ビジネスにおいて契約書に必要な事項を明記しておくことは非常に重要だ。しかし、いくら契約で取り決めた事項であっても、場合によっては「無効」とされ、損害賠償金の支払いに応じなければならないこともある。本記事では、書籍『海外取引の成否は「契約」で9割決まる』の著者であり、弁護士である筆者が、契約書は強力だが「万能」ではない理由を取り上げる。

販売代理店との契約を打ち切ろうとしたが…

前回に挙げた例、バーバリーと三陽商会の場合は(関連記事『契約書軽視で製品情報の漏洩も…日本と異なる海外取引の流儀』参照)、長い付き合いだったことと、お互いにイメージが大切なビジネスだったこともあるためか、何らかのトラブルがあったとは聞いていません。表向きは友好的に、場合によっては適当な金額の対価が支払われて、円満に契約を終了したかのように見えます。

 

ただし、三陽商会としては稼ぎ頭のブランドであるバーバリーを、できれば手放したくはなかったでしょうし、あらかじめ取り決められていた2020年までの契約を、2015年までに短縮されたことに不満があっても無理はないと思います。日本のメディアの報道でも、「三陽商会が契約を打ち切られた」と、被害者になったかのようなニュアンスがあったかと記憶しています。

 

それもビジネスです。最終的にお互いが納得したのですから、他人が口を挟む筋合いではありません。しかし、逆に日本企業がバーバリーと同じことを海外の販売代理店に対して行う場合、往々にしてトラブルになりがちです。

 

その一つの原因は、日本企業の作成する契約書に、契約終了時の扱いやその際の補償について明確な取り決めがなかったり、あったとしても相手が納得していなかったりするからです。また、国によっては、立場の強いメーカーが一方的に販売代理店契約を切ることを、法律によって禁止している場合すらあります。そうなると、お互いによって立つ場所が違うだけに、泥沼の争いになります。

 

私が実際に弁護士として相談を受けた事例を、守秘義務に抵触しない範囲でご紹介しましょう。とある日本の機械メーカーが海外の販売代理店と販売店契約を結んで、ある程度成功して続いていたので、自社で現地子会社を立ち上げてビジネスの幅広い展開を目論んだことがありました。そこで、契約期間が満了するのを待って、販売代理店との契約を更新せずに打ち切ろうとしたのですが、猛烈な反発に遭いました。

 

相手にしてみれば、現地ではまったく知られていなかった製品に投資して広告宣伝を行い、ようやく売れるようになってきて、これから本格的に回収するというタイミングで、何の落ち度もなく、突然契約を切られたことになるからです。このように、メーカーがまったく自社の都合だけで販売代理店との関係を断とうとすると、「これまでうまくビジネスをしていて、良い関係を築いていたのにどういうことだ!」と反発を受けることになります。

 

逆に、販売成績があまり芳しくない場合には、契約を打ち切っても文句を言われないことが多いです。販売代理店側も、「もっと売れると思ったのに当てが外れた」、「売れないからやる気をなくした」、「惰性で続けている」といったことが多いですから、契約を切られても問題ないと思っていることが多いのです。

 

しかし、販売代理店側が、「これからもっと売れる」と意気込んでいるときに一方的に製品を取り上げると、「騙された」と憤りが強くなります。メーカー側も、「これからもっと売れる」と考えているからこそ自社でビジネスをしたいのでしょうから、疾(やま)しさは残ります。契約書上は何ら問題のない契約終了方法だといっても、事細かに補償の有無について定めず、「何かあった場合は話し合いで」としていると、交渉の余地があると見られてしまうのです。

 

確かに販売代理店は、基本的には自前で販売促進費や広告宣伝費、展示会開催費を負担してきました。それによってブランディングができて知名度が上がったのに、その成果だけを無償でもらおうというのは都合が良過ぎるかもしれません。そのため、販売代理店も損害賠償金や補償金の請求をすることにためらいがありません。その金額は、計算方法にもよりますが、数年分の販売代理店の利益相当額になることもあります。

判例法理を考えると、契約書は万能ではない

では、このようなクレームを避けるにはどうしたらよいのでしょう。

 

基本的には、あらかじめ契約書に明記しておくことで、相手の反論を封じることができます。それくらい、契約書の文面の効力は強いのです。

 

例えば、「補償金はいかなる理由があっても請求することはできない」と明記しておけば、契約打ち切りに関しての補償金の請求を退けることができます。また解約についても、「3カ月前に通知すれば契約期間中でも解約することができる」と入れておけば、契約満了まで1年や2年待たずとも解約できるようになります。

 

とはいえ、契約は双方が納得したうえで合意に至るものなので、いくら自社に有利な条件を盛り込みたくても、相手が頑として拒否した場合は入れることができません。

 

また、仮に契約書の文面に記述することができたとしても、あまりにも一方的な都合により販売代理店との契約を切った場合には、販売代理店に訴えられて、現地の販売店保護法や、判例法理(継続的契約の法理)などによって、一定額の損害賠償金の支払いを命じられたり、解約が無効になったりすることもあります。契約書は強力ですが、万能ではありません。ビジネスは人と人とで行うものですから、契約書の前にお互いの理解を深めることも必要です。

 

弁護士である私がいうのもおかしいかもしれませんが、法律や裁判で物事を解決するといっても、最終的には人間同士の問題になるので、いかに相手を感情的に慰撫(いぶ)するかが重要になります。

 

このとき、日本人同士であれば、ある程度は話し合いで理解し合えることが多いのですが、相手が外国人の場合、こちらの思いもよらぬところで激昂したり、譲らなかったりすることがあるので、注意が必要です。

 

 

菊地 正登

片山法律会計事務所 弁護士

 

海外取引の成否は「契約」で9割決まる

海外取引の成否は「契約」で9割決まる

菊地 正登

幻冬舎メディアコンサルティング

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