今回は、日本において大地震の経験や研究が活かしきれていない実態を見ていきます。※本連載は、建築耐震工学、地震工学、地域防災を専門とする名古屋大学教授・福和伸夫氏の著書『必ずくる震災で日本を終わらせないために。』(時事通信出版局)から一部を抜粋し、大震災の危険性はどれほど高まっているのか、さらに対策はどれほど進んでいるのかを紹介しながら、防災・減災に向けた早急な対応の必要性を説いていきます。

「地震力を小さく見積もる」というルール!?

■基本の数式も心配

前回(関連記事:『日本の建物が危ない!?構造責任者でも間違えている耐震の考え方』)構造設計者たちの勘違いについて書きましたが、設計をするときの基本的な数式そのものにも疑問が多いのです。

 

実際の構造計算の時には、建物の重量に「標準せん断力係数(Co)」の0.2をかけるだけでは、地盤や地域、建物の特性を反映できませんので、「地震地域係数(Z)」「振動特性係数(Rt)」「地震層せん断力係数の高さ方向の分布(Ai)」といった係数もかけ合わせます。これらが、一つひとつ見ると問題がありそうなんです。

 

*地震地域係数は、建築基準法施行令で規定されています。繰り返し起こる海溝型の大地震を念頭に置いて、設定されています。めったに起きない内陸の活断層による地震の影響は低く見積もられています。

 

「地域係数(Z)」は、一般的な地域を「1.0」とし、あまり地震が来ないと考えられる地域は「0.9」や「0.8」をかけて地震の揺れを小さく想定してもよいことになっています。地震力を1、2割小さく見積もって設計していいというルールです。

 

海溝型の大地震を念頭に、本州の太平洋側や中部地方を中心に「1.0」の地域が広がり、日本海側や中国、四国は「0.9」、九州や北海道の一部が「0.8」となっています。沖縄は本土復帰前に耐震基準が低めだった影響で、復帰後の地域係数も「0.7」と低めに設定されてしまったようです。

 

*沖縄は米国支配下の時代に耐震性が従来の2分の1になっていたため、暫定で0.7になったと思われます。

 

しかし、北海道や九州、もちろん沖縄も地震がないわけではありません。実際、震度7の揺れに見舞われた熊本県益城町や北海道厚真町は「0.9」の地域でした。市役所で大きな被害を受けた宇土市は0.8です。北海道は幸い、凍土対策で基礎は深く、雪対策で屋根は軽いスレート、寒さ対策から窓は少なく壁は多い、広大な土地なので平屋建てが多いなどの理由で、地震の揺れに対しては強い住宅が多いことが北海道地震で、よく分かりました。

 

震度7の揺れを起こす活断層は、日本中にあります。むしろ地震地域係数が小さな地域には活断層がたくさんあります。いざというとき災害対策本部となる役所の庁舎にも「0.9」や「0.8」が気軽に使われているのは、問題です。

 

現状、日本の建物は、平均的な建物の揺れが同じだとして安全性が確認されていると言えます。昔は比較的良好な地盤に低層で壁も多い建物を建てていたので、建物の揺れを定義することでよかったんでしょう。本来は地盤が軟弱なほど、建物が柔らかいほど建物の揺れは大きくなるのですから、係数は、地盤の軟らかさや、建物の軟らかさに応じて大きくすべきです。ですが、最低基準ということでこのことは考慮されていません。

 

*地震が来ると、最初はガタガタと上下方向に振動し、その後ユサユサと揺れ出します。前者がP波(primary wave)、後者がS波(secondary wave)。S波は地震の主要な波で、地面の下では縦も含めいろいろな動きはありますが、地上に来るときは地面に平行な横揺れになります。

 

*柔らかい地盤がよく揺れるのは、柔らかいとやってきた波の速度が遅くなるからです。柔らかい地盤でブレーキがかかると、後ろから来た揺れの波にどんどん追いつかれてしまいます。追いつかれると揺れが大きくなります。津波が海辺に近づくと、スピードが落ち、後の波に追いつかれて大きくなるのと同じです。

 

次の「振動特性係数(Rt)」は、建物の固有周期と地盤の特性に応じて決められる係数。地盤を考慮しているのはいいのですが、私から見ると、なんと180度、違った考え方もあると思うのです。

 

この係数では、硬くて良質な洪積層の地盤を「第1種地盤」、軟らかい沖積層の軟弱地盤を「第3種地盤」、その中間を「第2種地盤」と定義します。そして……、

 

第1種の硬い地盤=地盤の固有周期が短い

第3種の軟弱地盤=地盤の固有周期が長い

 

と考えて、軟弱な第3種地盤では長周期の揺れを第1種、第2種より大きくしています。一般に、建物の固有周期と地盤の固有周期が一致すると「共振」が起きて、揺れが増幅します。だから、「長い周期の建物では長周期で共振しやすいので、第3種地盤は短周期より長周期に備えよう」と考えたんだと思います。それも一つの考え方なんですが、違う考え方もできます。

 

*第1種より第3種の地盤に建てる建物の方が、計算上の地震力を減らさないことになっています。

 

ここで硬いとか軟弱というのは表層地盤のことですが、あまり厚さがない表層地盤では周期1秒を超えるような長い周期になることは稀です。むしろ長周期の揺れでは表層地盤は基盤と一体的に動き、表層地盤の硬さが違っても揺れは変わらないと考えてもよいのです。

 

長周期の揺れを生み出すのは、表層地盤ではなく、1kmオーダーの深い地盤です。軟弱地盤の揺れに対して適切に対応するなら、第3種地盤では、短周期の揺れにも備えて係数を増大させる方がよいとも言えます。お皿の上のプリン(軟弱地盤)をゆっくり揺すったとき(長周期)と小刻みに揺すったとき(短周期)とでは、小刻みに揺すったときの方がよく揺れます。これは今の「振動特性係数」の考え方とは逆の考え方になります。

 

*あまりに専門的になってしまうので省きますが、最後の「地震層せん断力係数の高さ方向の分布(Ai)」も勘違いされていることがよく見受けられます。地震層せん断力とは、建物に生じる内力で、建物に作用する外力を足し算したものです。内力を外力と勘違いしている人が多いようです。

数々の地震を科学しても知見は活かされず…

■今さら違ってるかも、なんて言えない

なぜこんなことになったのかと言うと、この係数の理論が考えられていたのは1970年代。当時、軟弱な「地盤の揺れ」を表す観測記録は1968年に起こった十勝沖地震における八戸港湾の揺れくらいでした。

 

そこは埋立地だったので、短い周期の揺れは液状化などで減衰して小さくなって、長周期の揺れが記録として残りました。この記録などを基に、「軟弱地盤の方が、長周期の揺れが多い=固有周期が長い」と考えられました。これは間違っているわけではありませんが、軟弱地盤の方が揺れは強く、短周期でもよく揺れることが多いのです。

 

一方で、ユサユサとした長周期の揺れは、波長が長いので、地盤の深いところも浅いところも一緒に揺らします。だから、地盤が硬かろうが軟らかかろうが、同じように揺れます。こうした最新の知見が振動特性係数では正しく反映できていないのです。

 

そうして見ると、建物を設計するときの基本中の基本の数式が、十分に理解されずに使われている可能性がありそうです。

 

この40年ほどの間に、さまざまな科学的知見が出てきました。地震の揺れについての科学もすごく進展しました。でも、工学の世界は一度やり方を決めてしまうと、なかなか変えられない。長い間、使っているものですし、昔の大御所がつくったものだからと、その数式の意味を考えず使っている場合が多いのです。使い方や考え方を誤解していると大きな間違いにつながります。一度普及した考え方を見直すのは大変です。

 

地震予知のことだけを批判できません。ここには予知の悩みと同じ問題があります。

 

*一度法律をつくると、それを改正してもさかのぼって古い建物に新しい規定が適用されるわけではありません。この結果、現行の法律を満たさない建築が増えます。だから役人は法改正を嫌がるのかもしれません。

 

必ずくる震災で日本を終わらせないために。

必ずくる震災で日本を終わらせないために。

福和 伸夫

時事通信社

必ず起きる南海トラフ地震。死者想定は最大32万3000人。1410兆円の損失。それは日本を「終わり」にしてしまうかもしれない。直下地震で東京の首都機能喪失も。電気、ガス、水、通信を守り、命と経済を守り抜く。安全保障として…

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