今回は、M&Aで留意したい交渉の方法について見ていきます。※本連載では、一般財団法人日本M&Aアドバイザー協会 代表理事・会長の大原達朗氏、専務理事・事務局長の松原良太氏、理事の早嶋聡史氏が「M&Aアドバイザー」との付き合い方について解説します。

身体能力を知る→骨格を知る→細胞を知る

大きなM&Aであれ、中小企業のM&Aであれ、個人が売買するようなマイクロM&Aであれ、成就・成約するまでには、売り手と買い手の交渉が必ず行われます。

 

当事者(売り手と買い手)同士で直接交渉するケースの他にも、間にM&Aアドバイザーが入って交渉するケースがありますが、これからお話しするM&Aの交渉過程の留意点は、どちらの場合でもとても重要です。というのも、同じ案件であったとしても、交渉によって結果が大きく左右されるからです。

 

まずは、M&A交渉の基本的な考え方からご紹介します。大きなスコープから入り、次第に小さなスコープを確認していくというのが基本です。比喩的な表現になりますが、

 

身体能力を知る(大)

 ↓

骨格を知る(中)

細胞を知る(小) 

 

といった順番で確認していきます。

 

◆身体能力を知る

 

「身体能力を知る」とは、ビジネスモデルを知るという意味合いと理解してください。
 

●対象企業、事業がどのようなビジネスモデルで収益を上げているのか?

●どのような外部環境、競争状況に置かれているのか?

●強み、特徴は何か? 弱み、改善点は何か?

 

など、対象企業、事業が成り立っている理由、さらに飛躍できる可能性を見極めることです。このために必要な質問や調査、インタビューを最初に行います。

 

◆骨格を知る

 

次に、「骨格を知る」です。これは、対象企業、事業を支えている組織・人材、ルール・規程などを知るという意味合いと理解してください。

 

●対象企業・事業が権限などを含むどのような組織体制、キーパーソンによって運営されているのか?

●定款、諸規程など、どのようなルールが存在し、どの程度遵守されているのか?

●許認可、取引先との取り決めはどのようなものが存在するのか?

 

など対象企業、事業を譲り受けたあとも当面は踏襲すべき骨組みを理解することです。このために必要な質問や調査、インタビューを行います。

 

◆細胞を知る

 

最後は、「細胞を知る」です。これは、対象企業、事業の姿が定量的に表現されている計算書類(決算書など)を理解するということになります。

 

ここでは、売り手側から提供される計算書類の実際の値、貸借対照表(BS)であれば、簿価の純資産ではなく時価純資産の算出を、損益計算書(PL)であれば、買い手側が譲り受けたあとに得ることのできる実質の収益を算出します。また同時平行で、会計項目、科目などの気になる点を調査・質問をします。

 

以上、大きなスコープから小さなスコープという表現で交渉過程について説明しましたが、どれも極めて重要で、大中小に優劣はありません。ただ経験上、買収をいくつも成功させている買い手であればあるほど、「身体能力」に関する質問・調査が先で、「細胞」は最後になる傾向があります。

 

たとえば、買い手側からの最初の質問が「この仮払いはなんですか? 預り金はなんですか?」と「細胞」に関していて、かつ非常に細かい質問であった場合、そのM&Aが成就したという経験は記憶にありません。

 

ここまでは、買い手の交渉過程の留意点における「基本的な考え方」を解説しました。いうなれば、木から見ずに、森から見ましょうということです。

買収を成功させている企業ほど重視する「トップ面談」

次に、基本的なルールについてお話しておきましょう。

 

M&Aでは、売り手側の情報が、買い手側に開示されてからが交渉のスタートとなります。売り手側の資料・情報が入手できたら、矢継ぎ早に質問したくなる買い手側の気持ちは理解できます。

 

しかし、いくつもの買収を成功させている買い手のほとんどが、はやる気持ちを抑えた上で実行している上手なやり方があります。それは、売り手側に対する質問、追加資料の要請をまとめ、さらにいうと、それらを整然と整理した一覧表で送るという手法です。これは、M&Aの交渉を効率的に進められるという効果以外にも、売り手側への配慮も感じられるので、売り手から好印象を持たれます。

 

次に、当たり前のことであえて書く必要もないかもしれませんが、互いに敬意を持って接するということです。

 

具体的には、

●ハイボール過ぎるボールを投げない(空気を読まずに相手にとって非常に不利な条件を提示しない)

●質問、交渉条件、要望のタイミング、量などについて相手に配慮する

などです。

 

筆者もアドバイザーをつとめていますが、敬意を欠いた相手との交渉の打ち切りをクライアントにすすめたケースは枚挙にいとまがありません。(特に金額的な)条件さえクリアすれば契約できるわけでは決してありません。いざ交渉段階となると、その点を忘れがちになりますので、相手への敬意は常に意識するようにしましょう。

 

最後に、交渉のコツをご紹介します。

 

M&Aの交渉プロセスのなかには「トップ面談」と呼ばれるものがあります。これは、M&Aの売り手側のトップと買い手側のトップが実際にface to faceで面談するプロセスになります。トップ面談のタイミングはケースバイケースですが、私の経験上、買収をいくつも成功させている買い手であればあるほど、トップ面談を早期に実施する傾向があります。

 

その理由は、細かなことまで書類上でやり取り(質問・調査)するよりも、対象企業・事業を育てた売り手側のトップにまず会って、「身体能力」や「骨格」について直接聞いたほうが、より早期に相手を理解できるということを知っているからです。さらに、中小企業はトップの背中そのものであるということを念頭に、どういうトップが育てた会社かという点を買収意思決定の重要な要素としているからです。

 

このトップ面談には、副次的効果もあります。売り手、買い手が相思相愛になった場合、以降の調査、交渉のスピートがあがるばかりでなく、互いに条件を譲歩しやすくなることもあります。また反対に、トップ面談で相互理解に至らなかった場合、交渉を早期に終了できるという効果もあるのです。

 

最後に、本日のまとめをしておきます。

 

●大きなスコープから入る

●相手への敬意を忘れずに

●トップ面談は交渉の初期段階で

 

ご参考にしていただけると幸いです。

 

 

松原 良太

一般財団法人日本M&Aアドバイザー協会 専務理事/事務局長
株式会社ビザイン 代表取締役
株式会社エクステンド 取締役

 

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