今回は、長らく音信不通であった娘の死後、600万円の借金が発覚した「負債相続」の事例を見ていきます。※本連載では、司法書士法人ABC代表で司法書士の椎葉基史氏の著書、『身内が亡くなってからでは遅い 「相続放棄」が分かる本』(ポプラ社)から一部を抜粋し、さまざまな事例をもとに、「負債相続」の仕組みや解決方法、「相続放棄」の具体的な手続き等について解説します。

「音信不通」の娘と再会を果たしたが…

 事例  どうしても相続放棄ができない親心

 

さて、相続というと、亡くなった親から子供へ、というイメージが強いですが、逆のこともあり得ます。つまり、子供の財産を親が相続するケース。負債相続にももちろん、このケースがあります。

 

田中徹さん(56歳)、祥子さん(55歳)は、ひとり娘のあかねさん(25歳)を溺愛していました。ところが両親の期待と愛情が重荷だったのか、あかねさんは18歳の頃に家を飛び出してしまったそうです。

 

7年もの間、音信不通の状況が続いていましたが、念願の再会を果たした時、あかねさんは、精神的な病を抱えていました。再び一緒に暮らし、娘の病を癒してやりたい。そう考えたご両親がそのための準備を始めていた矢先に、あかねさんは自ら命を絶ってしまったのです。

 

最愛の娘を失った悲しみの中、田中さんご夫妻は、あかねさんが600万円ほどの借金を背負っていたことを知ります。田中さんご夫妻にとって、この600万円という借金は簡単に支払える額ではありませんでした。そもそも娘が遺した借金の返済義務は誰にあるのか、という疑問も持った田中さんご夫妻は私の元に相談にいらっしゃったのです。

 

結論から言うと、この場合、あかねさんの負債を相続するのはご両親です。

 

あかねさんは独身で配偶者がなく、第1順位の子供もいないので、第2順位のご両親が相続人となります。とはいえ幸い、相続が発生してから、つまりあかねさんが亡くなってから、まだ3カ月は経過していません。

 

しかも、あかねさんには貯金もなく、資産と呼べるようなものは残っていませんでしたので、私は田中さんご夫妻に相続放棄の手続きをとることを勧めました。同じく第2順位に当たる田中さんご夫妻のご両親はすでに他界されていましたし、あかねさんにはごきょうだいもいませんから、田中さんご夫妻が相続を放棄した時点で、あかねさんの借金は正当に帳消しになる可能性が高いからです。

 

ところが、後日お会いした田中さんご夫妻は、相続放棄はしないことにした、とおっしゃいます。その理由を尋ねると、「放棄」と言う言葉が、大切な娘を突き放すことを意味するような気がしてならず、娘が可哀想でならない、どうしても受け入れられないと言うのです。

 

もしかしたら、娘はこの借金に悩んで心を病み、命を絶ってしまったのかもしれない。だとしたら、せめてそれを自分たちで支払っていくことが、娘を救ってやれなかった自分たちに課された使命なのではないか──。

 

ご夫妻はそんなふうに考えていらっしゃいました。

 

とはいえ、田中さんご夫妻にとって、600万円もの借金を背負うことは、これからの人生を重い十字架を背負って生きることを意味します。私は何度も考え直すことを勧めましたが、ご夫妻の決意は固く、結局、相続放棄の手続きは見送ることになりました。

 

[図表]
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「疎遠・絶縁」状態でも相続を免れるわけではない

こうなると私にできることといえば、債権者との間に入り、無理のない返済計画を立てるお手伝いをすることだけです。

 

「たとえ時間はかかっても600万円の借金は完済します。それが私たちの罪滅ぼしです」というご夫妻の言葉に私は複雑な思いを抱かずにはいられませんでした。当然ながら相続というのは基本的に、親子間、親族間で起こるものですので、法だけで割り切れないことが多々あります。

 

それが愛情であることもあるし、逆に憎悪である場合もあります。そこでは様々な人間ドラマが繰り広げられていくのです。

 

良好な家族関係を保っていた家族の借金でさえ、気づかない方が多いのですから、ましてや音信不通となった家族の借金の存在など知る由もないでしょう。

 

疎遠であるから、絶縁状態であるからと言って、相続を免れるわけではありません。この田中さんのケースでは、娘の死後すぐにそれが発覚したので、相続放棄という選択肢が残されていましたが、被相続人が亡くなってからかなりの年月が経ったあとに負債の存在を知った、ということも珍しくなく、そうなると法的に相続放棄を例外的に裁判所に認めてもらうためには、過去の判例の考え方に従った一定の説明が必要となり、ハードルが高くなります。

 

実は、私の事務所に駆け込んでくる方の大半は、そのような事情で困難な状況に追い込まれた方々なのです。

身内が亡くなってからでは遅い 「相続放棄」が分かる本

身内が亡くなってからでは遅い 「相続放棄」が分かる本

椎葉 基史

ポプラ社

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