弁護士、公認会計士…各専門家との連携が重要に
本連載では、企業売買におけるM&Aアドバイザーの重要性について解説してきましたが、もちろんアドバイザーだけでは取引は完結しません。デュー・ディリジェンス(以下、DD)や契約書のレビューなどで、弁護士・司法書士・公認会計士・税理士・社会保険労務士といった専門家との連携が必要になります。
M&Aアドバイザーは、取引のはじめから終わりまでお客様の伴走をしていくわけですが、どの専門家にどのようなフォローをしてもらうべきか、適切にアドバイスすることも求められます。連携が求められる専門家を、下記図表で簡単にまとめておきます。
[図表]連携が求められる専門家とその内容
M&Aアドバイザーは、基本的に自身でDDや契約書のレビューなどを実施するべきではありません。DDはM&A取引の最終フェーズとなりますが、すでに取引全体の当事者となっているアドバイザーは、客観的な評価がしづらくなっているからです。
たとえば、DDで大きな問題が発見されたとします。もちろん、それでも取引を完了できるように、代替案を考えることもM&Aアドバイザーの重要な仕事です。しかし、一歩下がった立場でリスクを提示し、取引の中止を検討させる客観的な意見も非常に貴重です。したがって、アドバイザーではない第三者によるDDの実施が大切なのです。
契約書のレビューも同様です。経験のあるアドバイザーは、契約書のドラフト(案)を当然準備しますが、これも弁護士のレビューが必要です。いくら経験のあるアドバイザーであっても、法務のプロである弁護士の知見とは比べ物になりませんし、すでに述べたように客観性も確保できません。さらに、弁護士以外が報酬をとって法律のアドバイスをすることは「非弁行為」として固く禁じられています。このように、あらゆる点で考えても、アドバイザーは外部の専門家の活用を顧客に提言する必要があります。
専門家の適切な「活用」がアドバイザーの役割
ここで一番の論点は、誰に何を頼むべきなのかということです。優秀な専門家はリスク管理のプロですから、彼らに仕事を依頼すると、できるかぎり顧客のためになることをしてくれます。つまり、考えられるだけの範囲をカバーし、リスクを徹底的に調査してくれるはずです。
それが求められている場合には問題ないのですが、スモールM&Aにおいて、リスクが少ない案件はあまりありません。まったくリスクがないからM&Aをするのではなく、リスクがあるとしても、それをクリアあるいはカットする方法がないのかと考えざるを得ないのです。
たとえば、残業代の未払いなどは、M&Aに限らず昨今よく見られるリスクであり、DDでは厳しくチェックをされるはずです。M&Aの王道をいくのであれば、まず法務DDを厳しくし、未払いの残業代の有無をチェックします。そして、契約書に問題があった場合の損害賠償請求の詳細を決め、前提として表明保証事項を精査・決定していきます。
もちろん、上記のアプローチに問題はまったくありません。しかしスモール案件の場合は、王道のアプローチを徹底すると、コストの面からもM&A自体を諦めざるを得ないケースも出てきます。その時に「それでは、この取引はやめにしましょう」では、アドバイザーの存在意義がありません。
そこでアドバイザーがやれることは、スキームの検討でしょう。株式譲渡が厳しければ、会社分割や事業譲渡を使い、対象会社の過去のリスクとスキームで切り離す提案ができるはずですし、結果としてDDの範囲を限定することも可能になります。過去のリスクを外すスキームを使うのであれば、そもそも過去の契約書、決算書などをそれほど細かく精査する必要はなくなってきます。
むしろ、譲受後に買い手にとってリスクのない契約書を整備したり、対象会社スタッフへの説明方法をアドバイスしたり、過去数年分の決算書を精査したりするよりは、直近数ヵ月間の売上費用が実在しているか時間を割いてチェックするほうが、DDを依頼する買い手にとって有益です。
このように、本来DDは、専門家に丸投げするだけでは終わらないものです。手間やコストがかかるからといって「やめちゃおうか」では絶対に済みません。時間的、コスト的な制約条件があるなかで、ベストなDDの方法や契約書レビューの方法を専門家と協力しながら、アドバイザーがきちんとした助言をすべきなのです。
大原 達朗
一般財団法人日本M&Aアドバイザー協会 代表理事/会長