今回も、生前贈与に納得できないきょうだいが、相続のやり直しを求める事例を見ていきます。※相続でもめたあげく、仲がよかった親族が憎しみ合い、絶縁状態になるケースは少なくない。また、近年の法改正により、このような問題に頭を抱える人たちは、ますます増加することが想定される。もし自分の身に降りかかったら、どうすべきか。本連載では、リアルなエピソードを追いながら、相続トラブル解決のヒントを探る。

特別受益の主張で、相続のやり直しはできるのか?

「仮に兄に特別受益があったとして、相続のやり直しはできるものなのでしょうか」

 

「ええ、できます。特別受益の主張には期限がありませんから、特別受益と相続した金額を足して、改めて三等分すればいいわけです」

 

ざっくりとだが、私はその仕組みを大将さんに説明した。

 

まず、兄弟が受け取った特別受益を計算し、その金額を相続の金額に足す。この合計のことを「みなし相続財産」という。次に、法定相続分に応じて割り算する。大将さんたちの場合は3で割る。すると、それぞれの相続額が出るため、そこからすでに受け取った特別受益分を引く。このように、特別受益を含めて相続を計算し直すことを、特別受益の持ち戻しという。

 

仕組みそのものは決して難しくない。ただ、相続人である3兄弟が話し合わなければならず、特別受益の額も明らかにしなければならない。つまり、手間がかかり、面倒くさい。大将さんもそう感じたようだった。

 

「そのためには特別受益の金額を明らかにする必要がありますね」

 

「ええ。それと、お兄さんだけではなく、お姉さんにも特別受益があるかもしれません」私はそうつけ加えた。

 

「姉がですか?」

 

「ええ。お兄さんが援助をもらったのだとすれば、お姉さんも、お兄さんや大将さんが知らないところでお金をもらっているかもしれません」

 

「そうですね。私自身、母から何度か現金をもらったことがあります。店をやっていくのは大変だろうと言って、時々お小遣いをくれたのです。その金額も明らかにしないといけませんね」

 

「それは難しいところですね。というのは、少額の場合は特別受益にならないことが多いからです」

 

「そうなんですか」

 

「ええ。親から子どもにお金を渡すケースとしては、結婚式の費用や学費などもありますよね。そういうお金は特別受益となる場合があります」

 

実際、そのようなお金が原因で相続の際にもめることがある。例えば結婚式の費用は、渡す額を同じにするのが難しい。式の規模や内容によって金額が変わるし、兄弟姉妹の中に結婚しない人がいるかもしれないからだ。学費も同じだ。学費は学校によって変わるし、留学する子どもがいるかもしれない。その金額差が原因で、いざ相続する時になって兄弟がもめることがあるのだ。

 

「なんか話が複雑になってきました」大将さんは困った顔をし、頭を掻(か)いた。その気持ちはよくわかる。相続トラブルはとにかく面倒なのだ。

 

「まずはお姉さんと話し合ってみることをお勧めします」

 

「姉が特別受益をもらったかどうかについてですか?」「それもありますが、お金が必要な理由も聞いたほうがいいでしょう。少額であれば、お兄さんを含めて話し合い、兄弟間で融通し合えるかもしれません。特別受益の証明は手間と時間がかかります。調停で話し合うことになれば兄弟が不仲になる可能性もあります」

 

「そうですね。私としてもそれは避けたいんです。まずは姉と話してみます」そう言い、大将さんは事務所を後にした。

投資にのめり込み、資金不足に陥っていた姉

大将さんが再び事務所にやってきたのは、それから1週間後のことだった。姉と話し合い、一応の解決が見えたという。

 

事務所の中に案内すると、大将さんは「いろいろご心配おかけしました」と言い、深々と頭を下げた。

 

「いいんですよ。まあ、座ってください」

 

「ありがとうございます。それにしても、マイッタ。いやあ、マイッタ」

 

大将さんは大きく息をついた。

 

ひと息つき、大将さんは姉のことを話した。

 

「兄弟といえども、相手のことはわからないものですね」大将さんが言う。

 

「お姉さんの事情がわかったんですね」

 

「ええ。投資でした」

 

「投資?」

 

「はい。私がまったく知らないところで、株にはまっていたようなのです」

 

大将さんの話によると、姉は5年ほど前から株式投資をするようになったのだという。ちょうどアベノミクスが始まった頃で、世間が株価上昇に沸いていた。

 

「投資はもともと好きだったのですか?」

 

「いいえ、兄や私よりも堅実で、ギャンブルなども毛嫌いしていました。しかし、知人に勧められて買った株で運よく儲かったんです」

 

「ビギナーズラックですね」

 

「はい。それでのめり込むようになったのです。最初は数十万円くらいのお金でコツコツ投資していたようなのですが、だんだん投資額が大きくなったのです」

 

最初こそ調子よく勝てたものの、徐々に勝てなくなり、資金が減っていった。投資の世界にはその道何十年というプロがいる。素人が簡単に勝てるものではない。1年後には母親から贈与された500万円に手をつけるようになり、そのお金もなくなった。

 

それでも姉は最初に儲かったときの快感が忘れられなかった。たまに勝つと気持ちが大きくなり、投資資金を増やす。負けたら取り返そうと考え、さらにお金を突っ込む。典型的な負けパターンだ。もともとギャンブラーの気質があったのかもしれないし、刺激が欲しかったのかもしれない。

 

「それでお金に困るようになったわけですね」

 

「ええ。相続したお金がなくなると、生活費にまで手をつけるようになりました。何度か消費者金融から借りたこともあったそうです」

 

「厳しいですね」

 

「ええ。その返済が危なくなり、母にお金を借りていました。先生がおっしゃっていた特別受益です」

 

「やはりもらっていましたか」

 

「はい。姉は50万円借りたと言っていましたが、あの口ぶりだと、その2、3倍はもらったのではないかと思います。もっともらったのかもしれません」

 

「相続のやり直しを言い出したのも、投資資金が欲しかったからなのですね」

 

「そうです。当然、そんなことのためにやり直しなんかできないと言ってやりました」

 

「それがいいでしょうね。株を否定するわけではありませんが、その調子ではまた資金不足になってしまうでしょう」

 

「そうですね」大将はそう言って笑った。

 

 

髙野 眞弓

税理士法人アイエスティーパートナーズ 代表社員

税理士

 

炎上する相続

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髙野 眞弓

幻冬舎メディアコンサルティング

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