一歩踏み込んだ関係性を再構築するには?
「転」の術 「怒り」の流れを変える
第5回で触れた(関連記事『すぐに謝罪したBさんが取引先の社長を「さらに怒らせた」ワケ』参照)「意表を突く感謝」は、「怒る・怒られる」の関係を大きく変えます。このまさに「災いを転じて福となす」を狙うのが「転」の術です。これはどういう対処術でしょうか?
これまでの観察法と対処術を振り返ってみましょう。
●怒っている人を観察し「怒り」の発火点を探り、距離を取る→観察法
●「怒り」のスイッチを見極め、コミュニケーションを取る→「起」の術
●「怒り」の本質(出来事・気持ち)を見極め、受け止める、または、やり過ごす→「承」の術
「転」の術は、「承」の術からの連続技です。相手の「怒り」を受け止める、または、やり過ごすのも、いずれも受け身の対応です。直接怒られ続ける状況は変えられても、本質的な関係、職場の雰囲気は変わりません。あなたの日常をもう一段階改善するには、積極的に怒る人との関係性を変えることも必要です。
下記の例のような相手となら、一歩踏み込んだ関係性を再構築したいと思えませんか?それは「観察法」によって、怒っている人を見るあなたの側にも少しゆとりができたからです。自分と相手との状況を「観察」するのと同様に、相手を「俯瞰して吟味する」ことは、とても大切です。
こうした相手となら関係を再構築したいと思いませんか?
教育熱心な先輩
言っていることは「ごもっとも」と納得できる。でも指導の方法や言動が行き過ぎ…。
ワンマンだが勉強熱心な社長
常に積極的な情報収集や状況分析を怠らない。その仕事への熱意は、「リスペクト」できる。しかし、同じレベルを求められるのは困る…。
性格はきついが周囲をよく見ている同僚
率直な意見や正確な指摘には同意したいことも多い。しかし、もう少し、空気を呼んだり、相手への気遣いをしたりできないものか…。
怒りの連鎖を止める「クッション言葉」の技術
「謝り方」で相手の信頼を獲得
相談者のCさん(男性・28歳)は、第5回で登場したBさん同様に大事な取引先の社長から怒られることが増え、相談に来ました。新卒で入社した会社で経験を積み、社内の評価も高く、大切な得意先を任され始めた矢先のことでした。自信も意気込みもあった分だけ、Cさんの心の折れ具合は相当なものでした。しかし、私はCさんの悩みの特徴に気付きました。
「私の言っていることは間違っていないのに、一方的に怒られるんです。そこがいちばんくやしいし、つらいんです…」
怒られやすい人の特徴の一つに、「謝ることができない」があります。言葉では「すみません」「申し訳ありません」を繰り返すのですが、「何が?本当に分かっているのか?」と中身を問われると黙ってしまい、さらに相手を怒らせるタイプです。
謝り続けること自体は、「承」の術の「やり過ごす」「受け流す」を使っているのですが、心の中に「具体的に何に謝っているかを口にしたら、自分が間違っていたと認めることになる。本当は間違っていないのに…」というプライドがあり、その一線は譲れないと思っています。これは第5回で説明した、「出来事」と相手の「気持ち」を読み間違えています。そのため、得意先の社長の「怒り」にどんどん燃料を注いでしまっていたのです。
「Cさん。確かに謝ること自体は間違っていません。そして自分のプライドを捨てる必要もない。でも、謝る先が間違っています。こんなふうに謝ってみてはどうでしょう」
私は、ある「謝り方」をCさんにアドバイスしました。簡単に言えば、「理解はするけど、同意はしない」という姿勢です。それを参考に、Cさんは、次のようなお詫びを改めて怒り続ける取引先の社長に伝えました。
「社長、先日来のことを振り返り考えました。社長のお叱りはごもっともです。改めてお詫びいたします。すみませんでした」
すると社長は、「そうか…、分かってくれればいいんだ」とやっと「怒り」が収まったそうです。Cさんの謝罪には、それまでと何が違っていたのでしょうか?
ワンクッションの言葉が「怒り」の連鎖を止める
この謝罪で重要なのは「ごもっともです」のひと言です。Cさんのプライドは「すみません」という言葉は発することはできても、相手の言い分に同意することが許せませんでした。その一線が壁となり、相手からすれば「何度言っても届いていない。分かっていない。本心からの謝罪ではない」と「怒り」の連鎖を引き起こしていたのです。
しかし、この「社長のお叱りはごもっともです」は、出来事の事実関係(社長の言い分の是非)ではなく、社長の気持ち(分かってもらいたいという承認欲求)からの「お叱りはごもっともです」と受け入れたことの表明です。社長の「怒り」の発火点を消火しつつ、Cさんのプライドも傷つきません。さらに実は「怒り続ける自分に自己嫌悪」している社長の気持ちも和らげる効果があります。
こうした表現を「クッション言葉」と私は説明しています。
謝罪の中に言葉のワンクッションをはさむことで、「怒り」を打ち返すことも「怒り」の燃料を新たに投じることもなく、連鎖を止める技術です。この「クッション言葉」の種類と応用は本書(『怒る上司のトリセツ』)132頁の「相手を変えるスキル①傾聴・伝え返し」も参照してください。
さらに「意欲」をプラスで大逆転
Cさんはさらに言葉を続けました。
「再度、御社へのご提案を練り直し、社長のご期待に添う提案を出し直したいと思っています。つきましては、社長の実現したいご要望をもう一度ご教示いただけないでしょうか?お手数をかけることとなり、たいへん恐縮ですが、ぜひお時間をください。お願いします」
すでに「怒り」のピークを終え、再燃焼もしなかった社長は、苦々しそうな表情は変えず「だから、最初からしっかり話を聞けばいいんだよ…」と言いつつも、実務モードでの議論が可能なまでに関係性は改善したそうです。
この「提案を出し直します」も、謝罪と「怒り」の連鎖の渦中では、いくら出し直しても読まれもせず、むしろ「怒り」の燃料になりかねません。しかし、「ワンクッション」をはさむことで「怒り」を消火した後なら、プラスアルファの「意欲」と受け止められるのです。
転の極意
①「クッション言葉」で怒りの連鎖を止める
「怒り」を受け止めるワンクッションを謝罪に込める。
相手の承認欲求も満たす。(具体的な言葉は、第12回「相手を変えるスキル①傾聴・伝え返し」を参照)
②怒りを静めたら「意欲」を伝える
聴く耳を持つ状態での「意欲」は、相手の共感を呼ぶ。
関係改善を図りたい相手の「怒り」は、受け止めることが必要。自分の意見やプライドを曲げる必要はない。
「話が長い」ことも相手の怒りのスイッチや燃料になる
なぜ話の長い人は怒られるのか
怒られることで悩んでいる人の話を聞いていると、あるタイプの方が近年増えていることに気付きます。
話が長い人です。特に若い人ほどその傾向にあります。
何か質問をすると、「〜は、〜で、〜なんですけど、それって〜なわけなんですが、〜や〜とか、〜とか言うじゃないですか、やっぱり〜としたら・・・」と、結語のないまま説明が延々と続くのです。事柄は明瞭で、視点も具体的、情報量も多く、決して変なことを話しているわけではないのです。でも途中で「あれ?この人は、何が言いたいのだろう?」と、話の本筋が見えなくなってしまいます。
こうした話し方は、自他ともに「できる」と自認している人に多いのも特徴です。そもそも自分をできないと思っている人は、「ええ」「まあ」「そんなには…」と情報発信が苦手で、カウンセリングでも、私の方がずっと話し掛けていることが多いのです。
実は、この「話が長い」も相手の「怒り」のスイッチや燃料になるのです。
気分が打ち解けるまでの談笑や、新しい話題を共有するまでのプレゼンであれば、一方的に延々と話されても怒る人はいません。しかし、具体的な実務を前に進めたい時、商談をまとめたい時の「長い話」はNGです。
なぜなら相手は、あなたの知識や提案に十分に納得し同意を出そうとしています。その上で、「よろしく頼みます!」「ありがとうございます!」と感謝されることまで思い描いているのに、「さらにですね…」と話が続くとむしろ拒まれているのではないかと不満が生まれてくるのです。
怒りの対処における「クロージング」の技術とは
「全部話したい」をグッと抑える
自信のある人ほど話が長いことがあります。しかし、その裏側には、内心の不安が存在していることもあります。何かをスパッと言ったけれど、意図を曲解され怒られた経験。簡略化して説明したが、延々と質問攻めに遭い、時間を浪費した経験。話を途中で遮られ、思いの全部を伝えられなかった後悔…。「できる」人ほど、そうした記憶が大きなトラウマとなって残っています。
そのため、次は誤解されないように全部を伝えようとするあまり、口を挟まれないように言葉をつないで話が長くなってしまうのです。
そうした内心の不安は相手にも伝わります。せっかく相手に与えた好評価を「不安の表明」で帳消しにして、さらに怒られてしまうとしたら、もったいないですね。営業活動のノウハウに「クロージング」があります。商談の終盤、ほぼ気持ちが固まった顧客に契約を決断させる場面を指します。これを見誤ると、99%間違いなかった商談も契約にたどり着けないこともあるため、大切な技術です。
「怒り」の対処法も同じです。反論される、誤解される、怒られるといった不安が生む「全部を話したい」をグッと抑える。その上で、相手の好評価や共感を得たタイミングでのクロージングを心掛けると、「怒る・怒られる」の関係解消に加え、次のステップの「より良い人間関係」につながります。