世界的に過熱するAI開発競争。そのなかで日本のAI開発が周回遅れになっていると、度々指摘されてきました。本連載は、囲碁AIの研究開発を行う福原智氏の著書『テクノロジー・ファースト』(朝日新聞出版)のなかから一部を抜粋し、筆者が囲碁AIの開発を続けるのなかでわかった日本のAI業界が抱える問題点について紹介していきます。今回も前回に引き続き、筆者とJASPA(全国ソフトウェア協同組合連合会)の安延申(やすのべしん)会長との会合を振り返りながら、技術革新により産業構造に変化をもたらした「産業革命」について見ていきます。

「ゆでガエル」のようにのんびりしている日本企業

仮の話である。いや、仮でなければ困る。

 

日本企業が今のまま、ある意味「ゆでガエル」の例えのようにのんびりしていて、産業革命4.0に乗り遅れたとしよう。そのときに待っているのは過酷な未来だ。18世紀に起った元祖・産業革命が世界をどのように変えたのかを考えると、およそ想像したくないこの国の未来が見えてくる。

 

一般に産業革命とは、18世紀後半から19世紀前半にかけてイギリスで起きた技術革新と、それに伴う産業、経済、社会構造の大変革のことを指す。産業革命は世界に波及した。日本においては明治期に殖産興業と富国強兵のスローガンのもとで進んだ。

 

この近代をつくりあげた大変革で、古代から連綿と続いてきた農業社会は根底から覆った。生産と消費が一体の牧歌的な農村は役割を終え、人々は新しい技術と近代的で便利な都市生活を手に入れた。

 

安延氏は、産業革命の最重要ファクターは「人力0の機械による置換」だという。

 

イギリスは100年余りの時間をかけてこれを成し遂げている。革命という言葉に引っ張られて、つい一夜にして物事が変わったと思いがちだが決してそうではないのだ。重要なのは100年余りの期間に次々に起きたことなのだが、それについては改めて詳しく取り上げることにしよう。

 

産業革命を先導したイギリスは18世紀中ごろ、工業機械を独占しようと機械の輸出と技術者の国外渡航を禁じていた。工業機械の輸出を段階的に解禁するようになったのは19世紀を過ぎたころだ。最初はクローズドであった技術が後にオープン化する過程は、ITの思想と異なるのでなかなか興味深いものがある。

 

では産業革命に乗り遅れた国はどうなったのか?

 

結論からいうと多少の遅れであれば取り戻すことができた。ドイツやアメリカが良い例だ。両国で本格的な産業革命が起きたのは19世紀後半と、イギリスより50年から100年ほど遅れたタイミングであった。

 

しかしこれは必ずしも悪い結果ではなく、重工業が中心のいわゆる第二次産業革命がイギリスより早く広まった。紡績を中心とした軽工業で革命を起こしたイギリスは、世界の工場の地位をアメリカやドイツに奪われている。技術革新は国家間の比較優位すら変えてしまう力があるのだ。

 

一方でものすごく遅れたアジア、アフリカ、ラテンアメリカの国々がある。これらの国々では産業革命が起こったとしても19世紀末以降で、すでに発展をある程度していた国々との経済格差は埋まらなかった。その昔には「後進国」「発展途上国」といわれた状態におかれたのだ。

 

大きく出遅れてしまったさまざまな理由の一つには、これらの非先進国が工業化を進める先進国の原料や食料の供給地、あるいは製品の市場になってしまい、自国の産業が育たなかったという見方もできる。つまり外から買うだけに済ませて、自分でつくろうとしなかったわけだ。

 

産業革命の過去から学んでみると、アメリカとドイツの例から、ちょっとだけ遅れた後発組のほうが良さそうと思えなくはない。でもそれは大きな間違いだ。

 

なぜなら今度の産業革命のスピードは、一回目と比べものにならないくらい速いはずだからだ。

 

考えてみてほしい。蒸気の時代は機械をつくるのに物理的な手間がかかった。対して今回、争われているのは実体を持たない情報、データといったものだ。インターネットの世界には物理的な距離はないので進化が一瞬で広がる。しかも技術開発は世界各地で同時多発的に起こる。

 

私の体験でいえば、囲碁でコンピュータが人間を倒すには少なくとも20年かかるといわれたものが、実際は数年で人間が敗北したという歴史が、それを証明している。

 

かくもITのスピードは早い。少しの遅れが致命的な差を生む分野なのだ。

「産業革命4.0」で国の序列は大幅に書き換わる?

何かここまで安延氏と話して、私の危機感は増すばかりだ。各国の序列さえ大幅に書き換えてしまうはずの産業革命4.0というものを、今一度、考えなければならない。

 

では産業革命4.0とは一体どんなもので、私たちにどのような影響を与えるか? 少し安延氏との話を離れ、ここで私の考えでまとめておこう。

 

産業革命4.0の意味は、AIやIoTの技術が著しく進歩したことにより、かつての産業革命で起きたような大きな変革が、製造業を皮切りとしたあらゆる分野に起こることだ。本連載ではそう定義づけておく。

 

「本連載では」と念のための断りを入れたのは、産業革命4.0は起きそうな予感はあるけれど、まだ起きてはおらず、そのため明確な定義がなされていないためだ。なお、本家の産業革命も、「産業革命」という言葉を使われるようになったのは、1830年ごろといわれており、それはイギリスが産業革命を達成した後である。

 

「産業革命4.0」という言葉自体は元々、ドイツが2011年から提唱しはじめた「Industrie4.0」が先にある。「Industrie4.0」は、製造現場のロボット化とスマート化(IoT化)を一つひとつの工場で進め、やがてドイツ全土まで広げていき、最終的には全ドイツの産業をスマート化して一体化しようという構想だ。それがより広義の意味として使われるようになり、日本でも「第四次産業革命」とか「産業革命4.0」という言葉が一般化した。

 

しかし、日本とドイツの内情は大きく異なる。アメリカの文明評論家、ジェレミー・リフキン氏は、自著※注の日本版で巻末に特別章を設けて、ドイツと比較して次のように述べている。「日本は過去との訣別を恐れ、確固たる未来像を抱けず、岐路に立たされている。」

 

※注:『限界費用ゼロ社会〈モノのインターネット〉と共有型経済の台頭』(柴田裕之訳/NHK出版)

 

リフキン氏はドイツのメルケル首相のアドバイザーを務めたことでも有名になった。リフキン氏によれば、問題は電力のようだ。

 

ドイツはIoTと親和性が高い再生可能エネルギーに移行し、社会のスマート化を実現しようとしている。ところが日本は20世紀型の化石燃料と原子力発電に頼りつづけ、それが新しいIoTビジネスの発展を遅らせているというのだ。

 

ともに第二次世界大戦の敗戦国でありながら、過去半世紀近くにわたって世界の産業界の中心に位置し、現在でも世界3位と4位の経済力を持つ日本とドイツの間に、次の産業革命で大きな差が生まれるかもしれない。

 

第二次産業革命で、それこそ「過去との訣別を恐れ、確固たる未来像を抱けず、岐路に立たされ」たイギリスが、アメリカとドイツに抜きさられたのと同じように、だ。

 

それが歴史の成り行きというものだと、諦める気にはさらさらなれない。なぜなら、日本には優秀な人材も技術もたくさんあることを、私は知っているからだ。日本が産業革命4.0を牽引することは決して不可能ではない。

 

問題は技術力を戦略的に活かすことのはずだ。「確固たる未来像」を描くために、どんな技術が問われ、それをどのように活かすべきなのかを日本の産業に関わるすべての人が考えるべきだ。

 

それでは、産業革命4.0で、どんなテクノロジーが注目されているかを改めて言うと、現在のところ、①AI、②ブロックチェーン、③IoTの3つに集約できると、私は考えている。

 

次回で一つずつ個別に概説しておこう。これらのテクノロジーには、ビッグデータという新しい資源の確保が重要であることも浮かび上がってくるだろう。

 

テクノロジー・ファースト なぜ日本企業はAI、ブロックチェーン、IoTを牽引できないのか?

テクノロジー・ファースト なぜ日本企業はAI、ブロックチェーン、IoTを牽引できないのか?

福原 智

朝日新聞出版

第3次AIブームは「アルファ碁」で始まった。 グーグル、テンセントといった米中の名だたるIT企業が組織をあげて囲碁AIの研究開発を進めるなか、それがAIの核心に通ずるものであるにもかかわらず、なぜか日本企業では囲碁AIの…

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