今回は、隠れた借金(債務)の存在に気づかなかったことにつき、一定のやむを得ない事情があれば期間内の3カ月が過ぎても相続放棄が受理される事例について見ていきます。※本連載では、司法書士法人ABC代表で司法書士の椎葉基史氏の著書、『身内が亡くなってからでは遅い 「相続放棄」が分かる本』(ポプラ社)から一部を抜粋し、さまざまな事例をもとに、「負債相続」の仕組みや解決方法、「相続放棄」の具体的な手続き等について解説します。

相続放棄できないタイミングで家族の負債を知る

 事例  父親の死から1年後に発覚した「相続の事実」

東城早苗さん(48歳)は、大学を卒業したあと、宮崎の実家を出て、大阪で生活をしていました。就職して数年の間は、年に2回ほど帰省していましたが、その後結婚して静岡に転居してからは実家と疎遠になり、さらに早苗さんが体調を崩してからは時折電話で会話をする程度の付き合いになっていたそうです。

 

早苗さんは小さい頃にお母さま(明美さん)を亡くしているので、実家には父山崎泰造さん(80歳)と弟の輝明さん(45歳)が暮らしていて、家のことや金銭面の管理は全て弟の輝明さんに任せていたと言います。

 

2015年の冬、早苗さんは、泰造さんが急死したことを輝明さんからの電話で知りました。すぐに実家に戻った早苗さんはもちろん葬儀にも参列されたそうですが、相続については輝明さんと特に話をすることはなかったそうです。

 

「慎ましい年金生活だったことは知っていたので、大した預貯金があるとはとても思えなかったですし、仮に多少あったとしても、全部弟が引き継げばいいと思っていました。父のことは弟に任せきりだったので、こんなに疎遠になっている自分がそこに口を出すのは申し訳なかったし、それが当たり前だと思いました。

 

多少なりとも父の財産があるのならば、それを弟に全て譲ることに異存はなかったのです。逆に借金があるかも、とは一切考えなかったです。小さい頃から、父は真面目で優しい人でしたから、借金をするというイメージは全くなかったので…。実は父が亡くなる15年ほど前に弟から家を建てるという連絡を受けていたのですが、弟が建てた家に父子で一緒に暮らしているのだと思い込んでいました」

 

早苗さんは当時のことをそう振り返ります。

 

ところがそれから1年後。早苗さんの元に、宮崎の某地方裁判所から「担保不動産競売開始決定」の通知が届きます。そこには故・泰造さんが、弟の輝明さんの連帯債務者であることも書かれていたそうです。

 

驚いた早苗さんが、すぐに司法書士事務所に相談し、不動産の登記簿を取得してもらって確認したところ、実家は、父泰造さんの名義になっていることがわかったのです。どうやら、泰造さんと輝明さんが共同で借り入れた住宅ローンの返済が滞り、担保に入っていた泰造さん名義の不動産が差し押さえられていたわけです。

 

担保に入れた不動産が競売にかけられると、ローンが全てなくなると思っている方が多いのですが、競売価格がローンの残額を下回るようであれば、当然ながら払いきれなかった債務はそのまま残り、相続人が法定相続分に応じて直接支払う義務が課されます。

 

ローンの残額は1800万円ほどあったため、債務が残る可能性は非常に高いと思われました。裁判所からの通知には、相続により債務者となった早苗さんには債権者からの請求があった、それにもかかわらず支払わなかった、という旨も書かれていましたが、早苗さんには請求を受けた覚えは全くないといいます。

 

そもそも早苗さんは、裁判所からの通知で初めて、泰造さん名義の不動産の存在や借り入れの事実を知り、しかもそれを自分が相続していることを知ったのですから、まさに寝耳に水という状況だったのでしょう。

 

もしも、このような不動産や借金の存在を知っていたら、当然相続放棄を選んでいたとこのタイミングでいくら主張しても、現実には、泰造さんが亡くなってからすでに1年が経過しています。

 

つまり、原則としてこの場合、相続放棄は認められないのです。

 

[図表]
[図表]

家庭裁判所に事情を話し「相続放棄」できる可能性も

このまま泣き寝入りをして、実家を競売にかけ、残りの借金を背負っていくしかないのか、と追い詰められた早苗さんは私の元に相談にいらっしゃいました。

 

相続放棄は、「自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内」に限定してその選択が認められるものです(民法915条1項)。すでにお話ししたように、「自己のために相続の開始があったことを知った時」とは、一般的には「被相続人死亡の事実を知った時」です。

 

ただ実は、プラスの財産もなく、かつ、隠れた借金(債務)の存在に気づかなかったことにつき、一定のやむを得ない事情があれば、「その負債の事実を知ったとき」から3カ月以内であれば相続放棄の申し立てを認めるという最高裁の判例があり、家庭裁判所もその基準を踏まえて例外的に審査してくれるのです。

 

つまりしっかりと事情を説明すれば、場合によっては「被相続人死亡の事実を知った時」ではなく「負債の存在に気づいた時」から3カ月以内であれば、判例に従って家庭裁判所に相続放棄の受理をしてもらえる可能性があるということなのです。

 

もちろん、通常は「被相続人死亡の事実を知った時」=「相続すべきものがあるという事実を知った時」だと判断されますから、死亡から3カ月以上が経過したのちに相続財産の存在を知った、という場合は、「やむを得ない事情があり、知る由がなかった」ことを家庭裁判所に認めてもらう必要があります

 

最高裁の判例は、幼少の頃の両親の離婚により、長年にわたり生き別れ状態にあった父親からの相続という、かなり特殊なケースだったため、それに比するくらいの特殊なケース以外、例外は認められないと考える法律家も多いのですが、私自身の経験では、家庭裁判所はかなり柔軟に受け入れてくれる印象があります。

 

早苗さんのケースでも、それまでの経緯を丁寧に説明したところ、「具体的に自分が相続人になったことを知った」のは、地方裁判所からの「担保不動産競売開始決定」の通知を受け取った時、と認定され、無事、相続放棄を認めてもらうことができました。

 

疎遠になっていた妹が亡くなって2年が経過したのちに、その妹が多額の借金を抱えていた事実が発覚して、慌てて私の事務所に駆け込んで来た方もいらっしゃいます。

 

その方の場合も、「負債があるという事実を知った時」からは3カ月が経過しておらず、その妹とは30年以上交流がなかったという事情を考慮してもらうことができましたので、無事相続放棄は認められました。

身内が亡くなってからでは遅い 「相続放棄」が分かる本

身内が亡くなってからでは遅い 「相続放棄」が分かる本

椎葉 基史

ポプラ社

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