※本連載では、司法書士法人ABC代表で司法書士の椎葉基史氏の著書、『身内が亡くなってからでは遅い 「相続放棄」が分かる本』(ポプラ社)から一部を抜粋し、さまざまな事例をもとに、「負債相続」の仕組みや解決方法、「相続放棄」の具体的な手続き等について解説します。

自宅の名義を妻に変更するのは「贈与」にあたる

 事例  余命宣告を受けた一家の主の切ない願いは・・・

 

大阪に住む岡田義昭さん(58歳)は、末期の肝臓がんを患い余命2年を宣告されました。

 

義昭さんには事業の失敗やその後のギャンブルで抱えた借金が2000万円ほどあり、ずっと家族に言えないまま隠し続けてきたそうです。その借金を家族に遺してしまうことに大きな罪悪感を抱き、余命宣告をきっかけに家族に打ち明けられたということでした。

 

そして家族と共に私のところに相談にいらっしゃったのです。

 

もちろん義昭さんの死後3カ月以内に、法定相続人となる妻の貴子さん(57歳)とひとり娘の由香里さん(25歳、家族と同居)が揃って相続放棄をすれば、借金の支払い義務はなくなります。

 

ただしそれは、同時に預貯金(200万円)や不動産(自宅)の相続も放棄することを意味します。

 

義昭さんは、自宅や、わずかにある預貯金は貴子さんや由香里さんに遺してあげたい、と切実に訴えていらっしゃいました。義昭さんは自分が生きているうちに自宅の名義を貴子さんの名義に変更し、その上で2人が相続放棄をすれば良いのではないかと考えていたようです。

 

けれどもそれはただの贈与にあたりますので、いわゆる財産隠しとなり、法的な問題が生じる可能性が大きくなります。

 

そこで、私は以下の方法をご提案しました。

 

1.由香里さんがお父さんから家を購入するという形で名義を変える

 

2.義昭さんの預貯金や受け取った売買代金は、その後の医療費に充てるほか、それで生命保険を組んで家族に遺すことを検討する

 

3.義昭さんが亡くなって相続が発生したら、ただちに貴子さん、由香里さんはもちろん、第2順位、第3順位に至るまでの全相続人が相続放棄する

 

4.義昭さんの死後、貴子さんと由香里さんには、義昭さんが遺した生命保険金を受け取ってもらう

 

[図表]
[図表]

相続放棄しても「死亡保険金」は受け取り可能

由香里さんが義昭さんから家を購入するという形にすれば、贈与のように単純に義昭さんから財産が流出してしまう状況を回避できるため、違法性を極力おさえて、名義を由香里さんに移すことができます。

 

もちろん売買代金は義昭さんにきちんと支払います。自宅の価値は幸い1000万円ほどでしたので、由香里さんがローンを組むことで無事購入することができました。

 

また、余命宣告を受けているのに加入できる保険などないのではないか、と義昭さんは心配されていましたが、保険のプロに相談したところ、義昭さんの状況でも加入可能な無選択型の生命保険があることがわかりました。

 

そこで、預貯金や受け取った売買代金に関しては、貴子さんと由香里さんを受取人とする保険金の支払いに充ててもらったのです。

 

ご相談にいらっしゃった時は、余命宣言を受けていることが信じられないほどお元気だった義昭さんですが、1年がすぎた頃に急激に体調が悪化し、そのまま帰らぬ人になってしまいました。

 

ご家族の悲しみを思うと胸が締め付けられる思いでしたが、お約束通り、相続放棄の手続きを速やかに行い、2000万円の借金の支払い義務から貴子さんや由香里さんを逃れさせることができました。

 

一方、義昭さんが遺した死亡保険金のほうは無事、貴子さんと由香里さんに支払われています。詳しくは本書(『身内が亡くなってからでは遅い 「相続放棄」が分かる本』ポプラ社)第4章でも説明しますが、死亡保険金というのは遺族固有の権利として、相続とは別に受け取れる財産ですので、たとえ、相続放棄したとしても問題なく受け取ることが可能なのです。

 

もちろん不動産に関しては、すでに由香里さんの名義に変更されているので、現在もそのまま所有されています。

身内が亡くなってからでは遅い 「相続放棄」が分かる本

身内が亡くなってからでは遅い 「相続放棄」が分かる本

椎葉 基史

ポプラ社

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