相続放棄の必須条件は「資産受取が一切ない」こと
事例 200万円を相続した3年後に1億の借金の請求が⁉
被相続人の死後3カ月以上が経過してから借金の存在が明らかになったとしても、家庭裁判所を納得させられる正当な事情があれば、それが発覚して3カ月以内なら相続放棄ができる可能性は高いと言えます。
ただし、それは、相続人が、被相続人の資産をそれまでに一切受け取っていない場合のみです。
たとえ、「負債の存在は知る由がなかった」としても、不動産なり、預貯金なり、何かしらを相続する手続きをすでに済ませていた場合は、たとえ後から多額の負債の存在が発覚したとしても相続放棄を認めてもらうのは非常に難しくなります。
山下翔子さん(48歳)の父、富田康夫さん(83歳)が亡くなったのは、翔子さんの兄である長男の弘さん(52歳)が、康夫さんが社長を務めていた会社を継承する直前でした。
十分な準備はできていなかったものの、故人の希望でもあったことから、会社は予定通り弘さんが引き継ぐことになったのですが、その弘さんは、会社を安定して存続させるためにも、不動産や預貯金などの財産の全てを自分に相続させてほしいとほかのきょうだいに申し出ました。
つまり、翔子さんと、康夫さんの次男である翔子さんの弟敏弘さん(46歳)に「財産放棄をしてほしい」と持ちかけたのです。ただ、翔子さんも敏弘さんもこの申し出には不服でした。
弘さんが会社を継ぐことに異論はないものの、だからと言って、自分たちが一銭も相続できないということに納得がいかなかったのです。
きょうだい間での話し合いは平行線を辿りましたが、結果的には会社の顧問税理士からアドバイスを受けた弘さんが折れる形で、翔子さんと敏弘さんも、それぞれ200万円を相続することで決着しました。
それ以外の財産の全てを引き継ぐことになった弘さんは、会社のことできょうだいには今後一切迷惑はかけない、とはっきり言っていたので、翔子さんも敏弘さんも安心し、この結果にとりあえず納得していたそうです。
資産と同様に相続される「連帯保証人の立場」
ところが、それから3年後。
翔子さんと敏弘さんの元に、金融機関からの請求書が届きます。それぞれへの請求額はなんと1億円。あまりの金額の大きさに驚いた翔子さんと敏弘さんが弘さんを問い詰めると、会社が経営不振に陥って3億円の負債を抱えて倒産、しかもその返済の目処が立たないというのです。
確かに現金200万円は受け取ったものの、会社とは無関係のはず。しかも、弘さんの保証人になったわけでもないのに、なぜこんなに多額の請求が自分たちのところに回って来たのか、翔子さんや敏弘さんは全くわけがわからない、という状況で、私の事務所をたずねていらっしゃいました。
その原因はすぐに判明します。
実は、亡くなった父康夫さんが会社の借り入れの連帯保証人になっていたのです。連帯保証人の立場も資産と同様に相続されます。つまり、法定相続人への相続対象になるのです。
康夫さんの配偶者、つまり、弘さん、翔子さん、敏弘さんのお母さまはすでに他界されていて、しかも、誰一人相続放棄はしていないので、3人の子が1/3ずつ相続することが自動的に決まってしまったというわけなのです。
翔子さんも敏弘さんも、康夫さんが会社の連帯保証人になっている事実は全く知らなかったと言います。会社の経営にはノータッチだったとのことですし、それは致し方ないことだったのでしょう。
ただ、結論から言うと、このケースでは、相続放棄の申し立てを認めてもらうことができませんでした。
それは、康夫さんの死後から3年という年月が過ぎていたから、が理由ではありません。では、何が理由なのか。それは、翔子さんと敏弘さんが200万円を相続する手続きをすでに済ませていたからです。
つまり、何かを相続している時点で、「単純承認」を“積極的に”選択したと判断されます。
何も手続きをせず3カ月が経過して自動的に単純承認だとみなされた場合とは雲泥の差が生じ、その時点では負債の存在を知りえなかったといくら主張しても、一度選択した単純承認を覆すことはほぼ不可能なのです。
被相続人が会社の連帯保証人に入っていないか確認する
繰り返しますが、被相続人が誰かの(あるいは法人の)借金の連帯保証人になっていた場合、その立場も相続の対象になります。
つまり、主債務者がなんらかの理由で借金の返済ができなくなった場合は、「連帯保証人の相続人」に返済の義務が生じるのです。
連帯保証人の立場、というのは目に見える借金ではないので、自分がそれを相続していたことはもちろん、そもそも、被相続人が誰かの(あるいは法人の)連帯保証人になっていた事実さえ知らなかったという人は珍しくありません。
そんな人のもとに、ある日突然、全く知らない赤の他人の借金の返済を求める請求書が届けば、パニックになるのは当然でしょう。
そもそも被相続人自身が、自分が連帯保証人になっていたことをすっかり忘れていたと思われるケースもあるほどですから、相続に際しては、被相続人が誰かの(あるいは法人の)連帯保証人になっている形跡がないかをしっかり確認しておくことは非常に重要だと言えるでしょう。
中小企業の場合、経営者が法人の連帯保証人として入っているケースがほとんどですので、親族の中に会社の経営者がいる場合は特に注意が必要です。
会社経営をしていた親が死去し、その会社が他人に引き継がれる時には、被相続人がその会社の連帯保証人として入っていないかをきちんと確認し、もしも入っているようであれば、別の保証人を立ててもらうなどして、きっちりとそれを解消することを忘れてはいけません。
それを怠ってしまうと、たとえ経営者が別の人になっても、連帯保証人の立場は自動的に法定相続人が相続することになりますから、万一、会社が倒産した場合、相続人に多額の返済義務が生じることになってしまいます。