※本連載では、司法書士法人ABC代表で司法書士の椎葉基史氏の著書、『身内が亡くなってからでは遅い 「相続放棄」が分かる本』(ポプラ社)から一部を抜粋し、さまざまな事例をもとに、「負債相続」の仕組みや解決方法、「相続放棄」の具体的な手続き等について解説します。

「放棄」したはずの借金がまた降りかかってきた⁉

 事例  切りたくても切れない親子関係

 

東京都に住む木山夏子さん(45歳)は、17歳の娘、恭子さんを育てるシングルマザーです。元夫とは15年前に離婚しており、その後全く交流を持っていません。娘さんも父親の顔を覚えていないそうです。

 

ところが3年前のある日、木山さんは、債権者からの連絡で元夫が800万円の借金を残して死亡していたことを知らされます。そして、その借金を当時14歳の恭子さんが相続しており、返済義務があると言うのです。

 

亡くなったことすら知らないくらい疎遠になっている上、そもそも離婚で縁は切れているはず。それなのになぜ?と言う怒りと不安を抱え、木山さんは疲れ果てた表情で私の事務所にいらっしゃいました。自分であればまだしも、まだ未成年である恭子さんが巻き込まれてしまっているという心労でこの数日ほとんど寝ていないのだそうです。

 

離婚というのは、法律上の婚姻関係の解消です。つまり、木山さんと元夫の関係は、法律上も完全に切れていると言っていいでしょう。

 

ところが親子の縁というのは、親同士の離婚とは無関係です。

 

あくまで、血縁関係がある以上、両親が離婚して片方の親に引き取られても、もう一方の親との法的な親子関係は解消されないのです。

 

たとえ、顔も覚えていないような相手であっても、恭子さんは、法律上は、元夫の娘でもある、というわけなのです。

 

もちろん、木山さんは、恭子さんの親権者として、すぐさま相続放棄の手続きをとりました。それによって無事、借金の返済義務から逃れることができたのです。

 

ところがそれから3年後、木山さんはまた同じ債権者から借金返済を求める文書を受け取ります。

 

一体何が起こったのでしょうか。

 

実は、木山さんの娘さんが相続放棄をしたあと、木山さんの元夫の借金を、元夫の母親、つまり、恭子さんにとっては祖母に当たる人物が相続していました。そして、その祖母が亡くなり、恭子さんが再び相続人として浮上してしまった、というわけなのです。

 

これは、「代襲相続」と呼ばれるもの。被相続人の子が、被相続人より先に死亡していた場合、その子供が第1順位の立場を代襲する、という規定によるものです(民法887条2項)。

 

本来であれば、祖母の相続人となる恭子さんの父親がすでに死亡しているため、その子供に当たる恭子さんが相続人になってしまったのです。

 

このケースの場合、借金はもともと恭子さんの「父親」のものでしたが、恭子さんが放棄した相続によって、一旦祖母に移りました。

 

ところがその祖母が亡くなったことで再び相続が発生し、恭子さんが、亡き父親に代わる代襲相続人になったのです。

 

[図表]
[図表]

放棄したはずの借金がまた降りかかってきたことに、木山さんは納得がいかない様子でしたが、相続というのは誰かが亡くなるたびに生じることですので、致し方ありません。

 

ただ、もちろんこの相続も放棄をすることは可能です。

 

木山さんは改めて相続放棄の手続きを行い、今度こそやっと元夫の借金から娘を守ることができたのです。

「消息不明の父親」の莫大な負債を相続する義務も…

木山さんのケースでは、元夫も木山さんも再婚はしていませんでしたが、仮にどちらかが再婚をしていたとしても、親子の縁は切れない、という状況は変わりません。

 

つまり、仮に木山さんの元夫が再婚し、新たに子供ももうけていたとしても、恭子さんも再婚相手の子供と同様に法定相続人になります。もちろん、それはプラスの財産の場合にも適用されます。

 

さらに木山さんが再婚し、恭子さんに養子縁組により法律上の父親が新たに加わった場合には、恭子さんはいずれ、この父親の相続人にもなることになるということです。

 

実はかつて、このようなケースもありました。

 

久米宗介さん(25歳)は父親の激しい家庭内暴力によって、不幸な幼少期を送りました。

 

耐え切れなくなった母親は宗介さんが7歳の頃に自ら命を絶ち、保護された宗介さんはその後児童養護施設で育ちます。

 

宗介さんの父親は消息不明になり、宗介さんの前に姿を現すことは一度もなかったと言います。

 

そのような自らの生い立ちに負けず努力を続け、独り立ちを果たした宗介さんの元に、莫大な借金の返済を求める文書が届きます。

 

それは、幼い頃自分を苦しめ続けた父親が遺した借金だったのです。宗介さんは、なんの財産も相続していないわけですし、家庭裁判所に申し立てをすれば、当然相続放棄が認められる案件ではあるでしょう。

 

ただ、法律上は、負債を相続する義務を負うのは宗介さんなのです。

 

一般的な感覚では疑問を持たずにはいられない事実だとは思うのですが、法というのは、時にこのような理不尽さを露呈してしまうのです。

身内が亡くなってからでは遅い 「相続放棄」が分かる本

身内が亡くなってからでは遅い 「相続放棄」が分かる本

椎葉 基史

ポプラ社

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