子どもの目がきらきら輝くとき、脳の配線がつくられる
人間の能力を最大限に伸ばすためには幼児教育が重要で、とくに6歳までにできるだけたくさん脳の配線を構築する必要があります。そのためには「子どもの目が輝く瞬間をいかに多くつくれるか」が肝心です。これこそが、幼児教育の重要なポイントでもあります。
子どもの目が輝く瞬間には、人間の脳内では何が起こっているのでしょうか。主役となるのは、脳の扁桃核と呼ばれる部分です。アーモンドの形をしていることから、アーモンド脳とも呼ばれます。これは人間がアメーバだった頃の脳で、好き嫌いの判断を担当しています。扁桃核が、これは面白いものなのかどうかということを判断し、学ぶかどうかを決めているのです。面白いと判断されれば、瞳孔が30%開きます。目がキラキラするのは、瞳孔が開き、光を多く取り入れているからです。
それが「目が輝く」ということの物理的な仕組みです。その瞬間に、脳細胞の間に配線が伸びます。目が輝く時間は、年齢プラス1分といわれます。たとえば、1歳の子どもなら、2分間です。
ですから私の運営している幼児教室では、1歳の子どもにある教材を2分間見せたら、すぐに次の教材に進みます。目が輝くのは、初めて見るものに対してだけです。そのため、次々に新しい教材を出し続けるのです。子どもの年齢に合わせて教材を次々に繰り出すことで、45分の授業を飽きさせることなく進めることができます。子どもが目を輝かせるポイントは、どの子どもでも基本的には同じです。
ただ、多少の個人差はあって、この教材はやりたくないという反応が返ってくることはあります。そういうときは、一度先生が楽しそうにその教材をやってみせます。すると、先生が楽しそうにやっているから自分もやってみようかな、と子どもの心が動くのです。
これには、ミラーニューロンと呼ばれる神経細胞のはたらきが関係しています。ミラーニューロンは、イタリアの神経生理学者であるジャコモ・リゾラッティによって、サルが相手の動作を無意識にまねする行動から発見されました。
人間は4歳くらいになると、相手の言動から相手が考えていることを推察することが少しずつできるようになってきます。このような社会的認知にミラーニューロンが関係していると考えられています。ミラーニューロンがあるのは腹側運動前野という部分で、手や足の動きの出力に関係しています。他者の手の動作や口の動きの様子を観察しているときなどにも、ニューロンは反応します。そして、自分で同様の動きをするときに活動します。ミラーニューロンは、他者の動作を脳内でシミュレートするのです。
ミラーニューロンによる学習は、実物を見ないと有効ではありません。テレビやパソコン、スマートフォンなどのディスプレイを通して見る映像に対しては、ミラーニューロンが働かないのです。実物を見たときと、ディスプレイの映像を見たときとでは、脳の使う領域が物理的に違います。
子どもが初めて目にする本物を見せることで、目が輝き、脳の配線がつくられていく。この瞬間をなるべく多く経験させることが、子どもたちの将来を決めるといっても過言ではありません。
必要なのは「預かり保育」ではなく「療育」
では、子どもの目が輝き、脳の配線がつくられていくような幼児教育とはどのようなものなのでしょう。私の運営する幼児教室では、子どものIQが平均33ポイント伸びたという実績があります。それは25年にわたって、子どもの目を輝かせることを第一に考えて教材をつくり、授業に工夫を重ねてきたからです。
実際にどのように授業を行っているのか、その様子を少しご紹介しましょう。
まずは、「はじまりの歌」というオリジナルソングを使って、あいさつをします。歌い終わったところで、すかさず褒めます。そして、その日の日付や曜日、月の異名などが書かれたカードを使って、「今日は○月○日○曜日。月雅称は○○」などと、カードを見せながら、先生が読み上げていきます。こういった学習内容は、発達障害の子どものためのクラスでも、定型的な発達をしている子どもたちが学ぶ内容とまったく同じものです。
カードに書かれているのは、ひらがなだけでなく、漢字も含まれていますが、子どもたちは耳から入ってくる音から、自然に漢字の形と読み方を覚えてしまいます。その調子で、どんどん教材を繰り出していきます。使うのはカードだけではありません。
「おおきい」「ちいさい」などの概念は、伸び縮みする球型の教具を使って学びます。大小の概念は習得が難しいもののひとつですが、目の前で大きくなったり小さくなったりする教具を見ながら先生の言葉を聞いて、子どもたちは、難なくマスターしてしまいます。
レッスンでは歌も歌います。音楽に乗せることで、覚えやすくなるからです。童謡は子どもの好きな音の配列を含んでいたり、言語を話すために必要な口や舌の動きを促したりするものが含まれているので、効果的です。また、レッスンで使う歌には、既存の曲だけでなく、先生たちが考案したオリジナルソングが100曲以上もあります。音楽的なかっこよさはないかもしれませんが、自然に内容が頭に入ってくるような心地よさがあります。
英語については、BBCのアナウンサーに吹き込んでもらった音源を使い、本場の音に耳を慣らします。こういった内容を、子どもの年齢+1分のスパンで、次から次へと出し続けていきます。次の教材に進む合間に、先生は子どもたちを褒めます。回答が間違っていたとしても、子どもの取り組みを否定することはしません。
たとえば、カードを3枚順番に並べる教材で、1枚は正解だったのに、2枚の並べる順番が違ったとしたら、先生は正解した1枚を指して、「これ合っているね! すごい、すごい!」と褒めます。そして、残りの2枚については、「これとこれは、お引っ越し、お引っ越し。わぁー、○○ちゃん、できたね!」などと言いながら入れ替えて、完成したものを見ながら褒めます。数分のスパンで次々に新しいものが出てきて、しかもその合間で褒められるので、子どもたちは動き回ることなどなく、ぐんぐん前のめりになっていきます。45分の学習が終わると、次は運動の時間です。じゃんけんの練習や、列に並ぶ練習などもします。
そして、最後の10分は、保護者とお話をします。現在どんな悩みを抱えているかなどのお話をうかがったり、声かけの仕方についてお伝えしたりしています。
子どもたちは通い続けるうちに、この教室の中ではできないことがあっても怒られないということに気づき、安心するようになります。最初は「これで合ってる……?」とおそるおそる先生の顔色をうかがうように取り組んでいた子どもが、自信を持って自分から取り組むようになっていきます。
これまでに療育を受けたけれど望む効果が得られなかったという子どもほど、より顕著にその傾向を示します。そんな子どもたちが受けていたのは「療育」という名の「訓練」だったのかもしれません。療育を受けたものの、課題を出されるたびに先生の期待する答えが出せなくて、うなだれてばかりいたという話を保護者から聞くこともあります。
いろいろな訓練をさせられたものの上手にできず、否定され続けてきた子どもは、ここでもまたあのつらい訓練の時間が始まるのかとびくびくしながら教室に来ます。ところが、私の運営する幼児教室では先生が次々と褒め続けてくれるので、どんどん楽しくなってきます。しばらく通ううちに、お母さんをひっぱって来るようになり、レッスンが始まる前に、自分から椅子に座って待つようになります。席について、今日はどんなことをやるのだろうと、目を輝かせて待っているのです。
その様子を見て、あるお母さんは涙を流していました。
「あの子は訓練させられて、できない、できないと悲しそうにしていたけれど、ここでは嬉々としてレッスンに取り組んでいます。先生が褒め続けてくださって、喜んで通ううちに今までできなかったことができるようになって、本当にうれしいです」
これは特別な例ではありません。発達障害の子どもに本当に必要なのは、預かり保育でもなければ、子どもの自尊感情を削ぎ落としてしまうような訓練でもありません。褒めることで自尊感情を育み、自分からやってみようと目を輝かせる姿を引き出すことなのです。
大坪 信之
株式会社コペル 代表取締役