従来の常識を覆すことが、新しいビジネスを生み出す
私は、仕事において「これで十分」ということはないと思っています。そこで、常に研鑽するために本質を考えることに努めてきました。その結果、「常識」とされてきたことに疑問を感じることも、人より多かったのかもしれません。
そして、「本物」の提供が仕事だと思っていますから、疑問を感じたことは放っておけません。何ができるのかとことん考え、結果として必要な場合には、従来の常識を覆そうとしてきました。その経験から、常識をひっくり返すことが新しいビジネスのスタートラインになるのではないか、という感覚があります。
では、この連載で取り上げているハミガキ粉という商材を例にとって、これまでどんな常識があったのかざっと挙げてみましょう。
従来のハミガキ粉の常識は、
・そもそも子ども用のハミガキ粉はすでにたくさん存在している
・ハミガキ粉には界面活性剤、殺菌剤、保存剤等が使われている
・歯みがきをすると泡が出る
・ハミガキ粉は食べられず、歯をみがいたら口をゆすいで出すものである
・フッ素は必ず必要である
網羅しようとすれば、もっといろいろありますが、ここに挙げたようなことは、従来のハミガキ粉なら「当たり前」のことだと言えます。
しかし、私たちの乳酸菌ハミガキ粉は、本当の意味で子ども専用に作られた世界初のハミガキ粉であり、これらの常識をすべて覆しているのです。
このような新規商品は、常識の延長線上にはなかなか生まれないのではないかと思います。
歯の健康をめぐっては、こういう常識もあると思います。
・甘い物を食べるのがむし歯の原因
・歯みがきをしていればむし歯が防げる
・歯みがき剤やフッ素をたくさんつけたほうがよい
また、ビジネスに関しては、こういう見解もひとつの常識かもしれません。
・市場規模が大きいほど儲けるチャンスがある
・大手企業と手を組み、広告費をかけるほど儲かる
・商品の原料・製造コストは下げるべき
こういった「常識」は、誰でも何となく受け入れていて、あまり疑おうとしないことではないかと思います。しかし、本質を考えて得られる答えと常識との間には、違いやズレがあることも少なくありません。
仕事の本質とは、お客様を幸せにし、世の中に貢献することですから、もし新商品・新規サービスを世に問うなら、本当にお客様を幸せにし、世の中をよくし、プロとしての自分の心が納得するものが望ましいと思います。
そうした仕事が可能になるのは、その商品・サービスの本質を考えた結果、消費者の我慢や不満などについて、深い気づきを得られた場合ではないでしょうか。
では、どうしたら消費者の深い我慢や悩み、不安を見つけることができるのでしょうか?
現在はネット社会なので、注意深くネット検索などを繰り返して調べると、どれぐらいの人が悩んでいるか、困っているかがわかってきます。すると、何気なく当たり前と思っている人が多く、不満を持ちながらあきらめてしまっていることに疑問を持ってくるはずです。そこに、ライバルが多い市場でも、ぽっかり空いている市場があるかもしれません。
また、マーケティングを成功に導くひとつの要素に、ライバルと同じ市場の中で自分たちをどう位置づけるかというポジショニングもあると思います。
私たちは、「ハミガキ粉の値段は数百円」という常識がある中で、いったんその常識を離れて考えてみた結果、「値段は高くても本物を提供する」という路線に行き着きました。安いものをよしとする価格競争の概念から自由になり、「本当によいものだけを妥協せず提供する」ということも、有効なブランド戦略になりうるのです。
高い買い物をしたお客様が感謝し、ファンになってくれる―。そのような結果を出すためには、「本物」を提供することが大前提になると思います。しかし実は、その前に、もっと重要なことがあります。
お客様に「本物」を理解していただき、支持をしていただくには、競合の多い市場の中で、自分たちの商品をどう位置づけ、どのような人たちにお客様になってもらいたいのかを明確にしておく必要があります。
つまりターゲティングです。ご存じのように、ターゲティングとは自分たちの商品・サービスをどんな人たちに買ってもらうか狙いを定めることです。実は、商品開発より先に大切なことは、悩んでいる人や買ってくれると思われる人がどれだけいる市場なのかを調べることです。つまり悩みや不満の多い市場をターゲットにすべきなのです。
いくら本物の商品だと自分たちが勝手に思ったとしても、売れなくては仕方ありません。ですから、ターゲティングとは、自分たちが決めるものではなく、顧客が決めるものなのです。
また、自分たちの商品にどんな特性を持たせるかという商品戦略も、ターゲティングに基づいて決まってきます。そうした顧客のターゲティング、商品戦略のスタートラインにあるのは、情報の収集に尽きるだろうと思います。
いくら「ハミガキ粉はこうあるべきだ」という思いが強くても、思い込みだけでは何も始まりません。また、漠然と「市場規模が大きいから」といった理由でターゲットを定めると、最初から大事なポイントを外すことになりかねません。お客様になってもらえる人たちを把握し、そのニーズを知るためには、当然ながら、まず情報が必要です。
徹底したアンケート調査で、消費者の悩みを発見する
そこで、私たちの場合も、顧客のターゲティングや商品開発はまず徹底したアンケート調査から始まりました。初めから「子ども用乳酸菌ハミガキ粉」ありきだったわけではないのです。
アンケートを行う目的は、お客様が本当に何を欲しているのか知ることにあります。言うまでもありませんが、アンケートの結果、大きなニーズの存在がわかり、そこにぴったり合う「本物」の商品・サービスが提供できれば、そのビジネスにはそれだけ勝算があると判断できます。
そうしたニーズを把握するためのアンケートは、通常、1回だけで十分な結果を得られるものではないでしょう。私たちも、「自分たちのお客様として一番期待できるのは子育て中のママたち」「乳酸菌ハミガキ粉なら売れる」と見定めるまでに、何度となくアンケートを繰り返しました。
アンケートを行って得られる回答は、自分たちの質問によって変わります。そこで、アンケートの結果をよく分析し、仮説を立てます。そして、次はその仮説を検証するための設問を立ててアンケートを行い、回答の背景や本質に迫っていくのです。
そのようにアンケートを繰り返した目的は、表面的な悩みではなく、その裏にある本当の悩みに迫ることでした。お客様の本質的な悩み、真の深い悩みに寄り添いたかったからです。真の深い悩みとは、ハミガキ粉に即して言えば、従来のハミガキ粉について、消費者が「しかたない」とあきらめていたようなことです。そうした悩みを発見することで、大手企業をはじめとするライバルにはない自分たちの独自性(オンリーワンの特長)を打ち出せる可能性が高まると思います。
私たちが行ったアンケートの内容は、徐々に、私が専門とする歯みがきの深い真の悩みをあぶり出していきました。そして、歯みがきや従来のハミガキ粉について、次のような問題点が洗い出されました。
・歯みがきは親子にとってスキンシップの機会なのに、歯みがき嫌いの子が多い
・ お母さんたちは、歯みがきタイムに子どもとのコミュニケーションを図りたがっている
・しかし現状は、歯みがきが「格闘タイム」になってしまっている
・子育て中のママさんたちの大きな悩みは「時間がない」こと
・うがいができない幼児に、従来のハミガキ粉は負担となっている
・ハミガキ粉に配合されているフッ素が健康に及ぼす影響を気にしている
・子どもが口にするものにいろんな化学物質が使われているのが心配である
こうして、私たちが開発すべき本物は、これまで存在しなかった「子どものための(そしてお母さんたちのための)ハミガキ粉」だとはっきりしました。同じハミガキ粉を開発・販売するにしても、子どもをターゲットにするのと高齢層をターゲットにするのとでは、まったく商品コンセプトは変わります。
例えば、高齢層に向けてアプローチするなら、同じハミガキ粉につける付加価値でも、口臭抑制や歯周病の予防・治療、さらに誤嚥性肺炎の予防などが考えられます。
今の世の中は少子高齢化社会であり、その傾向がますます進んでいます。しかも、高齢の人たちはお金を蓄えています。そこで、新たなビジネスを考える人たちも、その高齢者をターゲットにした商品・サービスを考える傾向が強いように思います。子どもをターゲットに定めた私たちの乳酸菌ハミガキ粉のケースは、そうした常識や大勢には逆行しています。
マーケットの規模を重視して考える経営者の方なら、「高齢層に狙いを定めたほうが、より多く売れるはずではないだろうか」と思うかもしれません。しかし、少子化の時代だからこそ、子どもが商品・サービスの有望なターゲットになるケースも少なくありません。
例えば、小学校への入学を控えたお子さんのいる家庭では、保護者たちが熱心に就学準備を進めます。その際、ご存じのように、高級ランドセルに毎年注文が殺到するような現象も起こっています。
では、大事なかわいい子のために、財布のひもをゆるめる人は誰か……というと、これは親に限らず祖父母だったりもするわけです。そのように、高齢化社会だから高齢者向けの商品開発が王道というわけではありませんし、ターゲットが高齢者だから高齢者向けの商品しか売れないというわけでもありません。
市場の特性も、やはり決めつけず柔軟に考えていったほうがよさそうです。それに、高齢人口が多く、その人たちが多くの資産を持っているからという理由だけで、シルバーマーケットに群がるのは、いかにも「志」がないように思えてしまいます。商品開発にしても、ターゲティングやその後のマーケティングに関しても、よい商品だからと言って、常にうまく売れていくものではありません。つい先入観念や数字にだまされ、袋小路に入ってしまいがちです。
そのようなときは、常識や業界の慣習にとらわれず、お客様の目線や立場に寄り添い、顧客の声を真摯に聞くと、正しい答えがでてくるように思います。
齊藤 欽也
歯科医師/ウィステリア製薬株式会社代表