今回は、人の怒りのプロセスの中で怒られないように対応する「起承転結法」のうち、「承」の術について見ていきます。※本連載では、シニア産業カウンセラー・研修講師の宮本剛志氏の著書、『怒る上司のトリセツ』(時事通信社)の中から一部を抜粋し、怒りのメカニズムと周囲の怒りに正しく対応する方法を紹介していきます。

説明を「言い訳」と取られて怒りが増幅

 「承」の術   「言い訳」に注意

 

「怒り」には大好物があります。それは「怒り」の対象となっている相手の「言い訳」です。

 

「アンガーマネジメント」で注目する「怒り」のピークは6秒間ですが、これは怒っている人の感情のピークを維持する燃料が6秒分なのだと考えるとよいでしょう。使い切れば、いったんは落ちつきます。

 

しかし、「言い訳」という大好物を与えると、「怒り」は継続し、増幅します。燃え広がる炎ほど消火の難しいものはありません。

 

まして、消そうとしながら、燃料を与え続けていては、ずっと収まることはないでしょう。

 

問題点の説明を「言い訳」と取られた

 

相談者のBさん(女性・30歳)は、ある日、取引先企業の社長秘書からの電話を取りました。同僚と上司がチームを組んだ案件で、先日、2人が提案した事業計画書を見た社長がすごい剣幕で怒っているという報せでした。

 

ワンマン社長と取引先の間に立って長年、調整をこなしてきたその秘書は、「すぐに社長に説明した方がいい」と事を荒立てないためのアドバイスをこっそり連絡してくれたのです。

 

あいにく担当の2人は出張中でした。提案内容は、会議で共有していたので概略はBさんも把握しています。

 

取りあえずのお詫びと、問題点の情報を得ておいた方が2人が戻ってからの対応も早いと考えたBさんは、取引先社長に電話をしました。確かに社長は電話口ですごい剣幕で怒っていたそうです。

 

「何で担当者が電話をしてこない!」

 

「すみません。2人とも出張中のため、私で対応可能なことがあれば…」

 

「何だ、この提案書は!」

 

「何かご希望に添わない点があったのでしょうか?」

 

「会議で私が頼んだソリューションとは、違う物が入っている。どういうことだ」

 

語気は荒いものの、説明モードに入ってくれたので、Bさんは、このまま事務的に要望を整理していけば、「怒り」は収まりそうだと判断しました。

 

さらに、同僚たちが先方の要望に加え、同様だが最新の汎用性が高いソリューションも参考に加えたことを知っていたので、そのことだとピンときました。

 

「どうして私の要望通りにしないんだ!」

 

「その件でしたらご説明いたします。実は、ご要望の効果に加え、さらなる利便性のあるソリューションがございまして…」

 

「そんな言い訳はいい!!電話で言い訳して済むことじゃないぞ!!」

 

Bさんの言葉を遮ったのは、当初の倍ぐらいの「怒り」の爆発でした。

 

「怒り」は「言い訳」と受け止める

 

その後、担当者が何度出向いて説明しても「怒り」は収まらず、かなり上職による謝罪と仕切り直しの再提案で何とか事業は継続したそうです。

 

Bさんが相談に来たのは、その1件だけでなく、取引先との間で、そうした収まらない「怒り」のトラブルが数多くあるからでした。

 

「先生。説明しても相手が聞いてくれないんです。それで、謝っても『本当に分かっているのか!』と怒られる。謝っているのに怒られるなんて、もうどうすることもできなくなってしまいますよ」

 

Bさんは自分のことを「怒られやすい人」と思うようになり、自分の何を改善すればいいのか分からなくなって相談に来たのでした。これは半分当たっていますが、半分は見当違いです。

 

何度も確認してきた通り、相手の「怒り」の理由は相手の中にあります。相手を変えることは難しいし、できません。

 

ただし、「怒られやすい」ことをBさんは確かにしています。Bさんは相手の怒りが収まる瞬間に、発火スイッチを再度押してしまっていることが多いのです。これは「承」の術としては間違いです。

 

前回(関連記事『月曜の朝は上司と距離をおく⁉「怒られない」ための作法』)のように「怒り」は「言い訳」を燃料にします。もちろんBさんは、「説明」で理解を得ようとしただけで、「言い訳」をしてごまかそうという気はまったくありませんでした。

 

しかし「怒り」は相手の「説明」を「言い訳」だと認識し、新たな「怒り」の燃料にしてしまうのです。

怒る相手の「気持ち」に寄り添うことが大切

発火点には「出来事」と「気持ち」の2つがある

 

さて、Bさんは「相手がなぜ、怒り続けるのかが分からない」と言います。

 

「では、先ほどの件、社長の『怒り』の『起』、発火点はどこだと思いますか?」

 

「自分の要望にない提案が勝手に加えられたことです。だから、説明をして…」

 

「『説明』は『言い訳』にしか受け取れない状況だったんですよ」

 

「はい。そこは分かりました。でも私の説明を聞いてくれない限り、発火点を消火することはできないのでは?」

 

「いえ。そもそも『起』の性質を見誤っているんです」

 

提案書を見た時に、社長の中では次の2つの気持ちが心の中に生じています。

 

①自分の要望ではないことが提案書に書かれている「腹立たしい気持ち」。

これはBさんもすぐに気づくことができた「出来事」から生じています。

 

②つき合いが長い取引先なのに、自分を理解してくれていない「残念な気持ち」。

なかなかうかがい知ることは難しいですが、こちらの「気持ち」が「怒り」の背景にある発火点です。

 

消火活動は、②の「残念な気持ち」に向けて行わなければいけなかったのです。

 

自分を理解してくれていない「残念な気持ち」が「怒り」に変わる時、そこには「理解してほしい」という欲求があります。これはワンマン経営者に多い「承認欲求」の一種です。

 

「理解されたい」という承認欲求が満たされないまま、「言い訳」に聞こえる言葉が返ってくると、「まったく理解する気がないじゃないか」、さらには「こっちが間違っているとでも言いたいのか」と「怒り」がエスカレートしてしまうのです。

 

本当の発火点を見極める「見立て」

 

相手の「怒り」の継続や増幅が①「出来事」で説明できない時は、②「気持ち」の発火点を探ってみましょう。よく「共感しましょう」と言われるのは②のことです。②は根底にある本当の気持ちです。

 

これを私は「見立て」分析と呼んでいます。「実は、提案内容以前に相互理解への不安があるのでは?」「社長は、自分の要望の出し方が分かりにくかったから違う提案が来たと引け目を感じているのでは?」などと想像し、見立てるのです。

 

「見立て」は、「自分は怒られやすいタイプ」と思っている人ほど実は得意です。怒っている人の膨大なデータを蓄積しているので、振り返れば、さまざまな「怒り」の奥にある「気持ち」を想像することができるからです。

 

次のような場合、①「出来事」より、②「気持ち」に目を向けた「見立て」分析のための観察が必要です。

 

●今までの関係性からは考えられない相手の突然の「怒り」に遭遇した(フラットに会話ができる親しい関係だったのに…)。

 

●双方の限定されたやりとりではなく、周囲にも影響を及ぼす「怒り」が広がっている(秘書やスタッフが焦って、急ぎの対応を求めてくる)。

 

●いつもは冷静、事務的なのに、感情的な口調になっている(多弁。トーンが高い。焦っている)。

「受け止める」と「受け流す」で怒りの鎮火に繋げる

「耐える」のではなく、「理解」を示し「共感」を得る

 

相手の「怒り」の発火点は、残念な気持ち→理解されたい→承認欲求だと分かりました。この場合、経緯の説明は逆効果です。では、どう対処すればよいのでしょうか?

 

ここで使うのが「起承転結法」の「承」の術です。「怒りを受け止めて、流し去る

 

そうすることで、火に油を注ぐような増幅やエンドレスの堂々巡りを回避します。

 

まずは、「謝る」ことです。この時に、①「出来事」と②「気持ち」への両方への謝罪が効果的です。

 

「この度は、社長のご要望にない提案を一方的に加えてしまい、不愉快な思いをさせてしまいました」(①「出来事」に対しての謝罪)。「長いおつき合いをさせていただいているにもかかわらず、落胆させてしまい、申し訳ありませんでした」(②「気持ち」に対しての謝罪)

 

ここで「間違った受け止め」や「良かれと思い、先走った提案を」などの「説明」を加えると、やはり「言い訳」になってしまうので要注意です。火の手に放水を続ける気持ちで、ひたすら謝ることに徹しましょう。

 

しかし、それはただ耐え忍ぶわけではありません

 

ただただ耐える、というような消極的で受け身な対応は、自分自身をさらにつらくさせるだけですし、相手の「気持ち」との距離を広げてしまいます。

 

積極的、能動的な姿勢を示すことで、「怒り」の意味をこちらも共有しているという「理解」を伝えるのだと考えてください。

 

実は、怒りやすい人は、感情の起伏が激しいので、共感しやすいという側面も持っています。自分が理解されていない残念さが、理解されているという共感に転じると、今度は積極的に意見に対して聞く耳を持てるようになります。

 

この「承」の術を極めれば、相手とのコミュニケーションの回復が可能です。

 

「承」の術は「受け止める」と「受け流す」を使い分けるものです。

 

「受け止める」ことが難しい場合は、謝罪を重ねて「やり過ごす」だけでも消火活動としては十分です。

 

中には、きつい表現での罵倒、ネチネチした嫌みなどで「怒り」を表す人もいます。その先に建設的なコミュニケーションが望めない相手もいるでしょう。

 

そうした時は、ただ「聞き流す」「受け流す」に徹してもいいのです。

 

承の極意

「怒り」の発火点には「出来事」と「気持ち」の2種類の要素がある

相手の「怒り」のスタート地点を見極めて、何に対して謝るのか、適切な選択をする。

 

説明は言い訳と取られることも

相手の「怒り」への理解もなく、こちらの事情を押しつける「説明」は、相手からは「言い訳」にしか見えず、「怒り」のさらなる燃料になることも。

 

時には受け流す、または意表を突く感謝を伝えるなど、相手の気持ちを見極めながら、どのようなコミュニケーションを目指すのかを探る。

 

意表を突く「感謝」

 

意外なことに、中には「今、自分は嫌なことをしているな」「相手は不快な思いをしているんだろうな」と後ろめたさを持ちながら怒っている人もいます。「怒り」のピークの後に自己嫌悪で落ち込む人も少なくないのです。

 

そういう相手の気持ちを見極められたら、聞き流しから一転し、感謝を伝えるのも効果的です。

 

「ご指摘で気付くことができました」「他でも同じことをしていたかもしれません」など、相手が嫌な思いまでして自分を怒ってくれたことに感謝を伝えるのです。

 

相手は意表を突かれ、冷静になると同時に、嫌悪感から救われることに感謝するでしょう。これは次の「転」の術にも通じます。

 

こんなの理不尽! 怒る上司のトリセツ

こんなの理不尽! 怒る上司のトリセツ

宮本 剛志

時事通信社

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