生前の母から受け取った現金は「特別受益」?
どの親にとっても我が子は可愛いものである。可愛さ余って、つい甘やかしてしまうこともある。相続ではそれが問題を生むことがある。大将さん(仮名)の家がまさにそのケースであった。
大将さんの母親は、生前に子どもたちに何度か現金をあげていた。問題は、その金額に差があり、長男が多くもらっていたことだ。その差に目をつけた妹は「特別受益」だと主張。「平等に分けるべきだ」と言い出し、兄弟間でもめごとが起きてしまう・・・。
行きつけのクラブがある。
そう言うとかっこよく聞こえるかもしれないが、行きつけというよりは時折顔を出す程度であり、クラブというよりはちょっと高級な飲み屋といったほうが正確である。
ただ、付き合いは長い。店のママとも馴染みで、お酒をチビチビと飲みながら、お互いの商売のことなどをよく話す仲である。
「以前話したことがある寿司屋さんのことなんだけどね」
藪から棒にママが言う。
「寿司屋って、1丁目の寿司屋かい」私は聞き返した。
「そう。私や店の子たちがよく行くあの寿司屋さん。大将もたまにこっちに飲みに来てくれるお得意さんだから、いろいろと話を聞くわけよ。この間も来てくれたんだけど、その時に、大将がちょっと問題を抱えてるって言っていてね」
「どんな問題?」
「詳しいことはわからないんだけど、どうやら税金とか相続に絡むことらしいの。だから先生に聞いてみたらいいかなと思って。もしよければ連絡先を教えてあげたいんだけど、いいかしら」
「別に構わないよ。じゃあ、大将に電話をくれるように伝えといてくれ」
「ありがとう」
始まりはそんな些細な会話だった。
その寿司屋は個人経営のこじんまりとした店だが、ネタがいいらしく、ママの評価は高い。大将も気立てのいい人らしく、私もいつか行ってみようと思っていた。
ママが「問題」と言っていたのが気にはなったが、おそらく節税か、店の権利の譲渡や相続についての相談だろうと思った。
ここ数年は景気が回復基調にあるらしいが、飲食店経営は相変わらず厳しく、倒産件数が増えていると聞く。平日の夜は人が少なく、バブル経済期のように気軽に寿司屋に通うような時代とは程遠い。
経営に苦労はつきものだ。集客も資金繰りも大変だろう。
偉そうなことは言えないが、税金関係のことであれば何か力になれることがあるのではないかと思った。
事業をしている兄が一番多く生前贈与を受けたが…
電話がかかってきたのは翌日の午前中だった。
店と事務所は近所だ。早速その日の夕方に事務所に来てもらうことにした。
やってきたのは60歳の痩せ型の男性だった。「いらっしゃい」「ありがとうございます」といった威勢のいい声を出すようなタイプではなく、どちらかというと私たちに近い、士業のような雰囲気の人物だった。
「どうぞこちらへ」私は大将さん(仮名)を部屋に案内した。
「ありがとうございます。無理を聞いてもらったようで、すみません」大将さんはそう言って頭を下げた。
「いいんですよ。ママの馴染みは私の馴染みのようなものです」
助かります」そう言い、大将さんはもう一度頭を下げた。
「さて、どんな相談ですか?」
「実は、相続のことで問題がありまして」
「問題ですか」私はそう言い、ママも「問題」と言っていたことを思い出した。
「2年前、私の母が他界しました。資産がいくらかあったのですが、母が生きているときに兄弟それぞれが贈与を受けていたので、亡くなった時には特に相続する資産はなく、すでに配分し終わっている状態でした」
「生前贈与ですね」
「はい。兄弟は、1番上の兄、2番目の姉、末っ子の私の3人で、母が亡くなる数年前に現金を譲り受けました」大将が言った。
生前贈与は、被相続人となる人が生きているうちに財産を相続させることだ。生きているうちに財産を整理することで、自分の死後に子どもなどが取り分でもめたりするのを防ぐことができる。
ところが、大将さんたち兄弟の場合はもめごとが起きた。
「今になって姉がその相続をやり直したいと言い出しているんです」大将は言った。
「なるほど。相続したのは兄弟3人だけですか?」
「はい。父は10年前に他界していますので、家族は兄弟3人だけです」
「ご兄弟は何をしているのですか?」
「兄は自分で会社をやっています。小さな会社ではありますが、一応、数人の社員とパートのおばちゃんがいます。姉は専業主婦で、仕事はしていません」
「ご両親は何をしていたのですか?」
「父親はもともと会社員で、副業で中古マンションの部屋を2つ買い、賃貸に出していました。父が亡くなった後も、しばらくそのマンションを持っていましたが、5年ほど前に売却しています。母は専業主婦で、マンションの家賃管理などをたまに手伝っていました」
「わかりました。相続は家族で話し合って決めたのですか?」
「はい。父が亡くなり、マンションを売却すると決めた時に集まって話し合いました。マンションを売ってしまうので、分けるものは現金しかありません。それを3人で分けることになったんです」
「等分したのですか」
「いえ。兄が会社をやっていたこともあり、兄が多めにもらいました。金額としては、兄が1000万円、姉と私が500万円ずつです」
事業をしている子どもに多めに相続させるケースは少なくない。独立して頑張っている子どもを陰ながら応援するという親心が働くのだ。
この話は次回に続く。
髙野 眞弓
税理士法人アイエスティーパートナーズ 代表社員
税理士