ビッグデータは「資源である」と気づいた企業
3つのテクノロジーから見てきたように、ビッグデータこそは、21世紀の資源だ。ただ、その実態を理解するのは簡単ではない。
『ビッグデータの正体※注』のなかで、著者のビクター・マイヤー=ショーンベルガーとケネス・クキエは、「データの真価はなかなか全貌が見えにくい。我々が知っているのはほんの一部に過ぎず、そこに気付いた先進的な企業だけが、隠れた価値を引き出し、大きな利益を手にすることができる」と述べた。この本から数年、今や多くの企業が、ビッグデータが巨大な資源であると理解している。データ収集こそ覇権の争いの兵站(へいたん)になると気づいている。
※注:『ビッグデータの正体 情報の産業革命が世界のすべてを変える』(斎藤栄一郎訳/講談社)
第一次産業革命にとっての石炭、第二次産業革命にとっての石油、第三次産業革命にとっての原子力のように、産業革命4.0はビッグデータを資源として確保したところだけが覇権争いに加われるのだ。第4回(関連記事『日本が遅れをとるITビジネス「第4の波」…主役となる技術は?』でみたランキングで、石油メジャーのエクソンモービルが、データを資源とするIT企業に追い抜かれたのを、安延氏が「象徴的」と言ったことの意味もよくわかるはずだ。
現在、この資源をめぐる争いはますます加熱しつつある。
まず、ユーザーが残したデジタルの足跡を活用する代表的な会社といえばグーグルである。同社はサイトのどこをクリックしただとか、どれくらいの時間滞在しただとかのデータを蓄積し、サイトの構造に応じた最適な広告を配信する仕組みをシステム化した。「アドワーズ(AdWords)」と「アドセンス(AdSense)」である。
グーグルの資源確保の戦略はこれだけではない。それは、航空券予約ネットワークを運営するITAソフトウェア社の買収に見て取れる。ITAソフトウェアでは、日々の取引データを他社にライセンス提供する事業を展開していた。グーグルが目をつけたのは、もちろんこのデータである。
ビッグデータという資源を持ち、なおかつそれを別のビジネスに生かす企業もある。
クレジットカード会社のマスターカードには、膨大かつ詳細な取引情報が集まってくる。同社では情報をライセンス提供する道を選ばず、自分たちで分析することにした。そうして消費の傾向といったトレンドを予想し、これを外部に販売することにした。
たとえデータを保有していなくても、分析能力が高い会社は強い。
コンサルティング会社のアクセンチュアは、最先端のIoTデバイスを駆使してデータを収集し、分析する業務を行っている。アメリカのミズーリ州・セントルイス市と組んだ実験では、市営バスにIoTデバイスを取り付けてエンジンをモニタリングした。それによって得られたデータは故障発生の予測などに役立てられている。
飛ぶ鳥を落とす勢いのビッグデータ・ビジネスのプレイヤーたちであるが、ここにきてデータの独占や管理へ規制の機運が高まっていることにも触れておこう。発端となったのはフェイスブックだ。
2018年3月、イギリスのデータ分析会社であるケンブリッジ・アナリティカが、フェイスブック保有の個人情報データを入手していたと報じられた。ケンブリッジ・アナリティカは、アメリカ大統領選における、トランプ陣営の選挙コンサルティング会社である。流出した個人情報宛に、トランプ陣営に有利なメッセージが送りつけられた可能性があるのだ。これは公正な選挙という民主主義の根幹を揺るがすかもしれない。そう捉えたアメリカ合衆国議会上院はフェイスブックのザッカーバーグCEOを公聴会に召喚した。
背景には個人情報と富を独占するIT企業への反発があると考えられ問題は根深い。世界的にも一部の企業による個人情報の独占に対する規制を強める機運にある。ヨーロッパでは、2018年5月からGDPR(EU一般データ保護規則)の適用を開始した。GDPRは個人データ保護を目的とした管理規則である。
ビッグデータは世界の趨勢(すうせい)を握っている資源であり、各国が注目していることがわかるだろう。
日本は一度も負けたことはない⁉
ビッグデータについては調べれば調べるほど、すぐに自分たちもデータを収集しなくてはと急かされる。データを収集するにはプラットフォームをつくるのが一番だ。しかも日本国内だけではなく、広く世界のユーザーが使うような――。
何か参考になる事例が日本にないだろうか。
コンピュータ用語においてプラットフォームは、基礎部分としてのOSやハードウェアを指す言葉である。その意味でいうと、IT業界の黎明期であったメインフレームの時代はIBMがプラットフォームを握ったと考えていい。続くPCとOSの時代はマイクロソフト、インテルが市場のトップだった。インターネットの時代になると、プラットフォームの意味が拡張し、「第三者に何らかの場を提供する業態」もそう呼ぶようになった。勝者は「GAFA」といわれる4社。つまりグーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンへと移った。
ここで私は首を傾げた。
ひょっとしたら、日本のIT企業は世界に通用するプラットフォームをつくったことがないかもしれない――。プラットフォーム企業になれなかったからIT分野で負けつづけている。そう一部ではいわれていることはあながち間違いではないのではないか? ならばプラットフォームを持つにはどうすれば良いのだろうか?
ここで再び安延氏との話に戻ろう。私は次のように訊(き)いた。
「日本のIT企業はこれまで世界に通用するプラットフォームをつくったことがないのでしょうか? だから負けつづけていると言われてしまうのでしょうか?」
「あのねぇ、私は、日本はある意味一回とて負けたことはなかったと思うよ。一度も本気で正面から戦ってはいないのだから」
「えっ!? どういうことですか?」
「日本は独自のプラットフォームを開発して、普及させ、それをビジネスに利用するよりも、人のプラットフォームに乗っかって儲けるほうが上手で、それをやったんですよ」
まったく予想外の回答に私は驚いた。安延氏はメインフレーム時代のことを例にしながら話を続けた。
1960年代から1970年代に全盛をきわめたIBMの「S/360」は素晴らしいマシンで、世界の事業者が買ったのも納得だったという。同機は、当時の他のコンピュータよりも頭二つ抜きん出ていた。先に述べたシステムインテグレーションの面だ。S/360には後方互換性があった。後方互換性とは、メインフレームをアップグレードした際に、型遅れの入力装置と出力装置でも、そのまま使えるようにしたことである。古いマシンで書いたプログラムが、より上位の機種に移行してもそのまま使える。それがユーザーに圧倒的に受け入れられた。IBMはそれほどユーザーフレンドリーな企業なのだ。
既存のマーケットを大事にすることは、今でもIBMの大事な財産になっている。しかしながら周りに広がっているPC市場は後発の企業に奪われていった。新規市場を開拓するよりも、古くからの顧客を大事にしてこれを優先する。正しい経営戦略ではあるものの、イノベーションは起きなくなる。クレイトン・クリステンセンの名著『イノベーションのジレンマ』を彷彿(ほうふつ)とさせる経営である。
「IBMはメインフレームの時代は、世界シェアが圧倒的に高く1位。でもね、2位、3位、4位はNECや日立といった日本の会社だった。技術のフロントランナーではない日本の会社が2位、3位、4位をとれたのはある意味で大成功だと私は思う」と安延氏は言う。
1970年代の話である。当時の通産省はIBMに対抗するために、民間企業にメインフレームを開発するよう指導した。いってみれば国家主導の産業振興策であり、開発企業には補助金が出る。このときに、政府は資金の投資先を「富士通・日立」「NEC・東芝」「三菱電機・沖電気」の3グループに分けた。投資を絞らなかった理由は競争を促すためだった。そうして日本は1位こそとらなかったもののトップランクに食い込んだ。3グループに分けた効果がどれほど効いたのかは不明だが、結果から見ると一時的には正解であった。
「なぜなら同時期に、ドイツはシーメンス、フランスはブル、イギリスはICLという自国の会社に、メインフレームの開発をやらせたんだけど、いずれも失敗に終わってしまった。開発を1社に絞ったために競争が生まれず、開発に甘えが出たからでしょう」
日本のほうは、3グループのうち三菱電機・沖電気は「COSMO」シリーズを開発するも途中で断念したほかは、NEC・東芝が独自OSである「ACOS」を開発して、現在も後継機を発表しているし、富士通・日立はIBMのOS互換機「FACOM」で成功を収めている。
ビッグデータは「起点」にすぎない
日本のIT企業は1位ではないものの、トップ集団に食い込んで成功した。安延氏の言葉は大いに私を驚かせた。一方で、ビッグデータという資源の獲得競争で同じ作戦を使えるのかというと難しい気がする。ビッグデータの活用は、プラットフォームを有する企業のほうがやはり有利だ。
まずビッグデータを教材にして、ディープラーニングでAIをより賢くする。ディープラーニングでビッグデータを使うには、教師なし学習と教師あり学習がある。グーグルは「アルファ碁ゼロ」でも独学の機械学習を実現したが、それは巨大なマシンパワーにものをいわせた方法で、今のところビジネス化は容易ではない。AIは、現時点では教師あり学習がまだまだ大事で、私たちが開発している囲碁AIの技術もその状態だ。
次の段階でAIがビジネスに応用できるレベルになると、IoTデバイスとの連携が広がる。IoTデバイスは家電などの一般ユーザー向け製品だけでなく、B2Bの領域、工場などの製造現場にも普及するだろう。IoTデバイスが多くの製造現場に広がったら、各機が収集したデータをクラウドサービスに送信する。やがてデータがビッグデータと呼ばれるほど蓄積したら、それを使ってまたAIを強化する。そのうえで、AIがIoTデバイスを通じて各機を最適な状態で制御する。
ビッグデータは、こうした進化のサイクルを回すための資源になる。そして資源であるからには、枯渇はしないかもしれないが取り合いが必然となる。おそらくそこに気づいている海外企業は、躍起になってビッグデータを獲得しようとしている。数の多さがものをいう世界では、最初に1位をとった者と、2位、3位の差が大きいのだ。必然的にプラットフォームの拡大が重要になる。
では、このサイクルのなかで、私たち中小IT企業はどう立ち振る舞うべきか?
ビッグデータはあくまで資源であり、ビッグデータ自体はテクノロジーではない。だからビッグデータを持たないことを、テクノロジーを武器とする私たちIT企業が、過剰に嘆く必要はないはずだ。
さらにIoTはデータの発生源であり、個々のエッジとなる製品はメーカーのものだ。この領域に私たち中小企業が携わるのも簡単ではないし、コストをかけてその領域に参入する必要がどれほどあるだろうか。
私たち中小IT企業にはもっと適した分野がある。それは、言うまでもなくAIだ。AIならプログラムがサーバの側にあり、IT企業の領域だ。それに何よりAIはテクノロジーそのものである。ディープラーニングでグーグルが先行したとはいえ、AIの勝負はまだ序盤だ。それにディープラーニングだけがAIのすべてでもない。
ビッグデータやAIは、同じような持て囃(はや)され方をされるので、一緒くたにされがちだが、テクノロジーと呼べるのはAIのほうだと私は思っている。私たち中小IT企業は原点に立ち戻り、テクノロジー・ファーストを掲げ、AI開発に注力すべきだと私は考える。
しかし、これほどまでに明確な主戦場がありながら、日本企業の動きは鈍い。
なぜ、そうなのか?
(次回の配信は、4月23日を予定しています)