経済成長の鈍化に、予想より早めの対策を講じたECB
ECBは、7日の理事会で、銀行向けに貸出条件付き長期資金供給 (TLTRO3)を実施することを決定し発表した。市場では、TLTRO3が議論の俎上にあがることは予想していたが、実施時期は今回の理事会では詰め切れないと踏んでいた。再び量的な緩和に舵を切ることは、ECB内のタカ派を中心に相当な抵抗はあったと推測されたからである。しかし、ECBは今年1月以降取りやめたTLTROの返済期限よりも前に、TLTRO3の実施を発表してきたのである。
ECBはもう2つ重要な発表をした。景気見通しの下方修正と金利のフォワードガイダンスの修正とである。ドラギECB総裁は前回理事会から既に、経済成長に関するリスクが「下方に傾いた」と述べてきたが、今回の理事会ではECBとして、2019年のユーロ圏成長率見通しをこれまでの1.7%から一気に1.1%にまで引き下げた。そして、政策金利については「少なくとも今年夏ごろまで現状水準にとどめる方針」としていた前回理事会までの見通しから、過去最低の主要政策金利がより長期間続くとの見方に変更したのである。
2018年は、金融緩和政策からの出口戦略を模索することにとても前向きだったECBは、2019年1月から念願かなって、資産買い入れプログラムを終了させた。しかし、それを打ち切ってから1ヵ月もしないうちに、経済成長鈍化を示唆する指標を次々と目の当たりにしてきた。予想を下回る経済指標が続き、早めの対策を講じる危機感を強めたのだろう。(参考: 【第86回】ユーロ圏経済に暗雲…牽引してきたドイツにも景気後退の兆し2019.1.26)
ドイツ経済は最悪の場合、リセッションの可能性も
背景には、ユーロ圏経済の牽引役であったドイツ経済の変調ぶりが著しいことがある。ドイツ経済は、2017年まではユーロ圏経済を引っ張る形で、順調に成長を続けてきたが、2018年半ばからは、一転して、不調に陥っている。これは、米国との通商摩擦がエスカレートする不透明感が、世界貿易の伸びを抑制したことが原因だ。そして、ドイツ政府は、2019年のGDP成長率見通しを2018年の実績1.4%から1.0%に減速すると予測している。先行きの見通しは大変厳しいものがある。
ドイツ連邦統計局によれば、ドイツの国内総生産(GDP)の約半分は輸出が占めている。輸出品目別でみれば、自動車が年間2300億ユーロにも上る輸出品である。2018年、その最大の輸出先は米国で、金額ベースでみると272億ユーロだった。第2位は中国で247億ユーロ、第3位は英国で225億ユーロと続く。
最大のお得意様である米国のトランプ米大統領は、巨額の貿易黒字を持つドイツも繰り返し非難しており、米国とEUは、通商協議を続けている。そして、米中通商協議と同様に、合意に達することができなければ、欧州車に関税を掛けると圧力をかけている点は一貫している。米商務省は、2月にトランプ大統領に宛てた報告書を提出しており、ドイツ製の自動車や自動車部品を米国の国家安全保障に対する脅威とみなして、関税を含む対抗措置を講じるかどうかを90日以内に判断することになっている。具体的には5月中旬が期限となる。
そして、3番目に大きな市場である英国は、EUからの離脱を巡って合意案の成立に迷走している。万が一、英国がEUと何らの合意もなく、EUを離脱することになれば、ドイツを含むEU各国と英国とは、世界貿易機関(WTO)ルールを適用しあう、完全な第三国として関税を掛け合うことになるだろう。そうなると、英国のドイツ製の自動車や自動車部品に対する輸入関税は約10%に上昇する。これはドイツの輸出量・金額を減らすことになるだろう。
前述のドイツ経済の見通しについては、貿易摩擦の激化や合意なきブレクジットのインパクトは想定されていない。それが現実のものとなった場合には、2019年のドイツ経済の成長率は、予想の1.0%よりも下押しされる可能性が大きくなる。ドイツ経済が停滞、あるいはリセッション(景気後退)にまで落ち込むことになれば、これはユーロ圏全体の経済停滞につながることは避けられない。
8日の外国為替市場では、1ユーロ=1.12米ドルを下回るところまでユーロが下落した。これは2017年6月以来の安値である。筆者は、従前より、この水準を下回って、ユーロが下落することを予想してきたが、下値不安は大きい。1.10ドルを下回って2017年1月以来の1.04ドルすら視野に入る展開を危惧している。
長谷川 建一
Nippon Wealth Limited, a Restricted Licence Bank(NWB/日本ウェルス) CIO