今回は、前回に引き続き、生前贈与に納得できないきょうだいが、相続のやり直しを求める事例を見ていきます。※相続でもめたあげく、仲がよかった親族が憎しみ合い、絶縁状態になるケースは少なくない。また、近年の法改正により、このような問題に頭を抱える人たちは、ますます増加することが想定される。もし自分の身に降りかかったら、どうすべきか。本連載では、リアルなエピソードを追いながら、相続トラブル解決のヒントを探る。

なぜ母は突然「生前贈与」の話を切り出したのか?

「お母様が亡くなってからではなく、生前贈与にしたのはどうしてですか」

 

「実はそこがよくわからないんです」

 

「わからない?」

 

「ええ。私が言い出したわけではありません。ある時、母親から電話があり、相続について話したいから集まろうと。母親が言うには、自分の健康がそろそろ心配だから、元気なうちに分けてしまいたいのだと」

 

「病気だったのですか?」

 

「年寄りですから足腰が痛んだり血圧が高いといったことはありましたが、これという病気はありません。母親は、最近ボケることが多い、物忘れもあると言っていました。だから生きているうち、元気なうちにというのですが、特にボケているような様子もありませんでした。どちらかというと、もともとどこか抜けていて、おっちょこちょいです。それもあって、私は別の理由があるのではないかと思っていたのです」

 

「別の理由ですか」

 

「ええ」

 

「何か思い当たることがあるのですか?」

 

「私の想像ですが、兄か姉が母親にお金を工面してもらっていたのではないかと思っています」

 

「そういうことは以前にもあったのですか」

 

「はい。兄の会社は、今でこそ順調ですが、過去には何度か厳しくなった時がありました。詳しくは知りませんが、その時に両親が兄のことを心配し、お金を用意していたようです」

 

「お姉さんは?」

 

「姉については、そのような話を聞いたことはありません。ただ──」

 

「ただ?」

 

「今回、相続をやり直したいと言い出したのは姉です。もともと兄が多く相続していますから、やり直して三等分すれば、姉がいくらかお金を手にします。そう考えると、もしかしたら現状お金に困っていたり、過去にも困った時があったのかもしれません」

 

「なるほど」

 

大将さんの予想はおそらく当たっている。そう思った。

 

生前贈与しようと考える場合、何かきっかけがあるものだ。贈与する側である母親が相続トラブルを未然に防ぎたいと考えたのかもしれないが、話を聞く限りでは、相続する前の兄弟は特に仲が悪かったわけではない。相続トラブルを心配するような状況ではなかったはずだ。

 

だとすれば、贈与を受ける側である子どもから頼んだ可能性が高い。実際、家を買ったり、起業するための資金として生前贈与を受けるケースも多い。

 

兄か姉か、もしくは両方からのお願いがあって、母親は生前贈与することにしたのだろうと思った。

誰かが姉に「特別受益」について入れ知恵を?

「相続をいったん白紙に戻して、三等分するというのがお姉さんの希望なのですか?」

 

「ええ。ただ、それだけではないのです。兄は以前から母親の援助を受けています。だから、相続に関しては兄よりも金額が多くなければおかしいとも言っているんです」

 

「つまり、お兄さんが会社経営のために援助してもらったお金も含めて相続をやり直すということですね」

 

「そうだと思います。実は、その辺の税制の仕組みがよくわからず、それで先生に相談に乗ってもらいたかったんです」大将さんはそう言った。

 

「そうですか。お姉さんが言っているのは、税制でいうところの特別受益のことだと思います。生前贈与などによって特別に利益を受けるという意味で、簡単にいえば、他の兄弟よりも多くもらったお金ということです」

 

「たしかに、姉も特別受益がどうこうと言っていました。兄の場合、会社経営のためにもらった援助金が特別受益になるわけですね」

 

「そういうことです。法律には法定相続分という分配の目安があり、その通りに分けるのであれば、2人兄弟なら半分ずつ、3人なら3分の1ずつ公平に分けます。しかし、特別受益があった場合は、その分を減額しなければ公平になりません。だから、特別受益を含めてやり直すと言っているのでしょう」

 

「素人の質問で恐縮なのですが、その場合、兄がいくら援助してもらったか証明しなければなりませんよね」

 

「その通りです。そこが特別受益がある場合の相続で難しいところです。特別受益を相続に反映させるためには、まず相続人の誰かが特別受益があったことを主張しなければなりません。これが、今まさにお姉さんがやっていることです」

 

「そうですね。兄のほうがたくさんもらっていると主張しています」

 

「次に、その金額を明らかにするわけですが、仮にお姉さんが特別受益があったと主張しても、お兄さんがその事実を認めなければ話は進みません。特別受益があったと認めたとしても、その金額についてお姉さんとお兄さんの認識が合わないこともあります」

 

「姉が1000万円もらったはずだと言う一方で、兄がそんなにもらっていないと言えば、話が平行線をたどるわけですね」

 

「そうです。そのため、例えばお母さまの銀行の通帳を調べるなどして、特別受益があったことや、いくらだったかを証明していくことになるわけです」

 

「もう1つ素人の質問で恐縮なのですが、話の折り合いがつかなかった場合はどうするのですか?」

 

「遺産分割の調停をするか、それでも決着しなければ裁判をすることになるでしょう。客観的な立場で話を聞く調停委員や裁判官を交えながら、特別受益があったかどうか、あった場合にはいくらだったかを確認し、遺産の分割について話し合うわけです」

 

「そうかあ」話を聞き、大将さんは大きく息をついた。

 

「兄弟内の話し合いで決着すれば、調停や裁判にはなりませんか?」

 

「なりません。調停や裁判はもめた時の解決策で、もめなければ必要ありませんから」

 

話をしつつ、私にはもう1つ気になることがあった。

 

「素人の質問で恐縮なのですが」と大将さんは言った。

 

素人で当然である。贈与や相続は頻繁に発生するものではない。遺産がたくさんある大金持ちの家は別として、大将さん一家のような普通の家庭では、相続が話題にのぼることも少ないはずだ。

 

しかし、大将さんの姉は特別受益を主張したという。自力で税制を勉強した可能性もあるが、誰かが姉に入れ知恵したのではないかと思った。

 

 

髙野 眞弓

税理士法人アイエスティーパートナーズ 代表社員

 

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