コロナ不況回復の兆しといえるだろうか。4月2日、米国労働省が発表した雇用統計(3月)では多くの産業で雇用が増加し、失業率も2月の6.2%から6.0%に低下していることが発表された。市場予測を上回る改善に米国債利回りは軒並み上昇、バイデン政権の大型インフラ投資計画への期待も高まっているが、FRBは慎重姿勢を崩さない。米国の新たなる局面を、Nippon Wealth Limited, a Restricted Licence Bank(NWB/日本ウェルス)CIOの長谷川建一氏はどう見たか。

雇用市場の回復に反応、米国債券利回りは上昇

3月、米国債券相場は行ったり来たりを繰り返し、10年米国債利回りで1.6から1.7%台での動きだった。しかし4月2日の朝方、米国労働省が発表した雇用統計(3月)の内容が市場予想を上回る改善を示したことから反落し、10年米国債利回りは1.73%まで上昇した。

 

非農業部門雇用者数は、前月比91.6万人増加で、2月の46.8万人増加から大幅に上回ったことに加え、家計調査に基づく失業率は2月の6.2%から6.0%に低下した。

 

(画像はイメージです/PIXTA)
(画像はイメージです/PIXTA)

 

産業別でみると、石油価格の高騰に伴い油田掘削活動が増加したことで鉱業での雇用が2万人増、建設業の主要なカテゴリーでも11万人の雇用増、製造業で5.3万人増、卸売は2.4万人増加、小売業も2.2万人増、輸送と倉庫業は4.8万人増、金融1.6万人増、専門職6.6万人増、教育とヘルスケアは10万人増、レジャーとホスピタリティは28万人と大規模な増加、政府部門も州政府と地方政府合わせて13.6万人の雇用が純増と、大半の産業で雇用の改善が確認できる内容で、雇用市場の回復を印象づけるものである。例外は、自動車メーカーがICチップの不足により減産を余儀なくされたために3千人の雇用減少だった。

 

不完全雇用率U6*は10.7%に低下、就労者に積極的に職を探している者を加えた労働参加率も61.5%と2月の61.4%から微増した。大幅な雇用増により、4月も失業率が改善することが予想され、経済対策も合わせて考慮すれば、今後数ヵ月は雇用市場改善の流れが継続するだろう。
 

*(注):U6には就労者に加えて、フルタイムでの雇用を望みながらもパートタイムの職に就いている労働者、仕事に就きたいと考えているものの積極的に職探しをしていない人などが含まれ、その雇用率の上昇は、雇用市場全体の改善を示すものと理解されている

バイデン政権のインフラ投資計画、共和党にも支持者が

バイデン政権は3月に1.9兆ドルという空前の規模の追加経済対策を成立させた。さらに31日には、次に成立を目指す大型インフラ投資計画を発表している。

 

バイデン大統領は、この大型インフラ投資計画が実現すれば、1,900万人もの雇用が創出されると述べ、経済回復へのコミットメントを強めている。上院民主党の重鎮であるカーバー環境・公共事業委員長は、5月末までにインフラ投資計画案を、そして、より幅広い景気回復計画も9月末までに法制化される可能性を示唆している。

 

民主党は「ビルド・バック・ベター(より良き再建)」プログラムと称して、経済刺激に重点を置いた政策をより推進するだろう。共和党議員のなかには、上述のインフラ法案を支持する意向を示している議員が10人程度いるとも言われており、そうなると上院は財政調整プロセスの利用や財政支出に関するより厳格な可決方法を定めた上院ルールの改正なしでも可決が可能となる。

慎重姿勢貫くFRB…市場ではインフレへの警戒感強まる

米FRBは足元の経済状況は引き続き厳しいとの見方を維持しており、2023年までの利上げ見送りが妥当と繰り返し強調してきた。経済回復を確実にするには、引き続き、アクセルを踏み込むべきという判断を崩していないということである。

 

しかし、財政刺激策、超緩和的な金融政策、州政府の再開、ワクチン接種の急速な進展による経済活動の再開と、米国経済は、あらゆる材料がすべて前向きに作用するという過去に例を見ない状況にあり、市場は、アクセルを踏み過ぎて、経済過熱、インフレ率の過度の上昇という結果に結びつくことを恐れている。

 

FRBは長期金利の上昇に対し、インフレ懸念ではなく、経済回復の過程で期待感が強まる自然な動きと静観の構えを崩していないが、金利の上昇に対して鷹揚(おうよう)な当局と神経質な市場の間には微妙な空気感が漂っているというのが現実であろう。(関連記事『バイデン政権の成長戦略に市場警戒…「米国景気回復」にも蘇る悪夢』

 

ちなみに、財政支出の拡大に批判的なサマーズ元米財務長官は、米国の政権は、過去40年間で「最も責任感に乏しい」経済政策を行っていると批判し、「甚大な」インフレのリスクがあると再度警告している。その責任は政権与党である民主党のみならず共和党にもあると、財政支出になかば歯止めの効かなくなっている政治の現状を糾弾した。

 

インフレ率は、FRBが目標とする期間平均2.0%の物価上昇率には程遠いという現状がある。しかし、在庫水準が低いことや、生産のボトルネック、エネルギー価格の上昇、貯蓄率がコロナ禍で上昇など、将来急速な上昇に転じることを危惧させる材料は、揃ってきている。そこに、雇用市場の改善が本格化してくるとなれば、市場の警戒心は強まるだろう。

 

加えて、すでにしてきたことだが、米国の財政ファイナンスの総量は急激に増加している(世界的な傾向ではあるが)。

 

米国財務省は、昨年のコロナ禍以来、急増する連邦負債を基本的には国債発行で賄っている。そのため、財務省は四半期入札のみならず、平準化のために毎月大量の新発債を発行しなければならず、大忙しである。財政にとっても、債券利回りは低ければ利払い費用が少なくて済むが、利回りが上昇すれば、利払い費用が増え、それがまた発行量の増加につながるという事態も懸念される。

 

さらに、債券需給の悪化要因は増えている。FRBは、補完的レバレッジ比率(SLR)の条件緩和を許容している措置を予定通り3月31日に終了させた。これは、レバレッジ比率の算定にあたり、一定の条件を満たした債券の残高をリスク算定から除外または軽減する措置で、金融機関にとってはリスク量を増やさず、債券保有ができるため、債券買い入れ残高を増やすことができる措置だった。しかし、この措置が終了したことで、金融機関の債券購入余力は減ることになる。

米国債利回り上昇、週明け株式市場への影響に注目

2日の市場は、イースター休暇中でグッドフライデー(聖金曜日)の祝日のため、株式市場や商品の立ち会い取引は休場とだったが、債券相場では取引が続き、雇用市場の改善を織り込む展開となった。

 

米国債は大幅安となり、長期金利の指標である10年米国債利回りは前日比0.05%上昇して1.72%を付けた。さらに、目を引いたのは、金融政策の見通しに敏感な短中期国債の動きで、5年米国債利回りは前日比0.08%上げて0.979%と、節目とみられている1.00%に近付いた。これは昨年2月以来の高水準である。2年米国債利回りもこのところ0.15%近辺で長らく取引が続いていたが、0.19%に上昇した。

 

米国経済の成長路線への回帰が明らかとなり、雇用市場の改善が本格化すれば、金利の上昇は避けられない。FRBも過度な動きとならない限り、それを容認するだろう。FRBが2023年までは利上げをしないと言い続けても、市場では、利上げ開始の時期が早まるとの見方が出てきやすいし、すでにそれに備えつつあるといってよい。

 

2日の市場の動きにもそれは表れており、5年債と7年債は、最も売られやすいゾーンということになろう。それを起点として考えれば10年米国債利回りも2.00%へ向けて一段と上昇することは、避けられないだろう。週明けの株価の動きは気になるところである。引き続き要警戒のスタンスを維持したい。

 

 

長谷川 建一

Nippon Wealth Limited, a Restricted Licence Bank(NWB/日本ウェルス) CIO

本稿は、個人的な見解を述べたもので、NWBとしての公式見解ではない点、ご留意ください。

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