5月9-10日、ワシントンで開催された第11回米中経済貿易ハイレベル協議は、進展を見ないまま終了した。トランプ大統領が、5月5日「中国との通商協議の進展が遅すぎる。しかも、ここへきて中国が再交渉を企てているようだ」とツイートして、世界中がこの協議の進展を見守ったが、米中の溝は簡単には埋まらなかったということである。Nippon Wealth Limited, a Restricted Licence BankのCIO長谷川建一氏が解説する。

関税合戦の影響を、米国政府は甘く見ている

中国との協議が行われている最中にもかかわらず、米国政府はトランプ大統領の警告に沿って、5月10日より、中国からの輸入品2000億ドル(約22兆円)相当に対する関税率を25%へ引き上げる措置を実行に移した。目の前の交渉相手に対して、容赦なく圧力をかけながら妥協を迫る「トランプ流」の交渉と言えるだろう。

 

米国政府が、順調と伝えられてきた米中交渉のトーンから態度を一転、硬化させた背景は、中国側が、合意文章の作成段階に入ってから、知的財産権の保護や技術移転の問題解決などに関して、交渉過程でコミットし合意として固まっていた内容を後退させたためと報道されている。

 

米中交渉で合意したことを理由に、これまでの慣行を破り、中国国内での法律さえ変えるという内容に、中国国内では相当に反発が出てきたことがうかがえる。習近平国家主席が、権力を掌握したとはいえ、まだまだ中国共産党内の権力闘争は激しく、このままでは、国内をまとめきれないということなのだろう。

 

トランプ米大統領は強気の姿勢を崩していない。12日に、中国との通商交渉については、米国政府側の「望み通りの状況」にあり、今後、中国からの輸入品でこれまで関税の対象になっていない、その他3250億ドル(約36兆円)相当の中国製品についても、関税の対象にする措置を取ると「次の警告カード」を強調した。一方で、習国家主席には、米中首脳会談の開催を呼びかけ、トップダウンで、ディールをまとめようという姿勢も示した。

 

これまでに実施された輸入品(2000億ドル相当)への関税は、米国経済や消費者への影響を考慮されて選ばれていたため、米国にとっての痛手は少なかったかもしれない。そのため、賦課された関税部分は、中国が一方的に負担しているかのように見え、これがトランプ大統領が強気でいられる理由かもしれないが、次のカードを切れば、中国からの輸入品全て、すなわち消費財なども関税の対象となる。

 

 

クドロー米国家経済会議(NEC)委員長も認めるように、この段階に至れば、米企業や米消費者にも関税が負担としてのしかかることになる。今のところ米国政府は、追加的な関税措置が、米国の雇用や経済成長に与える影響は限定的との見通しを示している。しかし、関税合戦がエスカレートすれば「米中双方の痛手」になると、クドロー委員長は述べている。

 

なお、クドロー氏は12日のTVニュースのインタビューで、中国がライトハイザー米通商代表部(USTR)代表とムニューシン財務長官を再び北京に招いたことを明らかにした。中国側は、交渉を継続する姿勢である。ただ、協議の日程がいつになるのかは、未定とのことだ。やみくもに協議に時間を使うことも双方望んでいないだろう。また、トランプ大統領と習近平国家主席が6月下旬に大阪で開催される20カ国・地域(G20)首脳会合への参加の折に、首脳会談を持つ可能性についても話したことを明らかにした。

 

市場の反応は、交渉が継続していること、対話の流れが途切れていないことを理由に、今年年初のような不安心理の増幅による大幅な値幅調整には至っていない。トランプ大統領にとっては、大統領(1期目)の3年目で、景気が腰折れてしまえば、大統領再選への道筋は厳しくなることから、習国家主席にとっては中国経済の急減速リスクを回避するということから、双方に、早期妥協へのインセンティブはあると読んでいたが、米側は米国経済の力強さをあてにしている傾向が強く、中国側には、譲歩を阻む国内力学が頑として存在することが明らかとなってきた。

 

もちろん、トップダウンでこれらを早期に乗り越えていける可能性も否定はできないが、これほど軋轢があることが示された中では、米中通商交渉を合意可能なものにまでもっていくことは短期的には望めないのではないだろうか。

 

そうなると、米中通商協議は、時間軸の長い話になるのかもしれない。そして、その中で、関税合戦となれば、米国政府の見立てとは異なり、世界経済への影響は非常に大きくなるだろう。

米国経済にも、変調の芽は見え隠れする

米中貿易摩擦が激化し、事業環境の不透明感が増す中でも、今年初めから、米国の製造業は底堅く推移してきた。米国政府は、経済指標が比較的強いことや米国株の底堅さを強調しているが、米製造業も、欧州やアジアの製造業が、短時間で世界的な企業投資の減少や貿易の鈍化からのマイナスの影響を受けたのと同様に、影響を受けることが考えられる。 

 

実際に、このところ、製造業には、勢いが弱まっていることを示す指標も出てきている。米供給管理協会(ISM)景況調査(4月)では、製造業の景気指数は52.8と、最近のピークを記録した18年8月の61.3から、大きく数字が低下した。昨年8月と言えば、9月からの関税合戦が始まった直前に符合する。機械設備などの企業投資額は、2018年1-3月期が11.5%増加だったのに対し今年1-3月の伸びは年率2.7%にとどまった。製造業や卸売業、小売業では、原材料、中間財、最終財のいずれでも在庫増加傾向が見られ、売上高在庫比率は18年6月の1.33に対し今年2月は1.39まで上昇した。

 

こうした軟調な指標も散見されることから推測すると、米国でも製造業の減速の可能性は高まる。さらに、追加関税の応酬により、需要が後退すれば、米製造業は年後半に後退に陥るリスクも高まるだろう。これは、今年後半の再加速シナリオどころではなくなる。トランプ政権が、米国経済の足元の評価を読み違え、通商交渉を長引かせた場合には、世界経済の減速シナリオは、現実味を帯びてくるのではないだろうか。

 

その場合は、市場でのリアクションは、先週のようなマグニチュードではなく、より大きなものになる可能性がある。年初の相場急変時点は、市場の悲観的な見方ほどには、値しないとの立場をとってきたが、今回の通商協議の展開を踏まえ、リスクテイクには、慎重にならざるを得なくなったと考えている。

 

 

長谷川 建一

Nippon Wealth Limited, a Restricted Licence Bank(NWB/日本ウェルス) CIO

 

 

本稿は、個人的な見解を述べたもので、NWBとしての公式見解ではない点、ご留意ください。

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