今回は、相続トラブルを防ぐ3つのポイントを中心に見ていきます。※相続でもめたあげく、仲がよかった親族が憎しみ合い、絶縁状態になるケースは少なくない。また、近年の法改正により、このような問題に頭を抱える人たちは、ますます増加することが想定される。もし自分の身に降りかかったら、どうすべきか。本連載では、リアルなエピソードを追いながら、相続トラブル解決のヒントを探る。

相続問題には「方程式のような解決策」は存在しない

今まで多くの相続トラブルを見てきた。筆者が扱う案件全体としては会社の決算などのほうが多いのだが、相続の案件は一つひとつの中身が濃いのが特徴だ。本書を執筆している最中も、「あの人は今、何をしているのだろうか」「あの兄弟は気の毒だったなあ」などと思い出し、それぞれの顔が鮮明に浮かんだ。

 

相続の案件には、こうすればうまく解決するといった方程式がない。決算の場合、例えば節税ならこうすればいいという解決策があるが、相続にはそれがないのだ。

 

なぜかというと、各家庭の事情がさまざまで、被相続人や相続人の感情が入り混じるためだ。ある家の場合は兄弟で遺産を等分するのが最善だったとしても、別の家ではそれが兄弟の確執を生んでしまうことがある。それだけに、相続の相談は非常に神経を使う。エピソードの中でも紹介したが、税金が確定し、相続が完了しても、家族の中にわだかまりが残ることも少なくないからだ。

 

ただ「トラブルの原因は何か」という視点から見ると、いくつかの傾向がある。例えば、家族間のコミュニケーションが希薄だったり、自己中心的な人がいたりするといったことだ。その点を踏まえて、本連載の最後に、相続トラブルを防ぐためのポイントをまとめておきたいと思う。

①被相続人・相続人の気持ちを考える

まず重要なのは、被相続人や相続人の気持ちを考えることだ。相続は、法律にのっとった契約ではあるのだが、ただ合意に至ればよいというわけではない。被相続人と相続人ができる限り不満を持たないように気遣いをして、その上で合意することが大事なのだ。

 

気遣いというと漠然として聞こえるが、要するに、自分以外の関係者がどう感じるか考えたり、相手の立場になって考えてみるということだ。

 

例えば自分が被相続人や、被相続人の配偶者の立場で、子どもたちが相続するのであれば、どうすれば兄弟がもめずに済むか考えてみるとよいだろう。

 

自分としては「長男に多く相続させたい」と考えるかもしれない。しかし、長男にだけ多く相続させれば、その他の兄弟は不満に感じるだろう。

 

それを防ぐために、長男に多く相続させたい理由などを長女や次男に伝える。

 

こういう理由があり、こういう風に相続してほしいといった考えを話すのだ。過去例を振り返ってみても、そういう会話さえあれば防げたはずだと思うトラブルはたくさんある。

 

相続人の立場なら、他の兄弟への気配りが大事だ。人間の感情として「もらえるものはもらいたい」と思うのは自然だ。しかし、もらいたいと思っているのは自分だけではない。兄弟だって同じなのだ。そう考えれば、自分だけがたくさんもらおうといった自己中心的な思考は抑えられるのではないだろうか。

 

場合によっては、兄弟姉妹それぞれの家庭で経済状態に差がついていることもある。それなら、法律的には等分するのが基本かもしれないが、お金を必要としている兄弟が多めにもらえるようにしてやってもいいのではないだろうか。

 

兄弟姉妹だからこそ、利害関係にとらわれずにそういう気遣いができる。お互いを気遣い、もめずに相続を完了させることが、遺産を残してくれた親への気遣いにもなると思うのだ。

②相続について、事前に家族間で話し合っておく

2つ目のポイントは、相続について家族内で話し合っておくことだ。

 

税法が改正されたことで、相続税が発生する可能性は大きくなった。相続税が発生しなくても、相続は発生する。そういう前提に立って、自分の家がどんな風に相続をするのか話し合うのだ。

 

相続の方針はその家ごとに異なっていて構わない。法定相続分に従って分ける家もあるだろうし、兄弟間で差があってもいいのだ。

 

重要なのは方針の内容ではない。方針があるかどうかであり、家族内で共有できているかどうかなのだ。あらかじめ話し合っておくことで、いざ相続となった時にパニックが起きたり、もめたりする可能性も防げるだろう。結論としてはつまらないかもしれないが、大事なのは家族内の会話なのだ。

 

ここが壁なのかもしれない。日本の家庭の多くはいわゆる中流家庭で、相続トラブルとは無縁だと思い込んでいる節があるからだ。まずはその認識を変える。誰かがイニシアチブを取って「うちの相続はどうするの」と話し合う場をつくることが大事だ。

 

みんなで集まったり、話し合ったりする時間などない。そういう場合は、親戚の法事などがいい機会になるのではないだろうか。家族が別々に暮らしている場合、一度に集まれる機会は少なくなる。その点、法事は家族会議ができる数少ない機会なのだ。

 

また、相続の話は誰かの死の話でもあるため、話しにくい、切り出しにくいと感じる人もいる。父親が「俺が死んだら──」と言えば「縁起でもない」と一蹴される。子どもから親に資産額を聞くのも難しいものだ。

 

しかし、そういう遠慮はいらないと私は思う。なぜなら、遠慮なく話せることが家族の特権だからだ。そう考えて、自主的に話し合いの突破口を開いてほしい。その役目を果たす人がいるかどうかで、相続トラブルが起きる可能性は小さくできるのだ。

③遺言書は「作成から存在の周知」までが1セット

3つ目は、遺言書を作っておくことだ。

 

遺言書は、被相続人が明確に意思を表すことができる手段だ。「すべての財産を愛人に譲る」といった内容ではかえってトラブルを招くだろうが、そういう無茶な内容でなければ、被相続人の考えを書面に残すのはとても重要だ。

 

相続人としては、遺言を読むことにより、誰が、どの資産を相続すればよいかがわかる。遺言書の通りに分けるとは限らず、遺留分、特別受益、寄与分などを考慮して調整することもあるだろうが、少なくとも遺言は遺産配分の目安になる。遺言の内容をそのまま受け入れるのであれば、相続人同士の間で分割協議書を作る必要もなくなる。

 

結果、白紙の状態から遺産配分を考える場合よりも、もめる可能性が格段に低くなるのだ。

 

また、遺言書を作る際は、作ったことを家族に伝えておくとよいだろう。遺言書の作成にはいくつかパターンがある。遺言書作成というと弁護士に作ってもらうイメージが強いかもしれないが、司法書士や行政書士に頼むこともできるし、公証役場に行って作ることもできる。

 

公証役場は全国にあるため、遺言書を作る際には最寄りの役場を調べてみるといいだろう。各都道府県の公証役場は、日本公証人連合会のWEBサイトなどで調べられる。

 

どの方法でもいいのだが、相続人にとって重要なのは、誰が遺言書を預かっているかだ。遺言書を預かった人が、被相続人が亡くなったことをすぐに知るとは限らない。むしろ知らずに過ごしてしまうことのほうが多いだろう。誰かが連絡しない限り、被相続人が亡くなったことを知るすべがないからだ。

 

せっかく遺言書を書いても、その存在を伝えておかなければ、相続人の判断で相続が完了してしまう。その後で遺言書が見つかり、遺言に従って相続をやり直すことになる場合もある。

 

よかれと思って作った遺言状が、二度手間、三度手間を生んでしまうのは本末転倒。遺言書は、書くことも大事だが、書いたことを伝えるのも大事なのだ。

 

ここで挙げた3つのポイントは、決して難しいことではないだろう。相続トラブルが面倒なものであり、家族崩壊を招く可能性もあるのだと考えれば、すぐにでも取り掛かる価値が十分にあると私は思う。

時代によって変わる税制…事前の節税策には限界あり

強いてもう1つ重要なことを挙げるとすれば、税について知っておいたほうがいい。当然の話だが、税金は国を動かす原動力であり、相続税はその一部だ。

 

相続税の話になると、つい日本の税金は高い、アメリカのような夢がないといった話になりがちだ。うまい節税の方法はないかと聞く人もたくさんいる。

 

しかし、そういう話をしてもあまり意味はない。納税は義務であり、法律に従って暮らすのが当たり前だからだ。しかも、税制はその時代によって変わるものであるため、自分が納める税金の額は、自分や親が死ぬ時にならなければわからない。そう考えれば、節税方法を一生懸命考えてもあまり意味がないことがわかるだろう。

 

税理士のくせに適当だと思うかもしれないが、そうではない。税理士としてあらゆる案件を見てきた結果として、あれこれ節税方法を考えるより、家族仲よくしたり、遺言書を書くといったことのほうがよっぽど大事なのだと伝えたいのだ。

 

また、政治に関心を持つことも大事だろう。税制は政治によって変わるからである。

 

もし今の税制がおかしいと思うのであれば、税制を変えるための行動をする。つまり、投票である。

 

政治は、税制と同じくらい興味を持ちにくい分野かもしれないが、税制を決めるのは政治であり、政治家を選ぶのは自分たちだ。決して縁遠い存在ではない。誰に一票を投じるかによって未来の自分が納める税金も変わるのだ。

 

税金に対する無関心と不信感は根深いものだ。エピソード内で紹介した人たちも、税に関する知識が浅く、知りたいという気持ちもなかった。

 

その原因の1つが日本の教育制度にあると私は思っているので、ここ数年は事務所の近くの中学校などで税の講義を行っている。税金について知ることも、相続トラブルを未然に防ぐ1つの方法だと思うのだ。

 

話は少しそれたが、重要なのは、皆さんが相続トラブルを回避すること。本連載を読み、「こんな家族にはなりたくない」と思ったのであれば、早速対策を始めてほしい。

 

相続とは、いってみれば人生の総括だ。円満相続であれば被相続人が家族から尊敬されるし、もめてしまえば嫌われる。

 

家族への思いやりを持って、相続について話してみることが第一歩だ。家族にとって最善の相続が見えたら、それを書面にまとめ、書面にしたことも家族に話してみるとよいだろう。

 

それが最も簡単で、最も効果的な炎上対策なのだ。

 

 

髙野 眞弓

税理士法人アイエスティーパートナーズ 代表社員

税理士

炎上する相続

炎上する相続

髙野 眞弓

幻冬舎メディアコンサルティング

裁判沙汰になったトラブルの3割が遺産総額1000万円以下⁉︎ 「ウチは大丈夫」と思ったら大間違い! 6つの炎上エピソードから学ぶ「円満相続」の秘訣 相続でもめたあげく、兄弟姉妹が憎しみ合い、絶縁状態になってしまうこ…

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