エジソン、モーツァルト…偉人たちを支えた親の行動とは?

発達障害の子どもたちは、多くの才能を秘めているにもかかわらず、ときに「問題児」として扱われます。周囲からの理解が満足に得られず、生きづらさを感じている子供たちも少なくないですが、それは幼児期の適切な教育によって軽減できるのです。本記事では、発達障害であった可能性が指摘されている、偉人たちを支えた親の教育方針について見ていきます。

退学になったエジソンを否定せず、自ら教育をおこなう

「発達障害」という言葉がメディアでも頻繁に取り上げられるようになり、発達障害の存在は広く世間に知られるようになりました。その一方で、「障害」という言葉の印象から、発達障害は治すべきもの、矯正すべきものというイメージを持たれていることがあります。

 

しかし、グローバルに活躍する著名人や、世に名を残した偉人の中には、発達障害だったのではないかとされる人が多くいるのも事実です。

 

発達障害は本当に「障害」と呼ぶべきものなのでしょうか。発達障害でありながら成功をおさめた人たちは、どのように発達障害と付き合い、自らの才能を開花させることに成功したのでしょう。

 

まずは、誰もが知っているような偉人たちの生い立ちを紐解き、そのヒントを探ってみることにしましょう。

 

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発達障害の可能性があるとされている偉人の一人に、トーマス・エジソンがいます。彼は、電球や蓄音機をはじめ、約1300件もの発明をした発明王として有名ですが、ADHD(注意欠陥・多動性障害)だったのではないかといわれています。興味の対象が次々と変わり、何でも知りたがる特性を持っていたことが、その理由です。

 

幼少期のエジソンは、ほかの子どもが疑問に思わないようなことに対しても「なぜ?」を連発する子どもでした。たとえば、小学校で「1+1=2」を習ったときに、なぜ「1+1」が「2」になるのか、先生を質問攻めにしたというエピソードが残っています。

 

また、好奇心が旺盛で、ガチョウの卵をかえそうとして、ガチョウ小屋の中で卵を抱えて何時間も座っていたり、なぜ物が燃えるのかを探ろうとしてわらに火をつけ、自宅の納屋を全焼させてしまったりということもありました。

 

次々と突拍子もない行動を起こすエジソンに向かって、担任の先生はこう言い放ちました。

 

「君の頭は腐っている」

 

可能性に満ちた子どもに、なんとひどい言葉を投げつけたことかと呆れるばかりですが、さらには、校長先生からもほかの生徒の迷惑になると見放され、エジソンは小学校を3か月で退学することになってしまいました。

 

そのまま社会からドロップアウトしても当然の状態ですが、このときの母親の対応がエジソンを救うことになります。母親のナンシーはエジソンの才能を信じ、彼を否定することはしませんでした。小学校を退学になってしまったエジソンに、自ら教育をほどこしたのです。このナンシーの存在が助けとなり、彼は社会に出てから次々と発明をしていきました。

 

その結果、発明王エジソンが残した功績は、みなさんもご存知の通りです。

自らの音楽活動を一切やめ、モーツァルトに尽くした父

発達障害でありながら、才能を開花させた偉人はほかの分野にも多くいます。

 

たとえば、作曲家のモーツァルトは多動性や衝動性、特定のものへのこだわりといった特徴から、発達障害の可能性があったといわれます。

 

彼が35年という短い生涯の間に作った曲の数は、実に800以上にのぼりました。その楽曲の数々は時代を超えて愛され続けています。

 

モーツァルトの父親であるレオポルトは宮廷音楽家でした。レオポルト自身には音楽家としての飛び抜けた才能はありませんでしたが、後世に残る教則本を出版するなど、音楽の教師としては優れていたようです。

 

モーツァルトは、3歳になる頃にはすでに、鍵盤で3度の和音を探り当てて遊んでいたといいます。レオポルトの指導のもと、クラヴィーアやバイオリンの演奏に天才ぶりを発揮し、5歳のときには作曲を始めました。

 

そんなモーツァルトの様子に音楽の才能を見出したレオポルトは、自らの音楽活動を一切やめ、モーツァルトのマネージャーのような役割を担い、ヨーロッパを旅してさまざまな国の宮廷やサロンで演奏会を開きました。その道中でも、モーツァルトは最新の音楽や技巧を覚えていきます。イタリアを旅している間に、オペラの作曲に不可欠なイタリア語をマスターしてしまったということもあったようです。

 

レオポルトは、モーツァルトが初めて作曲をしたときから、すばらしいと彼をほめ、よき理解者として彼を支えました。音楽に打ち込める環境を与えられたモーツァルトは、並外れた才能を発揮し、のちに数々の名曲を生み出すことができたのでした。

 

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また、文学の世界にも発達障害だったのではないかといわれる作家が多く存在します。そのうちの一人であるアンデルセンは『マッチ売りの少女』や『みにくいアヒルの子』などの童話で知られています。彼はASD(自閉症スペクトラム障害)だったのではないかとされています。幼少時代から対人関係が苦手で友達を作れなかったことや、子ども時代に長時間にわたって紙を切って遊ぶという行動が見られたことなどがその理由です。

 

彼が生まれ育ったのは貧しい家庭でしたが、彼にとって幸運だったのは、親の教育方針です。アンデルセンの父親は、若い頃にラテン語を学びたかったのですが、親に反対されて断念したという経験がありました。そのため、「子どもにはやりたいことをやらせる。やりたくないということは無理にさせない」という考えを持っていました。

 

アンデルセンが5歳の頃のことです。幼児学校に通いはじめたアンデルセンでしたが、その学校の先生は、悪いことをした子をムチで叩くという教育方針の持ち主でした。

 

授業中でもよそ見ばかりしていたアンデルセンは、ある日、この先生にムチで叩かれてしまいます。これがアンデルセンにとっては耐え難いことだったようで、本を抱えて家に帰ってしまいました。そして、母親に「ほかの学校へ行かせてください」と頼みました。母親はその願いを即座に聞き入れ、アンデルセンを別の学校へ転校させたのでした。

 

ここで転校していなければ、アンデルセンは授業中によそ見をするたびにムチで叩かれ、勉強することさえ嫌いになっていたかもしれません。

 

 

大坪 信之

株式会社コペル 代表取締役

株式会社コペル 代表取締役
福岡大学 人間関係論 非常勤講師
一般社団法人徳育学会 会長
日本メンタルヘルス協会公認カウンセラー 

1963年、福岡県生まれ。
日本アイ・ビー・エム株式会社を経て、現在、子どもの瞳を輝かせ続ける徳育教室コペルの代表として心の教育を志し、様々な研究に取り組み続けている。
全国各地で、子育てセミナーや子どもの潜在能力を引き出すための講演活動を通じて、たくさんの親子にアドバイスを行う。
良好な親子関係を構築するファミリーダイアログなど、多様なオリジナルプログラムを開発実施して活躍している。
著書に『偉人を育てた母の言葉』(致知出版社)、『あなたの言葉で子どもは育つ』(プレジデント社)、『きみの可能性は無限大』(少年写真新聞社)がある。

著者紹介

連載AI時代に輝く――突出した才能をもつ子どもたち~書籍『「発達障害」という個性』より

本連載は、2018年12月4日刊行の書籍『「発達障害」という個性 AI時代に輝く――突出した才能をもつ子どもたち』から抜粋したものです。最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

「発達障害」という個性 AI時代に輝く──突出した才能をもつ子どもたち

「発達障害」という個性 AI時代に輝く──突出した才能をもつ子どもたち

大坪 信之

幻冬舎メディアコンサルティング

近年増加している「発達障害」の子どもたち。 2007年から2017年の10年の間に、7.87倍にまで増加しています。 メディアによって身近な言葉になりつつも、まだ深く理解を得られたとは言い難く、彼らを取り巻く環境も改善した…

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