AI…熾烈な開発競争を繰り広げる米国と中国
これまでさまざまなアプローチでAIの開発が試みられてきた。少しでも技術が進歩すると過剰なブームになり、ブームが終わると冬の時代を迎えた。ディープラーニングの登場によって、またブームがきたことは連載第4回(関連記事『日本が遅れをとるITビジネス「第4の波」…主役となる技術は?』)で語ったとおりである。
ディープラーニングのブレイクスルーはAIが猫を識別することで始まった。有名な「グーグルの猫」である。グーグルは傘下のユーチューブの動画サイトに上がっている猫の動画を1週間にわたって解析させることでAIに学習させ、猫を識別できるようにしたのだ。膨大なデータを使って学習をすることで、AIは猫の特徴量を自動的に獲得した。
ディープラーニングの精度を上げるには、教材となるビッグデータを用意する必要があることがわかる。猫の画像データを膨大に持ち得たのは、スマートフォンの普及とビッグデータの関係を思い出せば、莫大な動画が投稿されるユーチューブを傘下におさめ、世界最大のポータルサイトを運営するグーグルだからこそといえる。
グーグルと同じだけの猫の画像データを持ちうることは、おそらくどんな企業にも研究機関にも不可能なことだ。
「グーグルの猫」の数年前に、グーグルの研究者はすでに、1兆の乱雑なデータで行う機械学習なら、100万の整理されたデータで行う機械学習では機能しない作業を可能にすると発表している。100万の整理されたデータで無理なら、1兆の乱雑なデータでも同じと考えるのが普通だが、そうではなかった。ともかくビッグデータはかき集められるだけかき集められれば、それだけディープラーニングを進化させる資源になるということだ。
AIが猫を識別できる眼を手に入れたことは、生物が爆発的な進化を果たしたカンブリア期に例える人がいるほど、大きな進化だった。
AIが眼を手に入れた次の段階としては、たとえば圧力センサーをつければ本物の猫か、あるいは置物の猫かを、触角で判別できるようになるかもしれない。それが言語の判別、人が物を動かすなどの行動の判別とレベルアップしていけば、かなり人間の行動に近づくだろう。生物の進化に例えたくなる気持ちもよくわかる。
しかし、日本のAI研究の第一人者である松尾豊氏がいうように「人工知能が発展すると、人間と同じような概念を持ち、人間と同じような思考をし、人間と同じような自我や欲望を持つと考えられがちだが、実際はそうではない※注1」だろう。
※注1:『人工知能は人間を超えるかディープラーニングの先にあるもの』(角川EPUB選書)
今の段階では私も同様に考えている。AIが創造性や感情まで手に入れるところまでおそらくたどりつけない。相手を愛せる、答えのないことに答えを出せるといった、真に人間らしい知能をつくるにはさらなるブレイクスルーが必要だからだ。
とはいえ私はエンジニアでありながら、経営者でもある。感情や創造性にまで到達しなくとも、AI開発で培った技術力を活かせるビジネスシーンには、大きな可能性を感じる。ディープラーニングであれば、運転の補助や、通訳・翻訳、農業の自動化などに応用できそうだ。私が心血を注いでいる囲碁AIであれば、モンテカルロ木探索などのシミュレーションの正確さを、観光地の人間の行動パターンに応用して、自治体などに何らかの提案ができるかもしれない。
すでにAIがビジネスに使われている例も多くある。
みずほ銀行は、IBMが開発したAI「ワトソン(Watson)」を、コールセンターに導入している。ワトソンは2011年、アメリカの有名なクイズ番組「ジェパディ!」で、クイズ王に勝利したことで有名になった質疑応答システムのAIだ。ワトソンは、ディープラーニングを導入したAIではないが、ビジネス化は早かった。
みずほ銀行では、このワトソンが顧客とオペレーターの会話のなかからキーワードを見つけ出し、そのキーワードをもとにマニュアルに書かれた顧客への回答候補を選ぶといった業務を担っている。オペレーターはワトソンが提示した回答候補を見ながら顧客対応をする。
従来はオペレーターが分厚いマニュアルをめくって回答を探していた。その手間がなくなったことで、通話時間が短縮され、オペレーターの育成期間も短くなった。
ビジネスへの活用に向けて、AI開発に積極的な投資を行っているのは中国といわれている。アメリカの調査会社CBインサイツが発表したレポートによれば、2017年、中国のベンチャー企業が、世界のAI投資総額のうちの48%を占めたとある。
対してアメリカは38%で、中国AIベンチャーが、投資総額で米国ベンチャーを上回ったのは初めてのことらしい。統計に日本の数値は出ていないが、可能性があるとすればその他の国13%の一部といったところだろう。
特許件数についても見ておくと、ディープラーニングに関する特許は中国が652件で、アメリカが101件。AIに関する特許件数は中国が641、アメリカが130だ。アメリカは特許取得前に技術を公開する戦略をとっており、実態ではそこまで差がないにしても、中国の存在感が増していることは間違いない。
もし、PCを動かす分くらいに使える汎用性の高いAIが完成したとしたら、AIマシンが一斉に社会に広がる様子が容易に思い描ける。それがデファクトスタンダードになってしまったら市場を奪い返すのは無理なことだろう。
ブロックチェーン…データセキュリティの要
ブロックチェーンとは、電子情報を記録するための新しい仕組みのことだ。
ブロックチェーンという技術を利用した通貨の一つがビットコインである。ビットコインの投機熱が高まりすぎて、ブロックチェーンまで怪しいというイメージがつきつつあるがそれは間違いだ。ビットコインはブロックチェーンを活用した一例にすぎない。
ここでは経済学者の野口悠紀雄氏の著書※注2を参考にしながら解説する
※注2:『入門ビットコインとブロックチェーン』(PHPビジネス新書)
ネットワーク上で何らかの電子情報を取引する際、従来のシステムでは、大きな中央サーバにある記録台帳に取引情報を書き込んでいた。そのためには大規模なサーバも必要だし、その膨大な取引を管理者が一人で管理しなければならない。サーバへの攻撃や、事故への対処もしないといけないので、莫大な維持費がかかる。これを中央集権型のシステムという。
野口氏の例えを借りれば、中央サーバは一人の王様が全国民の取引記録を台帳に記録・管理していると思うとわかりやすい。王様の負担たるや大変なもので、もし王様に何かあったり、台帳が破れたりしたら取り返しがつかない。
一方でブロックチェーンでは、ネットワーク参加者の全員で公開された記録台帳に取引を書き込んで管理する。個々のPCのネットワークによって管理するので、巨大な中央サーバはいらない。だから中央サーバを維持するための多額の管理費もいらない。圧倒的に安価なシステムなのだ。
イメージとしては、複数の人が台帳を持って取引があると、その取引情報を各々の台帳に書き込むような感じだ。台帳を分散させるという意味から、これを分散型台帳という。たとえ台帳を持つひとりが行方不明になったとしても、他の人が同じ台帳を持っているのだから問題はない。
台帳を持つ人が自分の台帳に取引を書き込む際は、その様子を、台帳を持たない大勢の人々が確認する。これを「プルーフオブワーク(PoW)」という。大勢の人が確認することで、取引の信頼が担保されるわけである。これがブロックチェーンの最大の特徴といえる。
ブロックチェーンは、金融に関するテクノロジーとして話題の「フィンテック(Fintech)」においても注目されている。フィンテックのサービスの一つとされるのが仮想通貨だ。ただしブロックチェーンは仮想通貨だけでなく、さまざまなデジタルデータの取引に応用できる。
たとえば土地の権利証明が第三者による公証なしでも可能になる。個人の取引データを個別に証明する技術だから、代替貨幣(トークン)などへの応用も考えられている。ブロックチェーンが個々の信用を担保し、国や銀行などを通さなくてもモノやデータの交換が安心してできるようになる。
インターネットが定着したころから世界に流通するデータ量は増えはじめ、さらにスマートフォンが普及したことでその量は爆発的に増加した。そのほとんどは個人情報やそれに類するものだ。データセキュリティが大きな課題であるのはいうまでもない。そこで有効な技術になるのはブロックチェーンだろう。
ビッグデータが資源であるとすれば、その資源の安全な管理も重要な課題になることが想像できる。また逆の視点でいえば、ブロックチェーンのような技術でセキュリティを強化できなければ、ビッグデータという資源を確保することは難しくなる。現在のインターネット環境では共有にリスクがあるような、より個人的で重要なデータであっても、ブロックチェーンによって共有が可能になっていくからだ。
IoT…重要性が増すビッグデータの収集装置
IoT(モノのインターネット)とは、あらゆるモノがインターネットにつながり通信する仕組みである。最近では、モノ自体をある程度の情報処理を行うエッジコンピューティングの端末とする考えにまで発展している。
国産OSであるTRON(トロン)を開発し、IoTに先行したコンセプトである「ユビキタス」以前から、こうした研究を30年続けてきた坂村健氏は、「コンピュータの組み込まれたモノ同士がオープンに連携できるネットワークであり、その連携により社会や生活を支援する※注3」のがIoTの真価だと述べている。
※注3:『IoTとは何か技術革新から社会革新へ』(角川新書)
独立してインターネットにつながるIoT用の小さなチップは、これまで人がつくってきたモノであればあらゆるモノに実装が可能だ。IoTであらゆるモノといったときに思い浮かべるのは、おそらくスマートホームに関係する家電や家具、工場における工作機械、オフィスでの事務用機器だろう。
こうしてIoT化されたモノは、「IoTデバイス」と呼ばれる。スマートメーターなどの計測機器や通信機器などへの実装が進んでおり、バスや鉄道などの公共機関、路面の自動販売機、農家の耕作機、建設現場の重機などでの活用の事例も現在は増えている。
しかしその範囲はもっと広く可能性は大きい。そして何より面白い。たとえば赤ちゃんのおむつに温度と湿度のセンサーを取り付け、おむつの替え時を知らせてくれる製品まであるのだから。
日常生活で触れるあらゆるモノがIoTによってインターネットにつながれるようになれば、それこそ膨大な量のビッグデータの確保が可能になることはわかってもらえるだろう。それはスマートフォンで吸い上げるデータ量の比ではないはずだ。
近年、ビッグデータの解析や分析技術が向上し、ビッグデータの重要性が知れ渡るにつれ、IoTの重要性もますます高まっている。なぜならIoT化された製品はビッグデータの収集装置そのものだからだ。
ビッグデータは、最初はただの排泄物だった。従来のデータベース管理システムでは、記録、保管、解析が難しいようなデータをそう呼んだのだ。それがデジタル技術の進捗によって、解析することが可能になるとゴミが資源になりうることがわかった。
マーケティング分野での活用が、ビッグデータへの注目を大きくした。2004年のことである。世界最大のスーパーマーケットチェーン・ウォルマートは「リテールリンク」という専用ネットワークで収集した販売データを分析して興味深い発見をした。ハリケーンの日に、懐中電灯の他、「ポップターツ」というお菓子の売り上げが伸びていたのだ。そこで嵐が近い日に、この二つを大量に陳列してみたところ、見事に売り上げが増加した。
ハリケーンとお菓子を結びつけるなどロジカルな思考ではできない。このようにビッグデータは因果関係ではなく、データ上の相関関係によって新しい視点を与えてくれるのである。埋もれていたデータも賢く使えばビジネスチャンスになる。それがわかった企業は続々とデータを掘り起こすデータマイニングに励むようになった。
またデータを解析する専門職・データサイエンティストが活躍するようになった。企業はデータ収集を進めるために、IoTに強い関心を寄せている。IoTはある意味で、ビッグデータともっとも関係の深いテクノロジーであり、ビジネスに直結しやすい領域でもあるからだ。
最近ではIoTが進化したIoE(Internet of Everything:すべてのインターネット)という概念まで登場している。ここまでくれば、行き交うデータの量は「ビッグ」では済まないほど、天文学的な量に達することも想像は難しくないだろう。