※本連載では、司法書士法人ABC代表で司法書士の椎葉基史氏の著書、『身内が亡くなってからでは遅い 「相続放棄」が分かる本』(ポプラ社)から一部を抜粋し、さまざまな事例をもとに、「負債相続」の仕組みや解決方法、「相続放棄」の具体的な手続き等について解説します。

連帯保証人の立場が相続され、支払いの義務が…

 事例  連帯保証人の立場も相続放棄はできるが・・・

 

岡本恭平さん(30歳)の元にある日突然、銀行から300万円の請求書が届きました。

 

全く身に覚えがなく、最初は詐欺にでもあったのかと思っていたそうです。ところが、同様の請求書が母・美智子さん(56歳)や弟の隆一さん(28歳)にも届いているというのです。美智子さんには600万円、隆一さんには恭平さんと同じ300万円の請求でした。

 

その時点で私の事務所に相談にいらしたのですが、よくよく調べてみると、どうやら、恭平さんの叔父にあたる岡本高広さん(52歳)が最近自己破産していることが判明しました。

 

そしてその借金の連帯保証人の中に、恭平さんの父・幸一さんが入っていることがわかったのです。

 

幸一さんは高広さんの唯一の兄にあたるのですが、2年前にすでに他界されています。

 

つまり、幸一さんの連帯保証人の立場が相続され、美智子さん、恭平さん、隆一さんに支払いの義務が生じていたのです。

 

実は幸一さんが亡くなった時、岡本さん一家は、家族間で「遺産分割協議書」という書類のやり取りをして、自宅を美智子さんが相続することを取り決めていました。

 

その際、恭平さんや隆一さんは一切何も受け取っていません。

 

結論から言うと、このケースでは、恭平さんと隆一さんは、幸一さんが高広さんの連帯保証人であったことを知るすべがなかったことが家庭裁判所において認められ、このタイミングでの相続放棄の申し立てが認められました。

 

ただ、残念ながら自宅を相続していた美智子さんにはそれが認められず、他の法定相続人は存在しないので、結局、全ての借金を美智子さんが背負うことになってしまったのです。

 

[図表1]
[図表1]

もしも、幸一さんが亡くなった時に、幸一さんが連帯保証人になっている事実がわかっていれば、美智子さんにも自宅を犠牲にしても相続放棄をするという選択肢が検討できたはずです。

 

それを悔やんだところで、もう手立てはなく、払えるだけの金額を毎月コツコツと返済していくしかありません。

 

その立場が相続されることを知らずに、自分だけの判断で連帯保証人になってしまう方が多いように感じますが、どこかできちんと解消しておかない限り、その立場は自分の家族に引き継がれてしまうことをしっかり認識しておくべきだと思います。

正式に「相続放棄」の手続きをしているか?

 事例  遺産分割協議だけでは相続放棄にならない

 

前出の岡本さんご兄弟の場合は、「相続時に一切何も受け取っていない」ということが考慮され、無事相続放棄が認められました。

 

ただ、「遺産分割協議書」というのは、共同で相続した相続財産を具体的にどのように相続人間で分けるかを文書にしたもの。相続した資産の名義変更や解約等で必要とされるもので、「相続放棄」とは全く意味合いが違います。

 

遺言と同様に家族間の取り決めのようなものですから、たとえ、実際には何も受け取っていなくても、相続を放棄したことを法的に証明するものではありません。

 

「遺産分割協議書」のやり取りは、書類の提出だけで済むので多くの方が選択されるやり方ですが、実際には何も受け取らなかったとしても、相続放棄の効力を発揮するものではありませんから、負債は法定相続分に応じて各相続人が引き継ぐことになります。

 

もし、遺産分割協議を利用した上で、負債を引き継ぎたくない、という場合は、それを債権者に承諾してもらう必要があるのですが、必ず承諾がもらえるわけではありませんのでご注意ください。したがって、いくら簡単だからといって安易にそれを選択することはあまりお勧めできません。

 

ただ、法律の専門家の中には、遺産分割協議書があたかも相続放棄と同じ効力を持つものであるかのように相続人に説明しているケースがあり、それによるトラブルも実際に発生しています。

 

高知で生まれた高橋敦子さん(35歳)は、アルコールに溺れ、家を出た父・達雄さんが70歳で亡くなった時、達雄さんの相続には関わりたくないと家族に申し出ました。

 

「晩年ほとんど交流も持たなかった父ともう関わりたくないという気持ちが強かった」と敦子さんは話します。

 

とはいえ、その時は、達雄さんに財産はもちろん、負債も当然ないと思っていたそうです。

 

誰からも達雄さんの借金の話は聞かなかったし、精神的に不安定だった父にお金を貸す人などいないだろうと敦子さんは思い込んでいたのです。

 

それから数年がたったある日、敦子さんは、母・八重子さん(65歳)から自宅の名義変更の手続きをするために、司法書士の先生が作った書類にサインをしてほしいと頼まれました。

 

聞けば自宅の名義はまだ達雄さんの名義になっており、八重子さんに名義変更する必要があるとのこと。敦子さんは、てっきり父が家を出た当時に母の名義に変えていると思っていたため、それは全く予想外のことだったといいます。

 

とは言え「書類さえ出せばもうあなたはお父さんとは関係なくなると司法書士の先生に言われているから」と八重子さんに促され、これは相続放棄の手続きなのだと思い込んだ敦子さんは、これで完全に縁が切れると安心してそれに応じたのです。

 

ところが、それから2年後、敦子さんは、高知の信用保証協会から通知を受け取ります。

 

そこには、敦子さんが、母八重子さんと共に、達雄さんの負債を相続していることが書かれていました。「相続放棄したはずなのになぜ?」と途方にくれ、敦子さんは私の事務所にいらっしゃったのです。

 

話を聞くと、敦子さんは、司法書士から言われた書類にサインはしたものの、家庭裁判所での手続きは一切していないと言います。

 

となると、原因は明らかです。

 

そう、敦子さんがサインしたのは、あくまでも「遺産分割協議書」であり、希望していた相続放棄の手続きは一切行われていなかったのです。

 

[図表2]
[図表2]

このケースでは、遺産分割協議と相続放棄の錯誤が家庭裁判所によって認められ、敦子さんについては改めて相続放棄の申し立てをすることができました。

 

ただ、そもそも最初からきちんと相続放棄の手続きをしていれば、無駄な苦労をすることはなかったはずです。

 

司法書士という法律の専門家が遺産分割協議書と相続放棄の錯誤をするとは思えませんが、「遺産分割協議書で済ませようとした」可能性は高いかもしれません。法律の専門家に任せておけば安心とは必ずしも言えないことは、このようなトラブルが散見されることがよく示しているように思います。

身内が亡くなってからでは遅い 「相続放棄」が分かる本

身内が亡くなってからでは遅い 「相続放棄」が分かる本

椎葉 基史

ポプラ社

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