今回は、企業や事業の売却にあたって、事前に準備・整理しておきたい資料について見ていきます。※本連載では、一般財団法人日本M&Aアドバイザー協会 代表理事・会長の大原達朗氏、専務理事・事務局長の松原良太氏、理事の早嶋聡史氏が「M&Aアドバイザー」との付き合い方について解説します。

スムーズな交渉にはアドバイザーとの情報共有が不可欠

今回は、売り手企業がM&Aを進める際の準備や心構えについて見ていきます。近々、事業を売却する必要がある場合は、少なくとも以下の資料を準備しておくとよいでしょう。不足している場合には、売り案件として情報を公開する前に、M&Aアドバイザーと相談しながら、資料を準備、整理しておくことをおすすめします。

 

●財務関連

・決算書、申告書、勘定科目内訳書をそれぞれ過去3~5期分

・固定資産減価償却内訳明細書

・直近の月次試算表

・賃金台帳

 

●契約書関連

・賃貸借契約書

・リース契約書(該当する場合)

・主要顧客との契約書

 

●事業関連

・事業計画書(あれば)や事業内容を説明する資料

・主要メンバーとその役割を整理した資料

 

M&Aアドバイザーにコンタクトすると、M&Aの流れや注意点、報酬などを説明されます。その後、事業内容や売却目的、詳しい経営状況や財務状況のヒアリングが行われます。その際に、正しく回答できるように準備をしておきましょう。特に、財務数値にはあらわれない会社の強みや弱みについて、M&Aアドバイザーは詳しくヒアリングを行います。

 

多くの場合、売り手企業では、経営管理資料などが不足しています。M&Aアドバイザーは、売り手とのヒアリングを通じて知りえた情報と、不足する情報に対してはキャッチボールを繰り返して資料を揃え、売り手企業に対する理解を深めます。その目的は、将来の買い手企業にセールスするための準備とそのための資料の作成です。

 

M&Aアドバイザーには、包み隠さず、気になる点や些細だと思うことも共有してください。そのため、M&Aアドバイザーとの相性は非常に重要です。売却を意識しはじめた頃から複数のアドバイザーに相談をして、相性があう、あるいは信頼のおけるM&Aアドバイザーを決めておくとよいでしょう。

 

M&Aアドバイザーに話をする際、少しでも自社の状況をよく見せたい気持ちはわかります。弱みがあれば、隠したくなるでしょう。しかし、M&Aアドバイザーはその弱みを前提に、買い手企業に提示する資料を作成します。当然、買い手企業もその弱みがあることを前提として買収の検討を行います。

 

もし、交渉段階でじわじわと弱みや不都合なこと、前もって提示された情報と異なる事実が出てくれば、買い手の心証は悪くなり、交渉がブレークすることや条件を厳しく交渉されることが予測されます。したがって、初期の段階から包み隠さず、M&Aアドバイザーに共有することが大切なのです。

 

節税対策をしている場合は、節税用に使った経費(役員保険、交際費等)は確認できるように整理しておきます。節税ができるということは、本来、該当する事業でキャッシュを稼ぐ能力があるということの証左です。企業価値を算定する際は、申告ベースの利益ではなく節税前の本来の実力をかえりみて評価します。

 

株式譲渡の場合は、負債部分も買い手企業が引き継ぎます。簿外負債を含む負債の内訳を整理しておくことも大切です。もし、不審な金融会社と取引がある場合も、包み隠さずにM&Aアドバイザーに共有してださい。オーナー株主からの借入金の取り扱いがある場合は、条件交渉の大事な項目になるので、あらかじめご自身の意向を整理しておきましょう。

 

事業譲渡の場合は、何を引き継ぎ、何を引き継がないかを事前に確認しておくことで、案件化の作業がスムーズに進みます。余裕があれば、譲渡対象となる資産の簿価と時価を確認しておくのもよいでしょう。

最終的な事業価値を判断するのは「買い手企業」

売り手企業と買い手企業がマッチングしてから成約に至るまでは、順調に進んでも数ヵ月以上はかかります。多くの場合、売り手企業が売却を意識しはじめると経営者は経営に集中できなくなり成績が下がりはじめます。そのためにM&AのことはM&Aアドバイザーに任せ、経営者は経営に集中してください。このような意味でも信頼がおけるM&Aアドバイザーの活用は重要です。

 

売り手企業と買い手企業がマッチングしてから交渉がはじまると、当初は売り手企業が優位に交渉をすすめます。しかし、基本合意契約を締結するあたりから、買い手企業の交渉が優位になります。交渉を進める過程で、資料の不備や取り組みについての不足を買い手企業から多数指摘されることで、売り手には過度なストレスがかかります。基本合意契約は、買い手企業にとってある程度の予算化の目途をたてることになり、その後の買収前調査(デュー・ディリジェンス)で、対象会社の問題点の精査をはじめます。

 

慣れているM&Aアドバイザーは、このような売り手企業の気持ちの変化を察しながら、事前に心構えや取り組むべき行動のアドバイスをします。そうはいっても、そのような状況になるということを知っておくだけでも、実際に売却する際の行動が変わってくるでしょう。

 

事業の価値は売り手企業が決めるのではなく、買い手企業が最終的に判断していきます。どんなに自分たちが誇りに思っている取り組みも、買い手が価値を感じなければ売買価格はつきません。一方で、自分たちが当たり前に取り組んでいて、大したことがないと思っていることに、買い手企業はノウハウとして吸収したいと感じるかもしれません。自身で勝手に価値の判断をせずに、M&Aアドバイザーと相談しながら、さまざまな可能性から事業の良し悪しを整理してください。

 

 

早嶋 聡史

一般財団法人日本M&Aアドバイザー協会 理事
株式会社ビズ・ナビ&カンパニー 代表取締役社長
株式会社ビザイン 代表取締役

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