今回は、自宅の相続問題からきょうだい間のトラブルに発展した事例を見ていきます。※相続でもめたあげく、仲がよかった親族が憎しみ合い、絶縁状態になるケースは少なくない。また、近年の法改正により、このような問題に頭を抱える人たちは、ますます増加することが想定される。もし自分の身に降りかかったら、どうすべきか。本連載では、リアルなエピソードを追いながら、相続トラブル解決のヒントを探る。

弟が暮らす家を売り、姉たちと現金を分ける!?

いわゆる中流家庭においては、親が住んでいた実家が相続財産になることが多い。家や土地は分けづらいため、兄弟間でもめごとになることもある。



デフレさん(仮名)は母親が生きているときから同居していたため、死後に実家を相続した。2人の姉もそのことに異論はなかったのだが、ある日突然、実家を売って現金を分けようと言い出す。弟の生活を無視した理不尽な主張に、デフレさんは頭を抱え、相談にやってきた。

 

「一家の主人(あるじ)」や「大黒柱」といった言葉を聞くたびに思うことがある。果たしてこの世の中に、そんな立派な男がいるのだろうか、ということだ。

 

私が知る男どもは、総じて奥さんに頭が上がらない。女兄弟や自分の娘にアゴで使われている男も多い。その姿はアルジではなくシモベであり、大黒柱ではなく人柱と呼ぶのが適切だろう。

 

相続の世界においても、今や男女平等が当たり前であり、地方の農家の古きよき習慣である長男優遇の考え方も消えつつある。

 

時代が変わり、いつしか男の価値はデフレに見舞われた。私も社会的弱者となりつつあるのかもしれない男の1人。世の女性には、もう少し男どもに優しくしてやってもよいのではと言いたい。

 

過日やってきた相談者も、女系一家で育った男性であった。

 

「先生、兄弟はいますか」

 

事務所の椅子に座るや否や、デフレさん(仮名)はそう聞いた。

 

「ええ、姉がいます」

 

「そうですか」

 

デフレさんは嬉しそうな顔を見せた。外国の見知らぬ街角で、日本人を見つけた時のような何ともいえない安堵(あんど)の表情だった。

 

「私も女兄弟の中に育ちまして、なんとも肩身がせまい思いをしてきたんです」

 

デフレさんが言う。私自身は、姉がいることによって肩身がせまいとは感じたことはなかったが、こういう時は話を合わせるのが礼儀というものだろう。

 

「女性は強いですからね」

 

「ええ。私には姉が2人いて、私が末っ子です。父は私が10代の時に他界しましたので、以来、母、姉、次女、私という女だらけの家で育ちました」

 

「そうですか。それはお気の毒です」

 

私はそう言って笑った。

 

「今日相談に来たのも、その姉たちのことなのです」

 

「わかりました。詳しく話してください」

相続税も発生しなかった、地方の一戸建て

デフレさんが最初に電話をかけてきたのは1週間ほど前のことだ。

 

電話を受けたスタッフによれば「相続した家について相談したい」と話したという。

 

年齢は48歳。東京から新幹線で2時間弱ほどのところにある町に住み、地元の企業に勤める会社員だった。たまたま東京に出張する予定があるということで、事務所に来てもらうことになった。

 

「今から10年ほど前、母が他界しました。その際、母と一緒に住んでいた私が家を譲り受けることになったのです」

 

「どれくらいの家なのですか?」

 

私はメモを取りながら話を聞いた。

 

「5LDKの一戸建てです。東京の家と比べると多少は広いかもしれませんが、私が住む町ではどこにでもある家で、土地の価格もたかが知れています」

 

「昔から住んでいた家なのですか?」

 

「ええ。まだ父親が生きている時に建てた家で、当時は家族5人で住んでいました」

 

「その後、お母さまとデフレさんが住んでいたんですね?」

 

「はい。先に2番目の姉が結婚して東京に出ました。その何年か後、上の姉も結婚し、夫の地元である九州に行きました。私はずっと独身なので、母と一緒に暮らしていたのです」

 

「なるほど」

 

デフレさんは独身だという。私は意外だと感じた。デフレさんは、清潔感のある男性である。禿げてもいないし太ってもいない。モテるタイプではないかもしれないが、モテない理由もなさそうだ。服装も綺麗で、スーツも似合っている。見た目の不快感がないのは、女性が多い家庭で育ったからだろう。逆に、それが今まで独身だった原因なのかもしれない。

 

「肩身の狭い思いをしてきた」とデフレさんは言った。女性に対する恐怖心のようなものがあるのかもしれないと思った。

 

「家の相続は終わっているのですね」私は確認した。

 

「はい。母が亡くなり1カ月ほど経った時に手続きしました。先ほど言ったように普通の家ですし、築年数も経っていますので、相続税も発生しませんでした」

 

「他に遺産はありましたか?」

 

「ありません。母はすでに年金暮らしで、貯金もありませんでした。年金では足りず、私が生活費を出していました」

 

「家の相続について、お姉さんたちとは話し合いましたか?」

 

「はい。姉たちはそれぞれ家族がいて持ち家がありますし、田舎の古い家をもらっても仕方がないということで私が相続することになったのです」

 

よくある話である。ジェンダー論に厳しい昨今、あまり男女で切り分けて話すのはよくないとは思うのだが、「古い家をもらっても仕方がない」といったドライな判断ができるのは女性の特徴だと私は思う。

 

男はどこかロマンチストなところがあり、自分が育った町や家に愛着を持つ。自分の育った環境と、今までの思い出や生き様などを重ね合わせて考えるのだ。そのため、地価や相場といった基準ではなく、自分なりのものさしで価値を考える。

 

一方、女性は資産価値を客観的に見るところがあり、そこに特別な感情を抱かない。私が過去に担当した相続などでも、そう感じることが幾度となくあった。

 

いらないものはいらない。使えないものはもらわない。よくいえば冷静、悪くいえば冷たい目線で遺産を評価することが多いのだ。

 

デフレさんの姉たちもおそらくそう考えたのだろう。地方にある家をもらっても使い道がない。古い家だから管理や修理に手間やお金がかかることもある。それなら末っ子がもらってくれるのがありがたい。そう考えたのだと思った。

 

この話は次回に続く。

 

 

髙野 眞弓

税理士法人アイエスティーパートナーズ 代表社員

税理士

 

炎上する相続

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髙野 眞弓

幻冬舎メディアコンサルティング

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