※本連載は、建築耐震工学、地震工学、地域防災を専門とする名古屋大学教授・福和伸夫氏の著書『必ずくる震災で日本を終わらせないために。』(時事通信出版局)から一部を抜粋し、大震災の危険性はどれほど高まっているのか、さらに対策はどれほど進んでいるのかを紹介しながら、防災・減災に向けた早急な対応の必要性を説いていきます。今回は、新たな地震リスクとして注目されている「長周期パルス」と、建物の耐震化の現状について紹介していきます。

恐ろしい破壊力を秘めた「一瞬の拍動」

■新たなリスク「長周期パルス」

前回(関連記事:『地震防災の専門家が「もう超高層ビルは作るな」と主張する理由』)、新しい長周期地震動対策では、想定する揺れが倍となり、大阪湾岸に超高層ビルがつくりにくくなったと紹介しました。大阪の湾岸に対して、中心部の上町台地のようなところで危惧されるのが「長周期パルス」です。パルスは「拍動」。直下で活断層が地表までずれると、断層のずれだけ地盤が動きます。ずれる速度は1m毎秒程度、2mずれると2秒間の揺れになります。周期の長いパルスが一撃で襲ってきます。免震ビルや超高層ビルが苦手とする揺れです。

 

本当は長周期パルスというより「大変位パルス」と言った方がいいかもしれません。断層が大きくずれることによって一瞬、脈打つようなパルスが生じます。熊本地震の西原村では、3秒の長周期パルスを伴って、断層が2メートル以上ずれました。

 

1〜2メートルぐらいなら、超高層ビルが倒れるところまではいかないと思いますが、免震ビルはビルが擁よう壁へきにぶつかるかもしれません。過去最大の内陸型地震だった濃尾地震のように、8メートルぐらいのずれだったら、超高層もバタンといくかもしれません。1999年の台湾の集集地震のときは、10メートルもずれています。

 

もし、大阪の上町断層が横に4メートルずれたら、マズイかもしれません。上町断層が地表まで断層が切れることは、たぶんないと思いますが、地下の地盤の周期が一致しているとマズイことが起きるかもしれません。東京でも、建物が揺れやすい周期より長い周期のパルスがきたとき、長周期のビルがヤバイです。めったに来ないとは思いますが、大都会はそんなリスクも抱えているのです。

 

*通常の免震ビルでは、地面を掘削してつくったコンクリートの箱のような擁壁の中に免震装置があり、その上にビルが乗っています。そこに思いもよらぬ長周期の大きな揺れが来て装置がグニャリと変形すると、建物が擁壁にガ〜ンとぶつかり、その衝撃で建物が損傷する可能性があります。

遠慮が見られる「耐震診断結果」

■「倒壊危険リスト」はまだ甘い

「『震度6強で倒壊危機』の有名建築」

「大きな地震で『倒壊危険性が高い』大型施設」

「首都崩壊マップ」―。

 

2018年4月から5月にかけて、週刊誌がこんな見出しの大特集を相次いで掲載しました。いずれも東京都が同年3月末に発表した「要緊急安全確認大規模建築物」などについての耐震診断結果を報じたものです。

 

2013年に施行された改正耐震改修促進法では、1981年以前の旧耐震基準で建てられた建物のうち、不特定多数の人が利用する大規模なものや、災害時に緊急車両が通る道路沿いにあるものなどを対象に、2015年末までに耐震診断を実施して自治体に報告するよう所有者に義務付けていました。

 

政令指定都市では横浜市や大阪市、名古屋市などが順次、結果を公表しましたが、遅れていた東京都や札幌市などもようやく公表。ふたを開ければ新宿や渋谷、新橋などの有名建築、あるいは大学病院などが「危険」と判断されて、センセーショナルな記事となったわけです。

 

しかし、私から見れば、公表されたリストもまだ腰が引けています。行政の人たちは、リストを出すことで民間のビル所有者に対して申し訳なく思ってしまうのでしょう。だから、ホームページでもあまり目立たないように出しています。

 

本当は国が全国のリストを集めて、誰でも分かるように公表しなければいけません。それで、ちゃんと建物を直したら「×」を「○」にしてあげればいいんです。

 

*橋のどこが危ないかというような情報はどこにも公表されていません。それは困る。私有建築物である緊急安全確認大規模建築物だけ公表させておいて、個別の橋の耐震性を教えないのはおかしいと思います。この情報がないと、自分の使っている道路が災害時に大丈夫かどうか判断できないので、事業の継続の判断ができません。

 

公表されたもの以外にも、危険な建物はいっぱいあるはず。にもかかわらず不特定多数が利用する大規模な特定の建物しか把握できていないのが問題です。個人情報などが壁になって、行政も市民も情報をつかめません。商業ビルは、オーナーが使うものだったら、壊れたら自社が成り立たないので耐震化を進めます。しかし、他人に貸すテナントビルでは、なかなか進みません。入居者に出ていってもらってまで、工事をしたくはないからでしょう。

 

そうした場合は、ビルを「使いながら耐震化」する方法もあります。一つは建物の基礎を免震にするやり方です。上の建物はいじらずに、下の工事だけで済みます。愛知県庁や名古屋市役所の工事はそうでした。国土交通省の建物や東京駅、国立西洋美術館などもそうです。もう一つは、中は補強せずに外側から補強するやり方です。外殻補強という、建物の外側から補強することで、中は使いながら工事ができます。建物の外にバッテンの形がついているビルを見かけると思います。

学校の耐震化が進む一方、役所の耐震化は進まない

■役所の建物の耐震

では、行政の建物は大丈夫なのでしょうか。

 

公的な庁舎、学校は耐震化率100%を目指さなければいけません。学校は文部科学省が十分な補助をしているから、耐震化率は95%以上いっています。もともと学校は教室の境に壁の多い低層の建物が多いので、南北の揺れにはとても強いです。柱と梁でのラーメン構造が多い中高層の庁舎よりは耐震的実力が高いのです。

 

それに対して、役所の耐震化はあまり進んできませんでした。合併した市町村では合併特例債などで庁舎新築が進みましたが、特に合併しなかった市町村の庁舎耐震化が遅れています。それは役人が学校の耐震化を優先し、自分たちの庁舎は後回しにして、一般市民にいい格好をしてしまうからではないでしょうか。でも本当は、役所の建物は、災害後に被災者の救済や復興の中心として機能し続けなければなりません。「地震地域係数」のところでも触れましたが、役所の建物は頑丈でなければいけないのです。

 

鉄筋コンクリートの建物には「ルート1」から「ルート3」まで3種類の構造設計法があります。「ルート1」は壁だらけで、地震に対して無被害を想定しています。「ルート3」は柱と梁でできたラーメン構造で、損傷させることによってエネルギーを吸収して空間を残し、人命を守ることを想定しています。ルート2は2つの中間です。同じ耐震でも全く異なる考え方です。ルート3は、大地震の後は損壊して使えないことが前提ですから、庁舎には向きません。

 

壁構造とラーメン構造
壁構造とラーメン構造

 

熊本地震で損壊した宇土市の庁舎は、地震後に使えなくなりました。震度7の益城町も含め多くの庁舎が、地震後、機能を停止しました。一方で、西原村の役場はもともと壁っぽい建物で、地震後もきちんと機能しています。「ルート1」か「ルート3」、役所の建物にとって、どちらがいいかは明白ではないでしょうか。最近、ガラスの多い格好を優先させた役所が増えていることが気になります。

 

写真左、西原村役場/写真右、被害を受けた宇土市役所
写真左、西原村役場/写真右、被害を受けた宇土市役所

 

 

必ずくる震災で日本を終わらせないために。

必ずくる震災で日本を終わらせないために。

福和 伸夫

時事通信社

必ず起きる南海トラフ地震。死者想定は最大32万3000人。1410兆円の損失。それは日本を「終わり」にしてしまうかもしれない。直下地震で東京の首都機能喪失も。電気、ガス、水、通信を守り、命と経済を守り抜く。安全保障として…

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