本連載では、飽和状態のハミガキ粉市場で、「超高価格の子ども用ハミガキ粉」を大ヒットに導いた筆者が、自らの経験を基に、「レッドオーシャン」で勝つためのビジネス戦略について解説します。

歯科医師だからこそ知る「歯みがきの実態」

開発する商品を子ども用乳酸菌ハミガキ粉に絞り込んでいった背景に、私が歯科医師だからという理由はもちろんあります。

 

歯科医師は、患者さんたちのお口の状態や歯みがきの実態をよく知っています。また、歯みがきの意義や正しいやり方、そして効果についても熟知しています。

 

さらに、きちんと歯みがきをしているのに、むし歯や歯周病が悪くなっていく患者さんがいる現実も、最もよく知っているのは歯科医師です。

 

私もそうした歯科医師の一人であり、子どもたちの歯みがきの実態をなんとかしたいとかねてから思っていたことで、「本物の子どものためのハミガキ粉」を、自分たちが開発する商品の候補に入れていたのです。

 

もちろん、歯科医師だからこそ、従来の口腔ケアの常識にとらわれてしまいがちな側面もあります。もし私が「歯みがきとはこういうもの」と思い込んでいたら、従来のハミガキ粉に対しても、これほど大きな疑問を抱くことはなかったでしょう。

 

しかし、私には昔から本質を考える癖があり、疑問を感じた常識を覆すことで、歯科医師としての現在のポジションを築いてきました。

 

乳酸菌ハミガキ粉が開発できた大きな理由として、歯科医師ではあっても、フッ素は虫歯予防によい商品とはいえ、自治体・学校・歯科医院・家庭とあまりにもフッ素に頼りすぎて大量に使い過ぎていることに疑問を感じ、化学製剤ばかり配合のハミガキ剤の常識にもとらわれなかったという点もあると思っています。

 

さらに言うなら、私は昔から子どもが大好きなので、子どもたちがいやいや歯みがきを行っている(させられている)現実にも心を痛めていました。

 

困難も多かった乳酸菌ハミガキ粉の開発に向き合い続けることができた理由の中には、子どもたちの笑顔に背中を押されるような気持ちもありました。

「口腔ケア商品」が売れてもむし歯が減らない理由

自分の開発した乳酸菌ハミガキ粉を「本物」と自認する以上、従来の子ども用ハミガキ粉は「本物ではなかった」と言っていることになります。

 

とはいえ、現状の批判をすることが私の本旨ではありません。ただ、広く普及している既存商品があっても、それが「本物でない」というケースは、多くの業種で見られる現象かもしれず、そこに「本物のマーケティング」を展開する可能性もあると言えるかもしれません。

 

商品開発に携わっている人たちは、さまざまな角度から多くのリサーチを行っていると思います。その際、調べたデータに「矛盾」が見られたら、そこになんらかのヒントが潜んでいる可能性があります。

 

例えば、日本人の歯をみがく頻度は、世界的に見ても多いほうだと言われています。グラフに示したように、口腔ケアグッズの市場規模も、近年ますます拡大しています。ここから、「口の中をきれいにしよう」という意識も高まっていることが見て取れます。

 

ところが、それでむし歯が減っているのかというと、やや事情が異なります。処置が終わった歯を含めて、むし歯のない成人はほとんどいません。

 

その背景として、「正しい口腔ケアが行われていない」という指摘があります。

 

清涼剤の入った歯みがきや刺激性の洗口剤などを使った口腔ケアでは、口の中がさっぱりするために、それで歯がきれいになったと勘違いをしている人が多いという指摘です。

 

子どもたちの歯の状態もよくありません。小学生のうち、むし歯を持つ子は半数近く(約47%)もいるのです。中学生になるとその割合が減少しますが(約37 %)、その理由は、乳歯が永久歯に生え変わるタイミングでむし歯や処置歯が抜けるからです。高校生になると、またむし歯が増加しています。

 

しかし、日本人のむし歯の多さを「歯みがきが下手だから」と片づけてしまうわけにはいかないと思うのです。お客様の側に立ってみれば、「むし歯を減らせないハミガキ剤や洗口剤にも問題があるのでは?」という疑問が成り立ちます。

 

そして、そういう疑問こそ、物事の本質を問うきっかけになりうるのだと思います。

 

[図表1] 出典:富士経済「オーラルケア関連市場マーケティング総覧2016」
[図表1]
出典:富士経済「オーラルケア関連市場マーケティング総覧2016」

 

[図表2] 出典:厚生労働省「平成28 年歯科疾患実態調査結果の概要」
[図表2]
出典:厚生労働省「平成28 年歯科疾患実態調査結果の概要」

 

[図表3] 出典:文部科学省「平成29 年度学校保健統計」
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出典:文部科学省「平成29 年度学校保健統計」

 

「甘い物」を食べても、むし歯にならない子どもたち⁉

歯みがきをするのは、むし歯を防ぐため。これは常識です。しかし、歯みがきさえしていれば、むし歯にならないわけではありません。

 

例えば、甘いお菓子もむし歯の原因になります。お子さんが小さいうち、親御さんが甘い物を与えないように気をつけて、むし歯を防いでいても、幼稚園に入って「おやつの時間」が始まるとむし歯ができてしまうといったケースがあります。

 

ところが、歯みがきをしてもむし歯になる子がいる一方で、あまり歯みがきをしなくても、むし歯にならない子がいます。そして、そういう子は、お菓子を食べていてもむし歯になりません。

 

むし歯というと、よく「甘い物を食べることが主な原因」と考えられがちですが、厳密に言うと少し間違いかもしれません。これもまた常識に反しているように思われますが、なぜ甘い物を食べてもむし歯にならないのでしょう?

 

実は、むし歯ができる理由はいくつかあり、その条件がそろわなければ、むし歯にはならないのです。

 

甘い物を食べても、むし歯を作るミュータンス菌などの原因菌が口の中にいなければ、むし歯にはあまりなりません。

 

また、唾液がしっかり出ている子も、むし歯になりにくいと言えます。唾液には洗浄作用や殺菌力があるからです。唾液は、食事のあとに口の中に残った食べかすを洗い流してくれるほか、ミュータンス菌などの虫歯菌も減らしてくれるのです。

 

その反対に、いつも口呼吸をしていてドライマウスになっている子は、唾液の洗浄・殺菌作用が発揮されにくいため、むし歯もできやすい傾向があります。

 

ただ、むし歯の直接の原因となるミュータンス菌などのむし歯菌の量が非常に少なくなれば、むし歯になる可能性はとても低くなるのです。

 

もちろん、甘い物を食べたり飲んだりする頻度を減らし、規則正しい食生活をすれば、より一層むし歯ができにくくなります。

親の口から子どもに感染しやすい「ミュータンス菌」

歯みがきは親子がスキンシップを図るのによい機会です。小さなお子さんの場合、自分で上手に歯みがきをすることができませんから、お母さんたちが、仕上げみがきをしてあげる必要もあります。

 

これは、とても大事な時間なので、楽しく歯みがきしてほしいと思っています。そうしてお子さんに愛情を注いであげれば、歯みがきもスキンシップのひとつの機会になり、そうしたふれあいを通じてお子さんを幸せにし、よい親子関係を築くことができます。

 

ただ、ミュータンス菌などのむし歯菌は、親の口から子どもに感染しやすいので、その点では注意が必要です。

 

実は、むし歯菌というものは、生まれたばかりの赤ちゃんの口の中には存在しません。お子さんに歯が生え始めてから、お母さんが口移しでものを食べさせたり、同じスプーンを使ったりしたときに、唾液を通じて感染してしまうのです。

 

これが「垂直感染」といわれるもので、皮肉なことに、子どものむし歯の最大の原因になっています。

 

お母さんの口の中にむし歯菌が多いと、子どもにもむし歯菌の数が多く、むし歯になるリスクが2倍以上高いというデータもあります。子どものむし歯を減らすには、親を含めた周りの大人たちが、自分の口の中のむし歯菌を減らす努力をして、お子さんとのスキンシップを図ることがとても重要なのです。

 

親子のスキンシップはとても大切なので、むし歯にさせることを怖がらず、お子さんといっぱいスキンシップを図ってほしいと思います。むし歯は防げる感染症です。

 

 

齊藤 欽也

歯科医師/ウィステリア製薬株式会社代表

レッドオーシャン革命 常識破りのマーケティング戦略

レッドオーシャン革命 常識破りのマーケティング戦略

齊藤 欽也

幻冬舎

定価7800円の子ども用ハミガキ粉がなぜ売れているのか? 創業わずか3年。競争の激しいオーラルケア市場で急成長を遂げたベンチャー企業の軌跡から読み解く「ビジネスの新常識」 現代社会は、品質が優れ価格も手ごろな商品…

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