財産を親切にしてくれた「元職場の同僚」に託したい
ケーススタディ1 〈子なし〉
妻に先立たれて子どももなく、一人暮らし、身内より同僚に託した遠藤さん
相続人関係
□遺言作成者 遠藤博さん60代(作成時)
□推定相続人亡兄の娘二人(姪)
□家族と相続の状況
妻に先立たれて子どももなく、一人暮らしが長くなった
遠藤さんは団塊の世代よりも少し上の年代で、集団就職が盛んだった昭和40年代に地方から都会に出てきました。就職した電力会社でずっと定年まで働いてきたので、現在は年金で生活をしています。一緒に暮らしていた妻との間には子どもに恵まれず、結局入籍しないまま、もう何年も前に亡くなってしまいました。それからは一人暮らしです。
故郷を出てからというもの、ほとんど帰ることはなく、もう都会生活の方が長くなってしまいました。故郷の両親も割に早く亡くなりましたが、特に財産もなかったので、相続するものもありませんでした。そのかわりと言えるのか、同居や介護などを考えることもなく、煩わしいこともなかったのは幸いだと考えています。
遺言の内容 〈遺言者 遠藤博さん〉
遺言を作る理由 〈交流のない身内の姪より、親切にしてもらった人に財産を渡したい〉
遠藤さんには兄がいますが、その兄もすでに亡くなり、身内といえるのは亡兄の娘二人だけです。しかし、その姪たちとは両親の葬儀や兄の葬儀のときに会った程度で、親しく言葉を交わすこともなく、日頃の交流はないため、どこに住んでいるのかもわかりません。とても自分の老後を頼んだり、財産やお墓のことを託せる心境にはなれないのが本音です。
遠藤さんは定年前の50代後半に、検査で異常が見つかり、入院、手術を経験しました。一人暮らしの遠藤さんには大変なことばかりです。それを察した職場の同僚の田中恵美子さんが、着替えや手続きなどいろいろと親切に助けてくれました。本当にありがたかったので、お返しに自分の財産は田中さんに託したいと思うのです。また、亡くなった妻の甥・渡辺健一さんにも、何度も会って世話になったので、預金の一部を渡したいと考えています。
相続人でない人に自分の財産を遺贈する場合は、遺贈したい人の住民票が必要です。一方的に書いておくよりも、事前に、田中さんや渡辺さんに自分の意思を伝えて了解をしてもらっておく方が価値がある、とアドバイスを受けたので、そのとおりに二人に話したところ、快く受けてもらい、住民票も渡してもらいました。
こうして事前に了解をもらって遺言書が作れ、遺言執行も田中さんに託すことができ、遠藤さんの不安はなくなりました。どこにいるのかもわからない姪たちよりも、身近に接してくれた人たちに自分に財産を渡すことができることが幸せだと感じています。
遺言がないと困ること
・相続人の姪とは疎遠で連絡先もわからない
・遺言がないと財産は相続人以外の人には渡せない
夫ではなく、妹や妹の子どもに継いでもらいたい
ケーススタディ2 〈再婚〉
実家の財産は夫に相続させたくない鈴木さん
相続人関係
□遺言作成者 妻・鈴木節子さん 40代 専業主婦
□推定相続人 夫、妹
□家族と相続の状況
父親からの相続で不動産を相続して実家を守る
鈴木さんの母親は中学生のころに亡くなってしまい、その後は祖母が家事をしてくれたことで、不自由はなく生活してきました。祖母が亡くなり、妹や鈴木さんが嫁いでからは、父親は一人暮らしとなりました。鈴木さんは他県へ嫁ぎましたが、妹は近くに住んでいたため、子どもができて手狭になったとき父親の敷地の一部に家を建てて住むようになりました。鈴木さんにとっても父親のそばに妹一家が住んでくれることには大賛成でした。
父親が亡くなったときの財産の分け方としては地元にいる妹が6割、他県に嫁いだ鈴木さんが4割という配分で決めました。父親の財産は土地が多く、鈴木さんも妹も土地を相続しました。実家の土地建物は鈴木さんが相続しました。いまはときどき見に行く程度ですが、夫の理解が得られたら、実家に引っ越したいと考えています。
遺言の内容 〈遺言者 鈴木節子さん〉
遺言を作る理由 〈夫の先妻の子どもに自分の財産が渡ることはしたくない〉
鈴木さんは初婚ですが、夫は再婚で、先妻との間に子どもがひとりいます。鈴木さんが夫と出会ったころには夫はすでに先妻と離婚しており、子どもは先妻が育てていましたので、一度も会ったことはありません。けれども鈴木さん夫婦は子どもに恵まれなかったので、夫にとっては先妻との子どもが一人息子になります。
鈴木さんは父親から相続した財産は夫には渡したくない、と考えています。仮に鈴木さんが先に亡くなって夫が実家を相続した場合、次に夫が亡くなれば他人である夫の先妻の子どもに相続されるわけですから、それは許し難いという気持ちです。隣には妹家族が住んでいますので、妹や妹の子どもに継いでもらいたいと考えています。
父親の相続手続きが終わるとすぐに、鈴木さんはたまらずにこうした事情を相談しに来られました。自分が先に亡くなった場合、相続割合は夫が4分の3、妹が4分の1ですから、遺言がないと財産の大部分となる不動産を夫が相続することになりかねません。
そこで鈴木さんは、父親から相続した自分名義の財産は、夫には相続させず全てを妹に相続させるという遺言書を作成しました。夫が先であればこうした心配は不要ですが、そればかりはわからないため、遺言が作れたことで夫の子どもに土地を渡すことは避けられ安心できたのです(※)。
※民法改正により、たとえ配偶者(夫)に遺留分侵害の請求されたとしても、金銭の支払いだけで済ますことができ(遺留分の金銭債権化)、不動産の共有などの事態は避けられるようになりました。今回の事例は、父親から相続した財産だけを妹に、夫婦で築いた財産は夫に渡すという前提です。
遺言がないと困ること
・子どもがない場合、自分が亡くなると相続人は夫と妹で、配偶者である夫の権利が強い
・自分が先に他界した場合、夫に相続された財産は、夫の先妻の子供に相続される
・実家不動産を夫の名義にすると夫の先妻の子供へと相続され、妹家族の権利はない
相続実務士からワンポイントアドバイス
自分が夫より先に亡くなったとき、法定割合は夫3/4、妹1/4で夫の権利が強い。夫が先に亡くなると後妻と先妻の子が相続人。夫に遺言を書いてもらわないと大変になる。
<知って得する遺言のイロハ>
・遺言書があれば、自分だけでも相続の手続きができる
自分が亡くなった際、後妻が先妻の子を冷遇しないか?
ケーススタディ3 〈離婚・再婚/異父母兄弟姉妹〉
後妻と先妻の子がもめないように考えた山崎さん
相続人関係
□遺言作成者 山崎健一さん・40代会社員
□推定相続人配偶者(後妻)、長女、長男、再婚後の長女
□家族と相続の状況
先妻と離婚、子どもは自分が引き取り、再婚した家族
山崎さんは40代のサラリーマンです。先妻とは離婚し、二人の子どもを自分が引き取り再婚しました。
先妻と離婚に至った原因は、後妻の存在があったからで、少なからずゴタゴタがあり、子どもにも寂しい思いをさせてしまいました。しかし、後妻との間にも子どもに恵まれ、いまは家族5人で仲良く暮らしています。
「自分は父親なので当然だが、妻は、先妻の子どもも自分の子どもも分け隔てなく接してくれ、ありがたい」と再婚した妻にはとても感謝をしています。
遺言を作る理由 〈自分がいなくなると後妻が先妻の子を冷遇しないか不安〉
まだまだ若い山崎さんですが、自分が事故などで亡くなってしまうと、思っていることを伝えるすべがないと家族が不安になるため、遺言で意思を遺しておきたいと考えました。後妻を信頼しているものの、自分が亡き後、先妻の子どもを追い出したり、冷遇するのではとの一抹の不安もあります。いまは仲よく暮らしていますが、後妻と先妻の子どもとの間には、実の親子ではないため「多少の遠慮」が見え隠れするのです。
山崎さんは、自分がいなくなると共同生活は難しくなることも想定し、マンションは売却、預金、生命保険とともに後妻と先妻の子どもで等分に分けるようにしました。法定割合からは少しはずれますが、熟慮した結果で後妻は理解してくれるはずです。
遺言書を執行するときに子どもが未成年だった場合には後見人が必要となるため、自分の意思を理解してくれている実姉を後見人と指定する内容も盛り込み、遺言書はできあがりました。いざ作ろうとなると分け方が難しく、かなり時間がかかりましたので、公正証書遺言ができたときは山崎さんは肩の荷が下りたようで安堵されていました。
遺言がないと困ること
・先妻の子、後妻、後妻の子の立場の違いは状況が変わるとこじれることも想定される
・自分が亡くなると後妻が先妻の子を追い出さないとも限らない
・不動産の処分を遺言しておかないと分けられない不安がある
相続実務士からワンポイントアドバイス
遺言書は高齢になってから用意するということでは不慮の事態などに対応できない。人間関係が複雑で不安がある場合は、早めに用意しておくことで安心できる。