ワシントンで5月10日まで開催された第11回米中経済貿易ハイレベル協議以来、米中の通商協議は止まったままである。両国政府とも、「協議を続ける用意がある」と門戸を閉ざしてはいないことを強調するが、米国政府は中国側がそれまでの交渉過程での合意事項を反故にし再交渉を企てたと非難し、中国政府は不公平な内容では合意しないと態度を硬化させており、米中の溝が埋まる糸口は見えていない。 Nippon Wealth Limited, a Restricted Licence BankのCIO長谷川建一氏が解説する。

米中競合関係は長期的な摩擦へ

米国政府は、次の一手である追加関税の実施の準備を着々と進めている。これまで関税の対象になっていなかった3250億ドル(約36兆円)相当の中国製品について、関税の対象にし、25%の関税を課すという措置である。

 

ムニューシン財務長官は5月22日の下院での公聴会で、この中国への追加関税の実施には、約1ヵ月の準備期間が必要だと述べた。問題は、新たに賦課される関税が、米国にとっての痛手が少ないものかどうかだろう。この関税を実施すれば、中国からの輸入品全てに関税がかかることになり、消費財も関税の対象となる。この段階に至れば、さすがに事業者の努力によって吸収できるとは考えにくい。米企業や米消費者にも関税の影響が負担としてのしかかることになるだろう。

 

今のところ米国政府は、追加的な関税措置が、米国の雇用や経済成長に与える影響は限定的との見通しを示しているが、関税合戦がエスカレートすれば「米中双方の痛手」になると、クドロー委員長は述べている。

 

ムニューシン財務長官も、通商政策の決定に際しては、関税措置の消費者への影響に配慮する意向を示しており、実際に、米小売大手ウォルマート社CFOと追加関税措置が消費者物価に及ぼす影響について話し合ったことを明らかにしている。米国経済に与える影響を見極めながら、追加関税の実施を判断することを示唆した。

 

 

国際通貨基金(IMF)が5月23日に公表した試算によれば、米国と中国がお互いの輸入品全てに25%の追加関税を課せば、価格転嫁により消費低迷が起こり、世界全体の国内総生産(GDP)は、短期的には0.3%程度減少するそうだ。IMFは4月の世界経済予測では、2019年の世界全体の実質経済成長率は3.3%と予想していたので、3.0%程度に押し下げられることになる。米中両国が輸入品への全面的な「制裁合戦」に突入すれば、成長率は一段と落ち込む可能性があることを意味する。

 

先週の拙稿(【第112回】米中関係は難しい局面に…トランプ政権の「読み」は当たるか?参照)でも、米製造業の変調の可能性に言及したが、製造業の景況感の低下が目立ってきた。米製造業購買担当者景気指数(PMI)の5月速報値は50.6と、2009年9月以来、約10年ぶりの低水準となったのである。新規受注指数は拡大と悪化の分かれ目となる50を2009年8月以降で初めて下回った。

 

「貿易摩擦が激化する中でも、米経済は堅調」だというのがトランプ政権の強気の背景だが、これが揺らぐことになるかどうかは、米中通商交渉にも影響を与えるだろう。

短期的には、妥協の可能性もあるが、覇権争いは長期化

ムニューシン財務長官によれば、これまでの米中通商協議を基盤に今後の交渉を進めることが可能なら、トランプ政権は協議再開に前向きで「米中が交渉の席に戻ることは可能だとなお期待している」と中国政府がこれまでの交渉結果を尊重して交渉のテーブルに戻ることへの期待感を示した。

 

米中首脳会談についても、両首脳は6月末に顔を合わせる公算が大きいと述べて、6月28-29日に日本で開催される20カ国・地域(G20)で両首脳が会談する見通しを確認した。市場が、悲観と楽観の間で揺れる理由も、米中両国がトップダウンで関税合戦の矛を収める妥協の可能性に期待があるからである。

 

一方で関税とは別に、米国政府は、中国への圧力を容赦なく強めている。米国政府は、中国通信機器大手のファーウェイ(華為技術)が、米国政府の許可なしに米社から、重要な技術を購入することを禁止するとともに、国家安全保障を理由に米国の通信ネットワークに同社の製品を使用することを禁ずる措置を発表した。米国政府によるファーウェイ排除の動きは、世界的に拡大し、影響が大きくなる可能性がある。

 

この措置を踏まえ、日本でもソフトバンク社とKDDI社は、5月下旬に予定していたファーウェイ製スマートフォンの発売を延期した。パナソニック社も、米国の輸出管理法令遵守方針を理由に、禁止措置に該当する製品の取引を中止すると発表した。

 

また、米政府は、ファーウェイだけでなく、中国監視カメラ大手のハイクビジョン(杭州海康威視数字技術)への禁輸措置を検討しているとニューヨーク・タイムズが報じた。そして、 在中国の米国商工会議所(ACCC)は、在中国の米国企業は、中国国内で非関税障壁による報復に直面していることを報告書で公表した。

 

関税措置、中国製品の締め出し、非関税障壁への非難と、まさに連打でパンチを浴びせるかのように攻撃を畳み掛けている。気をつけなければならないことは、関税以外の中国製品の締め出しや非関税障壁への非難を強める動きは、トランプ大統領の一存で行われているわけではないということだろう。

 

最近の米国議会では、経済的にも軍事的にも勢力を伸長する中国を阻止しておかなければならない競争相手だとする見方が勢いを増しており、党派を超えて支持が広がっている。そして、こうした中国への対応の動きは、議会で法制化されるなどしており、政権が仮に変わったとしても、容易に変わるものではないのである。この対中国についてタカ派的なイデオロギーが勢力を増している流れは、経済面での主導権争いという形で、米中間での競争・対立を長期化させるだろう。

 

 

長谷川 建一

Nippon Wealth Limited, a Restricted Licence Bank(NWB/日本ウェルス) CIO

 

 

本稿は、個人的な見解を述べたもので、NWBとしての公式見解ではない点、ご留意ください。

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