性を説いていきます。今回は、建物の安全性のチェック体制について見ていきます。

設計現場は「建物の安全性」をどう考えているのか?

■安全が軽視される組織

モノづくりは失敗の連続です。失敗しながら少しずつ改良していくのが日本の技術力でした。ところが、最近は失敗が許されません。工場でつくったものは不良品がない、コンピューターで計算したものは間違いがない、との思い込みも大きくなっています。

 

過去に失敗をした人は、自分たちの力はたいしたことがないし、人間は失敗するものだと知っています。そういう人が組織の上司だと、下の人の仕事がちゃんとチェックされます。

 

ところが、今の超高層の制振や免震は新しい技術なので、多くの上司はそうした設計を余り経験していません。だからチェックする力が足りないのです。技術の変化に追いつくのも大変です。一方で若手は新しい技術は得意だけど、計算機を信じすぎ、現場や地震被害調査の経験が少なく、そのため問題が見つかりにくいのです。その上、人、金、時間の余裕がありません。このところいろいろなところで見つかる不祥事の原因とよく似ています。

 

*大学も同じで、かつては設計の経験もした教員が多かったのですが、今は研究が細分化し、論文を書くので精一杯。大学で建築の一部を研究するだけで、業務経験がない人では、建築の安全審査はできないはずです。これでは、学識者として建築物の安全審査をすることなどできなくなってしまうでしょう。全体として、安全なものをつくったり、検査したりすることができない社会になりつつあります。

 

自治体や大企業は、かつて「営繕」部隊を組織内に抱えていました。今は外部に「丸投げ」。あるいはゼネコンや設計事務所の職員を出向させています。その設計事務所の中でも、安全を担う設計をする人(構造設計者)が減っています。安全のウェートが低く、形ばかりの計算書をつくらされるようになってきたからです。自前でやると人件費がかかるので、安い構造設計事務所への下請けも増えています。結果、役所や会社では、建築のことを知らずに、外注している人ばかりになってしまいました。

 

■ホンネの審査、形式の審査

建物の設計段階での安全審査には、私もよく駆り出されました。設計業者とマンツーマンで2時間ほど詰めて話し、宿題を何度も出す。普通は2回くらいですが、4回ぐらい繰り返したこともあります。審査結果をちゃんと委員会で報告するから、自分でしっかり理解し、審査の責任を取る必要があります。設計業者には随分ダメ出しをしました。私がうるさいことを言うので、コストアップして当初の設計よりもフロアが一つ減ったとうわさされているビルもあります。

 

*最近は、本務が多忙になってあまり審査をやらなくなり、今やっているのは地元の性能評価機関でだけです。複数の業者をいっぺんに審査する他の機関と違い、そこは業者と審査する側がマンツーマンでやっています。そうすると仕事が増え、費用も高くなるので敬遠する業者もいます。

 

私は若いとき、凡ミスも含めていっぱい間違いをしたので、人がやった計算も間違っていて当たり前だと思っています。設計者もいろいろな失敗をしているはずで、そのことを気にしているかどうかを、相手の目の色を見ながら聞いていきます。書類よりも相手の目が大事。相手の顔を見ます。

 

「この値はどうやって検証したんですか?」と言って、相手の目が宙をさまようとだいたい、チェックが甘いことが分かります。そういうときは、手元で簡単な計算をして、計算のオーダーが合っているかチェックします。そして……。「もうちょっと教えてください」「どういう前提ですか」などと迫ると相手はバンザイします。そして、間違いが見つかります。大学でのゼミも、学生の計算結果のあら捜しを一生懸命しています。早くに見つければ致命傷になりませんから……。

 

*「前さばき」には無駄をはぶくよさと、本質を隠す悪さがあります。無駄をはぶいてよい設計にする前さばきならいいし、多くの場合はそうだと思います。しかし、安全性を高めるためいろいろな意見を聞く必要があるときはまずい。特定の人がすべてを見ると、不正があってもチェックしにくくなります。

 

こういう場で、私は相手にホンネを言ってもらう方法を身につけ、今は「ホンネの会」で実践しています。厳しい審査をすると、恨まれることもありますが、感謝されることも多いのです。「よくぞ言ってくれた」という発注者もいました。特に東日本大震災の後はメチャクチャ感謝されました。震災前の厳しい審査のおかげで助かったという声もありました。

 

全般に審査は形式的になっているようです。審査委員会の「前さばき」をする人がいて、審査委員会で10分か15分、報告して「マル」にしてしまう場合もあります。これでは具合が悪いところは見つけられません、余裕のない社会になったので仕方なさそうです。実は、審査できる人は経験豊富じゃないといけないのですが、経験者がだんだん減ってきて、高齢化も進んでいます。これからが心配です。

地震防災の視点とは異なる、ゼネコンが考える安全性

■ゼネコンは社会の不具合を引き受ける

社会の安全を担うゼネコンは、社会のいろいろな問題の処理係です。困ったことを引き受けるのがゼネコンと言ってもいいぐらい。私も、大学院修了後、10年間ゼネコンに勤務し、育ててもらいました。

 

ゼネコンの仕事は、新しいものをつくりだすことだけではありません。あらゆる具合が悪いことの問題解決をするとか、困ったことはゼネコンに「片付けて」もらうといった形で社会の具合の悪いことが、全部建設業界に押し付けられています。これはゼネコンの良し悪しというより、社会の問題でもあります。福島原発の後処理もゼネコンが引き受けなければできません。社会の難しい部分を背負い、それでもギリギリで法令順守をしているのが、今の大手ゼネコンの実態です。

 

ゼネコンの偉い人の多くは、現場出身の人。工事現場で材料調達から人の手配、近隣住民の対応までの段取りや問題解決を担う。現場で一つの会社を回すような人が、人間的に強くなるので偉くなっていきます。

 

現場で客の対応をして、得意先にかわいがられます。営業所長ぐらいから、接待のために黒塗りの車と運転手がつきます。そして仕事を取ってくると役員になり、社長になるのです。そういった出世コースをたどります。

 

安全の意識は「工事の安全」が中心で、地震防災の視点とはちょっと違います。不具合がなく、死亡事故もなく建築すること、工期を守り、利益を上げることが最優先。客の接待も多いので、酒やゴルフの話が得意で頼りがいがあります。ただ、他業種の社長のように、おしゃれな教養あふれた話題は苦手かもしれません。それがゼネコンの社長の典型的なイメージです。

 

*技術者として構造に詳しい人や、研究者が社長になることはまずありません。意匠設計者のように、おしゃれな建物をつくる人が社長になることもないでしょう。

 

建設業の冬の時代やバブル崩壊を経て、安値競争で少なからぬゼネコンがつぶれました。社員を抱えて、下請けもつなぎとめなければいけないので、いつも人を動かしていなければなりません。損をしても仕事を取らねばならないこともあります。ランドマークとなっているビルを「半額受注」したという話を聞いたこともあります。半額受注をして削れるのは安全性だけです。業界は疲弊していく一方です。

 

それでも、国際的にみれば、日本の工事のクリアさは世界一。順法意識も高いし、耐震基準も厳しいのです。ただし、世界一地震が多く、地盤が軟弱であることを認識し、極端なコストダウンをすると問題が出てくることを自覚する必要はあるでしょう。

 

*私が若いとき、ゼネコンにお世話になって学んだことは「仕事は断らない」「お客さんのことを考える」「締め切りは守る」でした。依頼を受けた件についてはできるだけ頑張ります。受注産業ですから、仕事のえり好みはしませんでした。自分のやりたい研究の成果を一方的に出す学者の世界とは大きく違います。あと、ゼネコンではみんなが一つのものをつくるために協力しますが、大学の研究は基本的に1人の世界。協力が苦手です。

 

必ずくる震災で日本を終わらせないために。

必ずくる震災で日本を終わらせないために。

福和 伸夫

時事通信社

必ず起きる南海トラフ地震。死者想定は最大32万3000人。1410兆円の損失。それは日本を「終わり」にしてしまうかもしれない。直下地震で東京の首都機能喪失も。電気、ガス、水、通信を守り、命と経済を守り抜く。安全保障として…

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