先行きの見えない米中の貿易摩擦。関税合戦がエスカレートすると、米国の物価、金融政策にはどのような影響が出るのか? Nippon Wealth Limited, a Restricted Licence BankのCIO長谷川建一氏が解説する。

関税合戦が米国の物価に与えるインパクト

米連邦準備制度理事会(FRB)は先週5月22日、4月30日と5月1日に開催された連邦公開市場委員会(FOMC)の議事要旨を公表した。

 

この議事要旨では「金利誘導目標の決定に対する辛抱強いアプローチは、現状で適切であり、引き続きしばらくは維持される公算が大きいとの意見を多くの参加者が表明した」と記されていた。すなわち、政策金利に対する金融当局の辛抱強いアプローチは「当面」適切で、現状維持がしばらく続くことを示唆する。

 

また、最近落ち着いた動きをしているインフレ率の動向は、一過性のものになる可能性がある見通しをパウエル議長が持っており、委員の多くがこれに賛同していることも明らかとなった。5月1日のFOMC会合の直後に行われたパウエル議長の記者会見での発言と符合するものであることがわかる。

 

FOMCが開催された時点では、5月10日以降の米中関税合戦のエスカレートは、織り込まれていない。その時点では、米国経済が、それまでの関税引き上げ措置によっても足を引っ張られることなく、堅調に推移しているとの判断だった。

 

議事録でも、景気見通しについては、世界的な経済成長の鈍化や金融環境の悪化、企業が表明していた懸念に伴う下方リスクという懸念要因が和らいだと表現され、2019年後半からの再加速シナリオも市場の一部で語られる状況であった。従って、米中通商交渉が早期に妥結するというシナリオが崩れて、景気見通しが再度改められる可能性から、この議事要旨をそのまま受け止める必要はないとの見方もある。

 

しかし、ここで、気に留めなければならないことは、関税の物価に与えるインパクトをよく考えてみる必要があるということだろう。関税は、貿易量の減少を通じて景気の足を引っ張り、中長期的に物価を下げる圧力にはなり得るが、関税分が製品価格に転嫁されることで、直接に物価の上昇要因になるという側面もあるということだ。

 

これまでに賦課された関税(中国からの輸入品2000億ドル〈約22兆円〉相当に10%を課税など)では、懸念された価格転嫁が起こらず、物価にはほとんど影響がなかったといわれている。しかし、実際には、ニューヨーク連邦準備銀行の調査によれば、2018年3月から実施された鉄鋼とアルミニウムへの関税の引き上げや、7月からの中国製品に対する関税実施により、昨年の消費者物価指数は0.3%上昇したのである。

 

また、中国製洗濯機に掛けられた関税により米国消費者全体では、年間15億ドル(約1600億円)支出が増加し、洗濯機1台の価格は86ドル(約9400円)上がったと推計が公表されている。

FRBのかじ取りは、より難しく

関税合戦がエスカレートする前でも、影響がじわじわと忍び寄ってきていたところに、追加で関税措置が発動されることの影響は大きい。5月10日から実施された10%→25%への関税引き上げと6月には準備を完了するという中国からの輸入品3300億ドル相当分への25%の関税が実施されると、相当に影響が大きくなることは想像に難くない。後者には、これまで関税の対象になっていなかった消費財が網羅的に対象になるという点も考慮しなければならない。

 

FRBのかじ取りを難しくする理由はここにある。市場は、景気の悪化観測から、金利が低下するシナリオが先行したが、上述のような理由で、物価に上昇圧力がかかる可能性はぬぐえない。そうなると、多少の下振れが景気に起こったとしても、物価の動静いかんでは、金融政策を緩和方向に倒せない状況に陥ることは十分に考えられよう。

 

FOMCで、最近のインフレ指標の低下が「一過性の公算が大きい」と見ている理由は、そんな状況も見据えてのことが含まれている可能性はある。米国債券市場は、中期債(2-5年債)を中心に、FRBの利下げまで織り込んでいるが、どうやら一筋縄ではいかないと見ておいた方がよさそうである。

 

 

長谷川 建一

Nippon Wealth Limited, a Restricted Licence Bank(NWB/日本ウェルス) CIO

 

 

本稿は、個人的な見解を述べたもので、NWBとしての公式見解ではない点、ご留意ください。

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